日が、すっかり短くなった。そして、急に空気が冷たくなる。雪が降るのは、そう遠くないだろう。
空気が冷えていると、音の通りも良くなったように感じる。靴音が、うるいさいほどに響いている。
空を見上げると、黄色く月が掛かっている。
人通りが少なくなった道を、ロック・リーは歩いていた。時折、両手をこすり合わせて暖を取りながら。
リーは、ベストのポケットから四つに折られた紙切れを取り出し、広げて眺め、くすぐったそうに笑う。道すがら、それを何度と行い、一度は通りすがりの親子に見られ、気まずい思いをした。
それでも、リーは湧き上がる笑みを抑えることが出来ない。丁寧に紙を折ると、またポケットに収めた。
月を見上げる。肉付きはいいが、満ちるには、もう少し間がある月だ。
(そういえば、十年くらい前の今日も、月を見上げていたような……)
ふと、思い出す。
まだ、リーが三つ編みをしていた頃。何をするにも、一人きりの記憶しかない、あの頃。
(その時は……、今日がとても恨めしく思っていたような気がします)
あの日も、月が綺麗に出ていた。なにか嫌なことがあって、下を向きながら歩いていた。そしてふと、夜にも関わらず周りが明るい、と感じたのだ。空を見上げると、やけに黄色っぽい月が掛かっていた。
その時は、自分がどうしようもなく沈んでいるのに、中空に張り付いて優しい光を放つ月に、悪態をつきたくなった。
それでもそうしなかったのは、あまりにも月が自分に無関心に美しかったからだと、今では思う。そしてそれが、その日自分に与えられた、唯一の贈り物だったとも、今では考えられる。
(そういえば、あの時も天気が良かったですね)
次に思い出したのは、五年ほど前。三つ編みを切り、額あてをつけて傷と泥だらけになりながら、教えられる技の一つ一つに感動していた時のことだ。
その日は、ガイの部屋でネジとテンテンと大いに楽しんだ。ネジは仏頂面だったが、重箱に馳走を詰めてきてくれ、ガイは何度もリーを抱き締め、自分のことのように喜んでくれた。班の中で紅一点のテンテンは、
(そうでした、あの時はテンテンが……)
回想して、リーは少し、赤面した。
テンテンは場の勢いで、リーの頬に接吻をした。
あの後、どんな顔をしていたのか、あまり思い出せない。ガイに囃され、ネジに呆れられ、逃れるために見た窓の外に、満月が掛かっていた。
三年ほど前の今日は、更に人が増え、誰もが祝福をしてくれた。ナルトや、サクラや、カカシや……、思い返すたび、心の底から笑みが零れる。
リーは、ベストのポケットから紙切れを取り出し、広げて文面を読んだ。
『十一月二十七日は、テンテンの家に集合。リーは手ぶらで大丈夫だ!!』
師匠であるガイの性格そのままの字が書いてある。今朝、家の玄関扉に挟まっていたものだ。
歩を進めるごとに、浮き足立つのが分かる。
テンテンの家の前に着くと、リーは深呼吸を二回行った。中から、かすかに複数の足音と、話し声、そして笑いが起こっているのを聞いた。
顔の緩みを抑えて、玄関扉を叩く。
すぐに扉が開かれて、テンテンが顔を出した。
「あ、リー! みんな待ってるよ」
その言葉を聞き、誕生日会の出席者達が一斉に顔を見せて、口々にこう言った。
「誕生日おめでとう!!」
今年、今宵の月も、祝福され泣きそうな笑みを見せるリーを、空から照らしていた。

終(11月21日〜25日)