砂漠の光は目に良くない、しみるようだとネジは言う。
文句を言うのならば着いて来なければいいのに、とリーは思った。
「この風も良くない。さっきから砂が目に入る。本当に不愉快な代物だな、砂漠というのは」
そのネジの物言いに、大気が機嫌を損ねたのか、一段と強い風が砂漠を吹き抜けた。真正面から、二人に襲い掛かる。
さすがに何度もこの道を通っているリーも、うわぁと悲鳴を上げて腕で顔を守った。耳元で風と砂が音を立てて、通り過ぎて行った。
「……今の突風は、確かにひどいとは思いますけど……」
風をやり過ごして、改めてネジの様子を窺うと、ネジは砂漠全体を睨みつけていた。木ノ葉の里では天才と言われようとも、大地と天空に人が敵うわけはないのだ。それを分かっているはずなのに、ネジは口を開けば罵詈雑言を、黙ればしきりに舌打ちをしたりする。
リーはネジの心を知る由もなく、彼の不機嫌が、吹き付ける熱風と砂のせいだと思っていた。

昨日のこと。
リーが、
「明日、砂の里に行くんです」
ふと言ったのは鍛練後、帰り支度をしている時だった。
ガイは、
「そうか、気をつけてな」
と気楽に笑い、テンテンは、
「ふうん」
と素っ気無く言っただけだった。
しかし、ネジはなにか数秒考える素振りをして、
「おれも行く」
と言い、リーは目を円くした。
「なにか砂の里に用事でもあるんですか?」
「あるわけないだろう」
「……」
「単に暇つぶしにだ。どんな僻地か見ておきたいしな。何時に出る」
冷静に、かつ有無を言わせぬネジの迫力に圧されたのか、リーは思わず、朝六時には出ますと言ってしまった。
「じゃあ、明日、木ノ葉門の前で待ち合わせだ」
「あ、はい……」
ネジは一瞬、リーを睨みつけると、帰って行った。呆然と見送る三人に、挨拶もなく。

そして、リーとネジは、時間通りに木ノ葉門前で落ち合った。
単に個人の用事で赴くので、装備はあくまでも軽かった。ネジは着物の中に、財布やら入れていたので、逆に木ノ葉の里の門番に苦笑されていた。リーは小ぶりの袋を背負った。かすかに、なにかが擦れる音がした。
「あのー……、本当に一緒に来るんですか?」
リーは、確認のために、朝日に目を細めているネジに聞いた。
「悪いか」
いつものように冷酷に笑ったネジだったが、明らかに声が不機嫌だ。
「でも……」
「お前が風の里でドジを踏んでやしないか、確認したいしな」
「……」
リーは軽い装備にも関わらず、両肩が重くなるのを感じた。普段から機嫌の良い時があまりないネジだったが、今日は特別機嫌が悪い。
「行くぞ。もたもたするな」
「……はい」
特大のため息をつきそうになりながらも、リーはそれを堪えて、さっさと歩いて行くネジを追った。

そして、現在。二人は黙々と砂漠を歩いていた。
木ノ葉の里から、二時間は経っただろうか。
「まだ着かないのか」
「もう少しですけど……、休憩しますか?」
「こんな所で立ち止まる気か?」
「そうですよね……」
ここで立ち止まり、熱風と日光を叩き付けられるならば、さっさと前に進んだほうが良い。リーもそう考える。
「……そういえば、なんの荷物を届ける気なんだ?」
ふと、ネジがそう言った。純粋な質問のようだった。
「あ、ああ、花の種を」
「花?」
「はい。我愛羅くんが先日、木ノ葉の里に来て、何種類か気に入った花があったようで……」
「…………先日?」
ネジの両目が、すっと細められたことにリーは気づかなかった。仮に気づいたとしても、砂が目に入ったのだろうと思う程度だろう。
「我愛羅くんが持っている温室で育ててもらうんです」
「…………先日、奴が里を訪問したなんて、どこからも聞いてないぞ」
「え? ああ、私用だったので、木ノ葉に連絡はしてないようでしたけど……。別に大丈夫ですよね?」
リーはくるりとネジを見た。
「……ということは、お前と二人きりで会ったと言うのか?」
「あ、はい。たまにありますよ。我愛羅くんも忙しいみたいですが、ぼくと時間が合えば……」
「……ということは、お前、日常的に奴と連絡を取っているのか?」
「友達ですから」
きっぱりと、リーは言い切った。だが、ネジは納得がいかないように、口を真一文字に結び、正面を睨みつけていた。
その先、地平線にはうっすらと人工建造物が見えていた。
「あ、見えましたね! 砂の里。あ、ネジ、砂茶って飲んだことありますか? 我愛羅くんが入れてくれるんですが、美味しいですよ」
リーは砂の里が見えて緊張がほぐれたのか、嬉しそうに話し始める。
「……」
「ネジ? 大丈夫ですか?」
「……奴の入れた茶など、飲みたくもない」
ネジの嫉妬のこもった呟きなど、リーには聞こえていなかった。
「我愛羅くん、喜んでくれるでしょうか、この種」
知るか、とネジは言ったが、吹き抜けた風に声が流された。
砂の里がくっきりと見える頃、リーは更に明るい声と顔をしていたが、ネジは敵地に乗り込むような表情だった。


(2010/01/05〜06/05・08)