「めずらしいじゃない、あんたがここに来るなんて」
店番をしていたイノは、嫌味たっぷりに言った。
店の入り口には、最大のライバルでもあり、親友でもある春野サクラが立っている。
「別にいいでしょ。近場の花屋ってここしかないんだから」
サクラは、やっぱり来るんじゃなかったとため息をつきながらも、花を吟味し始める。
「なになになに? あんたもついに、花の良さが分かるようになったわけぇ? 名前が植物の割には、そういう情緒が無いと思ってたけどぉ?」
「うっさい!」
「イライラしてると、花にもサスケくんにもそっぽ向かれるわよぉ? っていうか、ブスに見えるわよぉ?」
けらけらと笑う。今日は暇だったので、誰かと話がしたくてたまらなかったのだ。もっとも、今の状況では一方的なものに過ぎないが。
「あー、もう!! 花、買って欲しいの、欲しくないの? せっかく来てやったのに!!」
サクラが、頭から湯気が出そうな勢いでイノに怒鳴る。それでも、イノは意地悪く肩をすくめただけだった。
「だって、めずらしいじゃない? 今日ってなにかあるの? 用事でもない限り、あんたが花を買いに来るなんて、信じられない」
「……リーさんの誕生日なの!!」
イノの耳にねじ込むように、サクラが言った。
イノは言われたことの意味を考えるのに、十秒は使った。そして、ああ、と間の抜けた声を出した。
「リーさんって……、えっと……、ロック・リーさんだっけ? の、誕生日なの?」
「そう!!」
サクラはもう一度強く言うと、花の前にしゃがみ込んだ。だが、花を見ているというよりは、なにかしら照れを隠しているようにも見える。
「なんであんたが、リーさんの誕生日の花を買いに来なくちゃいけないわけ?」
サクラの隣にしゃがみ込む。
「……ナルトが、花が無いって騒ぎ出したの。今日、リーさんの家で、誕生日会するからって呼ばれて」
「ナルトがそういうところに気づくなんてねぇ……。っていうか、その誕生日会って、ガイ先生の班とナルトとサクラでやるの?」
イノはガイ班の他の班員二人を思い出そうとするが、なかなか思い出せない。リーを覚えていたのは、見た目が強烈だからだった。それと、サクラを好きだと言うのを噂で聞き、面白半分で鍛錬中のリーを偵察に行ったことがあるのだ。それと、憧れのサスケがリーに負けた、などという聞き捨てならない噂も知っていたからだ。もっとも、後者の噂はほとんどデマだったわけだが。
偵察に行った時のリーは、とにかく、動き回っている印象だった。一人で鍛錬しているにも関わらず、とても楽しそうだった。
「……ふーん。サクラ、リーさんのこと、まんざらでもないんだ?」
「はぁ!?」
サクラが口と目を最大限に開いて、イノを見る。
イノは吹き出した。
「ぶっ!! その顔、反則的に面白いんだけど!!」
「ちょっと、なに言い出すのよ!! あたしはサスケくんだけが好きなの!!」
「えー? だったら、わざわざリーさんの誕生日会に行く必要、無いじゃない?」
「うるっさい!! 友達として、友達の誕生日祝って、なにがいけないのよ」
「ふーん。あたしも行こうかなぁ、リーさんの誕生日会」
「はぁ!?」
サクラが、ぽかんと口を開ける。イノは、今度は吹き出さなかった。真顔で見つめあう二人。
「友達の友達は、友達でしょ? それだったら、すっごい花束作ってあげる。しかも格安で。どうせ、お金あんまり持ってきてないんでしょ?」
「そうだけど……」
「人が多いほうが楽しいって! 決まり!」
そう言って、イノは花をもりもりと手に取り、これまた、もりもりと束ね始めた。瞬く間に、豪華な花束が出来て行く。その手捌きに、サクラも見ほれているようだった。
「……ちょっと派手じゃない?」
サクラが心配そうに聞く。
「いいのいいの、これくらいの方が!」
あっけらかんとイノは返す。
数分後には、一人で抱えるのは若干難しい花束が出来上がった。そして、
「パパー! あたし、出かけるから、店番終わりね!」
イノが店と地続きの母屋に向かって、大声を出す。奥のほうで、答える声がした。
「行こっか!」
サクラの肩を押すように店から出る。外は、夕焼けの光でいっぱいだった。
「……おじさん、泣かない? 店の状況見て……」
「だーいじょうぶ! 明日は定休日だし」
イノが豪勢な花束を作ったおかげで、店の中はかなり寂しいものになっていたのだった。
「でも、リーさんって、花とか喜ぶのかなぁ? 男だし」
サクラが重そうに抱える花束を見ながら、イノが言う。
「さあ……。とにかく、ナルトが買って来いってうるさいから……。重い……」
うんざりしたような声のサクラに、イノは笑う。

サクラが心配していたイノの飛び入り参加は、あっけなく許可された。思った以上に、ガイ班の班員は優しく感じた。
そして、イノの花束はリーはもとより、それ以外の人間にも好評だった。
サクラから花束をもらったリーは、滝のように涙を流して喜んだ。ガイとサクラ、ナルト以外の人間は、それを幾分か冷ややかに見ていた。
けれど、サクラがこれを作ったのはイノだと言うと、リーは大きな目をイノに向けた。遠めで見るのとまったく違って、精悍な顔つきをしていた。
「ありがとうございます!! イノさん!!」
リーは白い歯を見せ、イノの手を握り何度も礼を言ってきた。思ったよりも細い指だったが、しっかりとした骨の感触に、イノの方がどきまぎとした。
「まあ……、別に花屋だし……」
自分とは思えないほど、小さな声に驚いていた。なにを緊張しているのか、自分でも分からなかった。
「じゃあ、リーさん、乾杯しましょうか?」
「はい!!」
サクラが言うと、手はすぐに離された。先ほどまで自分を見ていた丸い目は、もうサクラ以外を映してはいなかった。
それでも、イノはリーを見ていた。大好きな花々を見るときに似ているようで似ていない、自分の心臓の音に戸惑った。
そして、この症状は帰る時まで続くのだと悟った瞬間、イノは初めてリーの誕生日会に飛び入り参加したことを、後悔するのだった。
終(2010/11/25〜27)