一月一日。穏やかな晴れ。気温も例年に比べて、幾分か高いようだ。
ロック・リーは、自宅でなにをするでもなく、ぼんやりと過ごしていた。
いつもなら、年始であろうと任務が入ってくるのだが、今年は珍しく何も無い。むしろ、里自体に任務の要請が来ていないらしい。こんなことは、数十年に一度ということで、火影であるツナデがなにやら画策して、午後からは大半の忍びが宴会に出席しなければならない。
リーは、宴会の時に食事を摂ってしまおうと考え、朝は少し遅めに起きた。そして、いつもの服に着替え出かけようかと思った瞬間、玄関扉が叩かれた。リーは、ネジかテンテンが迎えに来たのだろうと思い、あけましておめでとうございます、と元気に言いながら扉を開けた。しかし、そこに立っていたのは、予想外の人物だった。
「あけましておめでとう、ゲジマユ!!」
「ナルトくん?」
「ナルトじゃなくて、ナルコだってば!!」
一月一日に、別の班の人間から年始の挨拶を受けるとは思っていなかった。しかも、ナルコは妙な格好をしていた。
「……うさぎ、ですか」
「うさぎだってばよ!」
リーは、ナルコの頭上を見る。そこには、可愛らしい耳がくっ付いている(もちろん、飾りだが)
「こっちも見て、ゲジマユ!」
ナルコは、リーの呆れた顔と視線に気づかずに今度は後ろを向く。リーの目線の先には、肉付きの良い桃のような尻があった。
「……しっぽ、ですか」
「しっぽだってばよ!」
ナルコは派手な柄の着物姿だ。なぜか、着物の丈は異常に短く、ナルコはすらりと伸びた両脚を惜しげもなく晒している。下着が見えそうで見えない、絶妙な短さであり、見ている者によからぬ想像をさせる代物だ。
「…………」
リーはもはや絶句するしかない。
「かわいいだろ? ツナデのばあちゃんが貸してくれたんだ。どっかの国でこんな着物が流行ってるんだって」
そのかわいいの他に、いかがわしささえ漂っている着物を、ナルコはなんの疑問も持たずに着ている。
そして、その着物を火影であるツナデが貸してくれたということに引っかかり、あることに気づいた。
「あの、まさかサクラさんやイノさんやヒナタさんや……、もしかしてテンテンもこんな格好なんですか?」
「んあ? あったりまえじゃん!! 今日は、女子はこの格好じゃなきゃいけないんだってばよ!」
この場合、ナルコを女子と言っていいのかはさておいて、いよいよリーは頭を抱えた。
「そんで! ツナデのばあちゃんから、ゲジマユにこれを渡せって言われて来たんだってばよ!」
ナルコは言って、リーに両手を突き出した。そこには、ナルコもつけているうさぎの耳の飾りがあった。
「……ぼ、ぼくにこれを着けろと言うんですか?」
リーは思わず大声を出した。それも、ナルコの悪ふざけならともかく、火影直々の命令とは何事なのか。
「うん! ツナデのばあちゃん、すっげー楽しみにしてたってばよ! これ着けたゲジマユ」
「…………」
ナルコは邪気の無い笑顔で、リーの頭上に手を伸ばしてきた。慌てて避けるリー。すると、ナルコは可愛らしく唇を尖らせ、小首を傾げた。
「……着けてくれないの?」
「…………」
「着けてくれないんだ……」
長いまつげを伏せて、悲しそうな顔をするナルコを見て、どこでこんなことを覚えてくるのか、ある意味で感心してしまう。そして、ここで押し問答を繰り広げていても、どうせナルコには勝てないとリーは思った。
「…………宴会場で着けますから……」
「ほんと? やった!! それじゃあ、行こうか?」
そう言って、ナルコはリーの腕を取り、まるで恋人のように寄り添ってくる。リーは特大のため息をつきそうになるのを抑えて、玄関の鍵を閉めた。

かくして、うさぎ耳を着けられたリーは、散々ネジやカカシや、多数の忍びにからかわれることとなった。ガイは豪快に笑いながら、リーの頭を撫で回した。けれども、他のうさぎ耳を着けた女子、とりわけサクラやイノやテンテンには、なぜか睨まれ陰口を叩かれる羽目となった。
「……かわいいし」
「……うちらがこんな格好する意味ないじゃん」
「……むかつくわ」
へばりついてくるナルコを退けながら、リーは新年早々、肩身が狭かった。
「おお、リー! あけましておめでとう!!」
酔っ払ったツナデが、近寄ってきた。その隣には、リーの頭を見て一種の憐れみと、笑いたいのをこらえた表情のシズネがいた。
「ツナデのばあちゃん、ゲジマユ、これでいいんだろ?」
ナルコがツナデに言う。ツナデは満足そうに歯をむき出して笑った。
「でかしたぞ、ナルコ! あたしの想像通り、かわいくなったなぁ、ロック・リー」
酒臭い息を吐きながら、ツナデがリーに近づく。赤らんだ顔で、リーの耳元でささやく。
「お前が変化の術を使えなくて、残念だよ」
「…………」
うんざりした顔のリーの肩をばしばしと叩いて、ツナデは笑いながら去っていった。シズネも後に続く。
「……ツナデさまがなにを考えているのか、本当に理解できません……」
はあ、とため息をつくと、
「いいじゃんか、別に。新年だもん、楽しいほうがいいってばよ!」
ナルコは、どこまでもあっけらかんと言ってのけた。無論、理屈があって言ったわけではなく単に自分が楽しいからそう言っているのだ。
「それにさぁ……」
ナルコは続けてそう言ったのだが、珍しく躊躇したように言葉を止めた。
「なんですか?」
リーはナルコを見下ろして、一瞬、その端正な顔に見とれた。
「……せっかく一緒に居るんだから、もっと笑ってよ、ゲジマユ」
予期せぬところからの攻撃の言葉だった。完全に無防備なところに来たその攻撃に、防御など出来るはずも無く、リーは打ちのめされた。
「…………そうですね。ナルコさん……が一緒だから、この格好も恥ずかしくありません」
宴会の喧騒の中、リーは言って、ナルコの目を見ながら微笑んだ。
「それって、おれの存在が恥ずかしいってこと?」
ナルコはまたしても、男心をくすぐるような表情と声でリーに擦り寄る。リーは、今度はそれを甘んじて受け止めた。
「おれと居ると、恥ずかしい?」
「そんなことありませんよ」
数秒見つめ合って、急に恥ずかしくなって目を逸らした。なんだかナルコも、頬を赤らめている。
「……ねえ、今度二人で新年のお祝いしようか?」
リーは酒など一滴も呑んでいないのに、ナルコの囁きだけで、頭の芯がぼんやりとしていくのが分かった。
「そうですね」
そして、そっとナルコの手を握った。
こんな新年の祝いもたまにはいいものだろうかと、リーは幸せという名の酔いの中、思うのだった。


2010/12/23〜26・28