ロック・リーは、こまり、と名乗った女性と歩いていた。
今の彼女は、木ノ葉病院の制服ではなく、薄紫の異国風の服を着ていた。下は、足首に向かって少しだけ膨らんだものを履いている。風が入らないようにするためか、裾はヒモで絞るようになっている。こまりは、裾を絞ってヒモをちょうちょう結びにしていた。
「ツナデさまが、普段着にと与えてくださったんです」
こまりは言った。

病院を出る時には、看護士や患者に冷やかされた。
そして、さすがに似た顔が二人で歩いていると、道行く人も興味深げに見てくる。
こまりが泊まっている宿舎には、市場を突っ切るのが一番早いのだが、今の時間は人でごった返しているだろうし、その中を似た顔が歩いていては、もっと好奇の目に晒されると思い、リーは提案した。
「少し遠回りですが・・・、川沿いを通ります。いいですか?」
「はい。それと、ツナデさまがおっしゃっていた通り、木ノ葉の色々なところを案内してくださいね」
こまりは、いたずらっぽく笑った。リーも引きつった笑みを返す。
「こまり、さんって良い名前ですね」
川沿いを沈む夕日に向かって歩きながら、青年が言った。
「ありがとうございます」
本当に嬉しそうに、そしてくすぐったそうに、こまりが笑う。
「珍しい名前でもありますけど、なにか意味はあるんですか?」
「ええ、生まれた時に、本当に小さな鞠(まり)のように丸々としていたから、だそうです。だから、本当は小さな鞠、で『小鞠』にしたかったそうなのですが・・・」
ここで、言葉を切る。リーがちらりと、見下ろす。たぶん、言いたくないことなのだろうと、気を取り直して、他愛の無い世間話をすることにした。
こまりはほっとした様に、リーの少しだけ誇張するきらいのある話を聞き、表情をくるくると変え笑ってくれた。

「あ、リーくんが女の子と歩いてる」
「なにぃ!!」
反対側の岸、河原を眺める位置にある長椅子に座って、ぼんやりと夕日を眺めていた、男二人。木ノ葉の上忍、はたけカカシと、リーの師匠でもあるマイト・ガイだった。
カカシの発言に怒鳴って返し、ガイは立ち上がった。がたん、としっかりと地面に固定されている長椅子が音を立てた。
「どこだ! カカシ、どこだ!!」
「まだ遠い」
カカシは、慌てているガイを呆れ顔で眺めて、出ている右目を細めて言った。
「お前、千里眼も持っているのか?」
「そんなわけないでしょ。リーくんのことなら、何でもお見通し」
「・・・カカシ、女の子の件よりも、お前の発言の方が重い気がしてきたぞ」
「そう? っていうか、リーくんが女の子と歩いてても別におかしくないじゃない。っていうか、そろそろあんたも、弟子離れしたら? っていうか、ご愁傷様。長期任務でクタクタになって帰ってきて、早速、永遠のライバルに会っても疲れて勝負する気力も無くて、不本意ながらも、大の大人で男が二人、なにをするでもなく時間の無駄と言うしかないほど、夕日をぼんやりと眺めていたら、とどめにリーくんが彼女と歩いてるんだもんねぇ」
カカシは珍しくも長広舌をふるった。ガイは、そんな男を怒りを込めながら睨みつけていた。
「・・・・・・まだ、彼女と決まったわけじゃないだろう?」
でかい犬が、雨に打たれて軒下で雨宿りをしているような声だった。大きくカカシはため息をついた。
「確かめたければ、橋を渡れば?」
人差し指を伸ばす。その先、数十メートル先に、対岸へと渡る小さな橋が架けてある。
ちょうど、リーたちがそのまた手前を歩いて来ていた。確かに、愛弟子は女の子を連れていた。そして、遠目に見る限りではとても可愛らしい女の子を。
ガイは、なんでもない風に歩き出して、橋を渡ろうとしている。カカシも後に続いた。
「なんで、お前が着いてくる?」
「決まってるでしょ。好奇心」
間延びした男の答えに、ぶん殴ってやろうかと思ったが、それよりもリーたちが気になるので無言で橋を渡った。
「・・・リー」
「あ、ガイ先生!!」
小さく言っただけだったが、愛弟子はすぐに気づいてガイに駆け寄ってきた。
「あら、この反応だと、あの女の子、彼女じゃないかも」
肩越しにカカシが言った。
「ガイ先生、長期任務、お疲れ様でした!!」
「あ、ああ。どうした、その傷」
拍子抜けしてガイが聞くと、リーは太い眉を歪めて笑う。
「任務で切られてしまいました。あ、でも神経は無事ですよ? ただ、傷跡は残るでしょうが・・・」
「そうか・・・。気をつけろ、と言いたいところだが、おれも人のことは言えんしなぁ」
がはは、師匠が笑って、あはは、と弟子も同調した。それを無言で眺めていたカカシが、青年に近付いて耳に唇を近づけた。身構えたのは、リーだけではなく、ガイも一緒だった。この男はなにをしでかしてくるか、本当に分からないからだ。
「でさぁ、リーくん、彼女置き去りにしていいの?」
「あ!」
ばっと、リーが勢いよく振り返った。数メートル先で、こまりが立っている。一斉に男達が視線を向けたので、緊張した顔のまま頭を下げた。
「す、すいません、こまりさん!!」
リーが引き返して、こまりに何か言う。そして、一緒に戻ってきた。
「ぼくの師匠、マイト・ガイ先生です! で、こっちは・・・、なんていうか、あまり近付いてはいけないタイプの男、はたけカカシさんです」
「リーくん、その紹介、ちょっとひどくない?」
カカシはさして傷ついていないようだった。
「ガイ先生、カカシ先生、こちらはこまりさんです。木ノ葉病院で、わけあって働いているんです。ぼくの治療も、こまりさんがしてくれました」
腕を掲げる。
「初めまして、こまりと言います・・・。あの・・・」
こまりはガイに言うと、次いでカカシの顔を見やった。男はにっこりと微笑む。
「そうだったね、こまりちゃんって言う名前だったね」
「あれ、知っていたんですか? カカシ先生」
驚くリーにも微笑みを分ける。
「早くそれを言わんか!!」
ガイが吼えた。こまりが、びくりと肩を強張らせるが、リーが大丈夫ですよと言うと、緊張を解いた。すまん、とガイも謝る。
「だってさぁ、雰囲気が・・・。ああ、そうか。髪の毛、切ったんだね、やっぱり」
言うと、こまりは今度、肩をぴくりと震わせた。だが、ふと笑うと、
「先日はありがとうございました」
きちんと腰を折って、カカシに礼を言った。わけが分からないという顔のリーとガイに、
「カカシさんには、木ノ葉の里まで連れて来てもらったんです。ここから少し離れた森から」
こまりが指差したのは、すでに夜になっている東の森だった。
「その時は、後ろ髪、長かったんだよね。それで、分からなかったんだ」
カカシは肩をおどけてすくめる。そしてこまりを、こまりの後ろ髪がなびいていたであろう背中をじっくりと観察する。
「でも、なんでカカシ先生がこまりさんを?」
「・・・ん〜、こまりちゃんは、もうすぐここからもっと先の国へ行かなくちゃいけないんだけど、途中のあの森で遭難しかけててね。そこに、任務が終ったおれが通りかかったんだよ。で、救助の名目で里に連れてきて、ツナデさまに体力が回復するまで、休養も含めて里に滞在させてはどうでしょう、って話したの。ね?」
「ええ・・・」
「で、お世話になるんだから働かせて欲しいって、申し出てくれて、なにか出来るのかって聞いたら、チャクラ治療が出来るっていうから、木ノ葉病院に。なかなかに患者さんや看護士さんの評判が良いって、ツナデさまも言ってたよ」
「確かに、こまりさんの治療、とても優しくて気持ちよかったです」
「・・・・・・あー、リー?」
言葉が考えようによっては、とても危険なものに聞こえるので、ガイが突っ込んだのだがリーには通じなかった。きょとん、と無言で複雑な表情をしている三人を見る。
「それにしても、まあ本当にリーくんとそっくりだね」
カカシが間延びした声で話題を変えた。
「え?」
ガイが、今気づきましたといった表情で、こまりを上から下まで眺めた。正確には、視線を二往復させた。
「そ、そんなに似ていますか・・・?」
リーが確認するようにカカシに聞く。うんうん、と男が頷いた。
「似てる。森で出会ったときも、リーくんが変化の術を覚えたのかと思った。よかったよ、別人だって気づいて。あのまま、こまりちゃんが何も喋ってくれなかったら、襲ってたかも知れない」
「カカシ先生!!」
男の冗談に聞こえない発言に、リーが怒鳴った。こまりを守るように、前に立ちはだかる。
「だって、すっごく可愛いんだもん、こまりちゃん。ガイもそう思うだろ?」
「・・・・・・・・・」
ガイは、物凄い形相でこまりを眺めていた。まるで、強大な敵に立ち向かうような顔だった。しかし、若干、頬が赤い。
「・・・ガイ? 大丈夫か?」
カカシが話しかけても、まだ呆然としているので、今度は脇腹に肘てつをお見舞いした。ぐほ、という悲鳴の後、ガイは咳払いをして元に戻った。
「ええと、こまり、ちゃんだったか。で、いつまで滞在する予定なんだ?」
優しいガイの声音に、こまりは安心し、微笑んで答える。
「たぶん、一、二ヶ月かと思います。それまで・・・、どうかよろしくお願いします・・・」
夕日に照らされ、緑色の髪の毛を一層鮮やかにさせて、こまりが腰を折った。
「そうか・・・。それまで、里をじっくりと案内したいが・・・、次の任務も近いしなぁ・・・」
心底残念そうな師匠の言葉に、リーが左腕をはいはいと挙げて言った。
「こまりさんが滞在中は、ぼくが里をご案内しますので、ガイ先生はご心配なく! ツナデさまから、そう任務を承りました!」
リーの顔が、恐怖で引きつっているのが見て取れた。不憫な子だね、とカカシは同情して、
「まあ、でも、短い間に発展する、ってこともあるしね。ある意味、リーくんは適任かも知れない」
「はい? なんでですか?」
「いや、なんでもないよ。でも、リーくん、いくらこまりちゃんが可愛いからって、変なことしちゃだめだよ?」
「カカシ先生じゃあるまいし!!」
リーが顔を真っ赤にさせて怒鳴った。こまりが、後ろで笑っている。
「でもさ、こんなに似てるとそんな感情起きないかもね」
カカシがまたいらぬ発言をする。リーは文句を言うために大きく口を開けたのだが、なにかに気づいて道を開けるように、と四人を促した。
振り返ると、沈む夕日を背負いながら、恋人同士らしき男女が歩いて来た。道を塞いでいる四人を見て、数秒足を止めたが、そのまま歩いて来る。
そして、軽く会釈をしながら四人の脇を通り抜けた。女性は視線だけでリーの顔を見た後、こまりにも視線を投げた。かすかに笑ったのが見て取れた。男性の方は、そっくりの顔をした二人を確かに見たのだが、興味ないとばかりに前を向いた。
「・・・双子、かな?」
「・・・ばか・・・」
四人から数メートル離れたところで、男女が交わした小さな声が届いた。
「ふうん、やっぱり双子に見えちゃうんだ。つまり、リーくんとこまりちゃんには、恋人同士特有の色気が感じられないってとこかな?」
カカシが、のんびりと男女の背中を見ながら言う。
リーとこまりは、困ったように顔を見合わせた。
「まあ、恋人同士に見られないのなら・・・」
ガイがぶつぶつと呟いていたが、誰も突っ込まなかった。

暗くなっちゃうよ、というカカシの言葉で、リーとこまりは太陽が山の陰から、ほんの少しだけ出ている方へと歩き出した。
「ガイ先生、さようなら!」
元気よく手を振って、遠ざかっていく弟子を見ながら、ガイは複雑な表情で手を振り返した。
そして、リーとこまりが闇に溶け込み見えなくなると、カカシがぼそりと呟いた。
「ガイ、こまりちゃんに見惚れてただろ」
「・・・・・・・・・・・・」
長い沈黙。むしろ、答えたくないというのが答えだった。カカシは左目だけで笑うと、友人の前に回りこむと、顔を覗き込んだ。
「で、リーくんが女の子だったら、あんなに可愛くなるということ確認して、リーくんが女の子じゃなくて良かったって、思ってるだろ。だって、もし、リーくんが女の子だったら・・・」
「それ以上言うと、本当にぶちのめすぞ、カカシ・・・」
ガイの目が獣のようになっていた。
「あ、そ。まあ、いいや。でも、また任務で里を離れなくちゃ行けないんだもんねぇ。残念だね、こまりちゃんと過ごすことができなくて」
性懲りも無く、カカシはガイをからかった。だが、今度はガイも怒らなかった。
「ああ、残念だ。リーと一緒に過ごすこともできないからな!!」
叫ぶと、ガイは疾風のように掻き消えていた。地面に目をやると、男が飛んだと思われる箇所が、丸く抉れていた。
「最後の言葉が本音か・・・。やれやれ」
まだまだ、弟子離れは出来無そうだね。カカシは笑いを含んで呟くと、リーとこまりが帰って行った方に顔を向けた。
「・・・やれやれ。ツナデさまも若い男の子と、女の子をくっつけて、なにが楽しいんだか・・・」
太陽が今、沈みきり、真っ暗になった川沿いに人の姿は無かった。


2007/10/15・16