任務でさえなければ、風光明媚な場所だ。
見渡す限り桜の木がある森の中。花は今が満開。
ネジは丘の上から桜の木々を見渡していた。白眼を使い、花を一つ一つ確かめるように見ていた。否、地面を、木々の枝を、桜の花びらが流れる川面を見ていた。
ネジは余すところなく桜を愛でるために、丘の上に立っているのではなかった。
人を、あるいは死体を探していた。見間違えるはずもない人間を捜していた。
「馬鹿が・・・・・・」
生きてるならとっとと出て来い、リー。



任務前夜。
ネジとリーは久々に会って、夕食を食べに行った。
「久々ですね、ネジと一緒の任務は」
リーは快活に笑って、ほっけの塩焼きをつつく。
「そうだな」
ネジは素っ気なく言い、菜花の辛子和えを口に運ぶ。
飯屋は混みあう時間で、大きいリーの声もかき消され気味だ。なんやかんやと話しかけられたが、ネジはすべてを生返事で答えた。
「・・・・・・今回の任務、少し難しそうですね」
ようやく飯屋が空いてきて、食後に出されたが茶を飲んでいると、リーが呟いた。
聞き取れるようになったリーの声に、ネジも、
「そうか?」
と答えた。そして続ける。
「極秘の荷物を運んで、敵がいれば殺しても良い・・・・・・、別に普通の任務だろ」
簡単に言ったが、かなり複雑に他国との政治や利権が絡んでおり、ネジでさえも任務の真意は伝えてもらっていない。
リーは、箝口令が敷かれていることに、多少の不安を感じているらしい。
「ぼくなんかが加わる任務じゃないような気がします」
「当然、荷物を狙う輩もいるだろうしな。物が物だけに、あちらも相当の忍びを雇うだろうしな」
「・・・・・・ですよね」
淡々とした会話が続く。

「お前、死ぬんじゃないのか?」
ふと、ネジは言った。
リーは一瞬、体を強ばらせたが、すぐに笑ってネジに向き直った。
「そうしたら、ネジが白眼で探してくださいね」
二人とも、冗談のつもりだった。




任務の始めから、森には死臭が漂っていたような気がする。
敵方は全員が重装備の忍びで、味方を散り散りにされ、ネジは一人で敵三名を葬った。死体はそのまま、合流地点に最初に到着し、他の人間を待った。
上忍五名全員と、中忍八人が戻ってきたが、その中にリーの姿は無かった。
「・・・・・・中忍十五名のうち、七名がやられたか?」
上忍の誰かがそう言い、
「あと一時間ほど待ってみるか・・・・・・」
また上忍の誰かが言った。
そして、一時間後、さらに中忍二名が重傷ながらも戻ってきた。
「これ以上待てないな。荷は無事だ。里も近い。そろそろ出発しよう」
今回の隊長役である上忍が言うと、ネジを除く全員が頷いた。
そんなネジを皆が怪訝な顔で注目した。
「どうかしたか? 日向・・・・・・」
「できれば残りの味方の死体を確認、可能ならば収容したい。敵方に拉致された者もいるかも知れない。おれなら二時間で追い着く」
すらすらと言葉が出た。表情もいつもと変わらず、冷たく端正だった。
全員がネジに了承し、先に里へ向かった。



ネジは言霊の力を知った気がする。己の言葉が、現実を生むこともあるかも知れないと言うことを。そんなことを、相変わらず丘の上に立ち、森を見渡しながら考えていた。
今までに、敵味方併せて数人の遺体を見つけたが、リーの姿はまだ無い。動けないのか死んでしまったのか、もしくは拉致されてしまったのか。
ネジはため息をつく。そろそろ、里へ向かわなければならない。
何気なく、川面を見た。桜の花弁が、花筏(はないかだ)となって流れて行く。行き着く先は淀みなのか、それとも流れ流れて大海へと注がれるのか・・・・・・。人と同じだ。自身とは関係なく運命が決まることもある。
ふと、川辺にある岩に、人間が引っ掛かっているのが見えた。
見間違いではない。確かに、探していた人間だった。
「・・・・・・馬鹿が」
リーの服はぼろぼろで、至る所から血を流している。返り血も混じっているかも知れないが、リーはぴくりとも動かない。顔全体が腫れ上がっていた。両腕の包帯は水に流されたのか見当たらない。傷だらけの腕が、水に投げ出されている。 ネジは走り出した。リーの元へと。
合流の時間など構わない。構うものか。
ネジは桜の花びらを弾きとばしながら、いずれどこぞへ流れるであろう、水の中の花びらを蹴散らしながら走った。その間も、白眼でリーの様子を窺いながら。
ぴくりと、リーが動いたような気がした。それが幻だろうと、己の妄想だろうと関係なかった。
白眼を使わずとも、リーの姿が見て取れる距離まで近づいた。

ネジは手を伸ばす。
そして、リーの髪に触れた。

「・・・・・・言われたとおり、見つけてやったぞ。馬鹿が」

終(2010/04/06〜07・8・12)