その人は、夜よりもなお暗い、黒の長い装束を羽織っていた。赤い縁取りと、雲のような文様が見て取れた。男だということは、すぐに分かった。顔の下半分を覆ってしまうような首元であまり見れないが、やけに整った顔立ちだ。そして、どこかで見たような錯覚にもとらわれた。
「あ・・・」
なんだろうか、どこで見たのだろうか。思い出せない、だが、知っている。こんな風に冷たい瞳を持った人間を見たことがある。
「・・・こんな夜中になにをしている・・・」
咎めるような言い方だったが、男はリーの腕を握り、立たせてくれた。爪は黒く塗られ、「朱」の文字が刻まれた指輪をつけている。
「ありがとうございます・・・」
かろうじて、感謝の言葉を口にした。男の発する黒い空気で、まるで幻術の中に入った気分になった。
「・・・一人なのか」
男はしげしげと、リーを見つめて言った。
「はい、ちょっと・・・、考え事がしたくて・・・」
「・・・だからと言って、危なくは無いのか。それとも、木ノ葉は夜中に子どもが一人で出歩いても、心配ないということか」
まるで、独り言を言っているようだ。見つめられているというのに、その視線は別の世界を垣間見ているように思える。
「あなたこそ・・・」
子ども扱いされたことが癪(しゃく)にさわって、リーは反論した。とはいえ、男が十代後半であることは誰にでも分かる。
「・・・私は、自分の身は自分で守る」
かすかに笑ったようにも聞こえたが、表情と感情が読めない。こんな人間に会ったのは、初めてだ。
「あの・・・、あなたは・・・?」
おずおずと聞いてみると、男は川の流れに目を落とした。
「・・・この里を見に来た・・・」
「ええと、旅の方、でしょうか・・・?」
「そうとも言えるな・・・。ここには知り合いも何人かいるので、様子を見ていこうと思ったのだが・・・」
「こんな夜にですか?」
男は黙った。リーも、気まずくなって、川面を見た。月が、水面に映っていた。
「・・・なにを考えていたんだ。こんな夜に、一人きりで・・・。言いたくなければ、それでいいが・・・」
男の言葉に、リーはふ、と顔を上げて、今度は直に月を見た。そのまま、隣の人間にも視線を流す。
「・・・この有様ですから・・・」
一言だけ呟いたが、男には分かったらしく、ゆっくりと頷いた。
「・・・きみは、忍びか」
「下忍です。この間、中忍試験がありましたけど・・・、この有様で・・・」
もう一度、同じ風に言って、はは、と自嘲を込めて笑った。
「ぼくには・・・、なんの力もありません。少しだけ、体術が向上しただけでいい気になっていたのですが・・・、試験と・・・、その体術までも、今は奪われそうになっています・・・」
なんの面識も無い、いや、無いからこそ話せるのかも知れない。これは不思議な確信だったが、もう二度と、隣の男には会えないと思ったからだ。
「・・・どうして、ぼくは悩まなければならないのでしょうか・・・」
「誰に、その憎しみを向けていいのか、分かっていないからだ」
男は、やけにきっぱりと言い切った。驚いて、口と目を大きく開けてしまう。そんなこと、思ってもいなかったからだ。
「誰を、憎めばいいと言うんですか?」
ふがいない自分だろうか、体術をくれた師匠のマイト・ガイだろうか、いつも天才と凡人を比べる日向ネジだろうか、それとも・・・。
「・・・気づいていないから、そんなことが言える・・・。憎むべき相手を知っていれば、悩むこともない」
「でも、ぼくには本当に思い浮かびません」
気づけば、男に詰め寄っていた。左半身が痺れたように痛い。
「・・・人を動かすのは、憎む心だ。その業火があれば、なにも恐れない。恐れることも必要なくなる・・・。きみには、まだ足りない。憎しみが・・・」
息が乱れているのは、リーだった。これまで、人を憎むということをしなかった、出来なかった自分だ。すべては、自分の無力がいけないのだと、少年は思ってきた。なのに、この人は、他人を憎むことこそ、己を奮い立たせるものだと言っている。

けれど、ぼくには・・・、ぼくには・・・。
いいえ、憎むべき相手はたくさん・・・。

リーは混乱してきた。全身が痛むのは、拳を握り締め、足を踏ん張っているせいだった。
「・・・もう、帰ったほうがいい」
唐突に男が言った。は、と顔を上げると、男は夜を透かすような目で見ていた。
「これ以上、一人でいると飲み込まれる・・・。・・・闇に、な」
男の言葉自体が、粘つく闇のように、リーを包んだ。急に、目の前の人間が恐ろしくなり、
「帰ります・・・」
小さく言った。
踵を返そうとして、またしても体がふらつき、男が手を伸ばした。リーの体を支える。
「あ・・・」
少年の目が、恐怖を湛えていることに気づいたが、男は目を逸らそうとしない。
見たことのある目だ。冷たく暗く、深い瞳。なのに、吸い込まれる。
「・・・行け」
「あ、はい・・・」
そっと、男はリーの腕を離した。
数歩歩いて、振り返った。すでに、男の姿は無かった。
「・・・憎しみ・・・」
ぽつりと呟いても、彼のように闇は押し寄せてこない。ほっとした反面、自分が見るべき位置を与えられてようにも感じた。
「・・・・・・・・・」
リーは、今度は振り返らずに歩き出した。まっすぐに、闇へと消えていった。見送る者は、誰もいない。

「・・・待たせたな・・・」
男は、闇に溶け込んだ人物に声をかけた。
「驚きましたよ、急に待っていろ、と言うのですからねぇ」
闇から出てきたのは、同じく黒い装束を着た大男だった。顔は獰猛で、人間離れした目に反射する光がいっそう男を凶暴に見せる。
「どうしたんですか、イタチさん。あんなガキに、なんの興味を持ったんですか?」
イタチ、と呼ばれたのは、先ほどまでリーと一緒にいた人物だった。
「・・・こんな夜中に一人でいるのが気にかかった・・・。それに・・・」
「それに?」
「・・・彼ももうすぐ、憎しみが吹き出してくるだろう。そんな気がした・・・」
「はあ・・・」
大男は分かったような分からないような、表情と声を出した。
「・・・彼が背負っているのも、また絶望、か・・・。この里も、安泰ではないようだな・・・」
イタチは呟くと、大男を促して歩き出した。

リーが手術を受ける旨を、マイト・ガイとツナデに告げたのは、それから数日後だった。
ガイは大喜びをして弟子を抱きしめた。ツナデは、本当にいいのか、と念を押した。
「はい。ぼくにはもう、恐れるものはありません・・・」
少年は決然と言った。
丸い双眸に宿った、小さな炎を誰もが見逃した。


2007/09/26〜9/28

小説の間へ
TOPへ

あー、書き終わったよ〜、良かったよ〜・・・。「イタチ兄さん×リーくん」か「鬼鮫くん×リーくん」というリクエストだったので、とりあえず「イタチ兄さん×リーくん+鬼鮫くん」にさせていただきました・・・。
イタチ兄さんの資料が、ナルティ各種ゲームと、単行本29巻だけというのはいかがなものだろうか・・・?
舞台は、単行本20巻のリーくんがお花占いをしている所です。
なんとなーく、イタチ兄さんがあの辺りをウロウロしているように思えて・・・。だって、繁華街でサスケがイタチ兄さんと鬼鮫くんを見つけるくらいですからねぇ・・・(その辺のこと、まったく分かりませんが)。
人間って、案外怒りで生きている気がしてならないんですよね・・・。私も常に、なにかに怒っていますし。だからこそ、「ふざけんな、コラァ!」で前に進めるのかもしれないし。「良い意味」でね。「社会と人を憎む方向」になると、ただの犯罪者になる可能性のほうが高いですから。それは、今回書いたリーくんもしかり。
彼は、優しくて、爽やかな好青年の分だけ、人に憎しみをぶつけられないのではないかと。結局、サスケに体術を覚えられたって、「さすがです」で終らせるような好人物ですから? それでは、アカンのだよ、リーくん・・・、と思って書いたのがコレ・・・。というか、私の気がすまないというのが本音(おい)。
この場合だと、あの伝説の「師弟万歳!!」エピソードを無視することになってしまいますが・・・。
いつにもまして、まとまりが無くなってしまいましたね・・・。リクエストくれた方、こんなんでよろしければ、受け取ってください!!