それは、さぼてん人間ではなく、本物の人間だった。
(ベストを脱いでいたから、保護色になってたんだ)
テマリは心の中で毒づいた。もし、最初に気づいていたら大声で怒鳴ってやったのに。
「座り込んでいたので、驚きました」
「こっちだって驚いたよ」
自分よりも数十センチ高いところにある頭に、刺すように言ってやる。それでも、目の前の人物は笑ったままだ。
ロック・リー。木ノ葉の中忍で、数年前から砂の里に出入りをしていた。それが、恋人に会いに来るならば何の文句も口出しも無い。だが、彼が会いにくるのはただ一人、我愛羅、なのだった。
初めは弟にもようやく友達ができた、と思っていたのだが、それが急に不安になってきたのはいつ頃だったのか。我愛羅はこの男と出歩くと、長時間戻って来ない。一度は朝帰りをしたこともあった。さすがに厳しく追及してしまったのだが、それ以降、我愛羅はテマリのつま先が自分の方に向く前に姿を消してしまう。その行方のくらまし方は、アカデミーの生徒に教えたいほどに周到だった。
カンクロウはこういう時、役に立たない、と言うよりも事の成り行きを静観している。テマリよりも冷静とも取れるが、これは同じ男としての心境の表れなのか。
「誰でも、教えたくない、見られたくないものってあるじゃん?」
言って、傀儡を愛しそうに撫でているところから見て、リーを我愛羅の人形かなにかだと認識しているらしい。
だが、そんな言葉で説き伏せられるほど、女は甘くない。
(大体、なんでこいつが我が物顔でここにいるんだ?)
「我愛羅くんはちょっと席を外していますが、どうぞ」
と温室に招かれたのはいいとして、リーにもてなされるのはご免こうむりたい。
「あ、そこ、足元気をつけてください!」
慌てて下を見ると、小さなさぼてんがころころと、転がっていた。しかし、身の回りには鋭い棘を張り巡らせている。
「刺さると痛いです」
当たり前のことをリーは言ったが、さぼてんを気遣ったのではなく自分を心配してくれたものと分かって、テマリは小さく舌打ちをした。
(しかし、見事にさぼてんだらけだな・・・)
四方八方、とげとげとした植物で埋め尽くされている。中には、棘が無いものもあった。
「さぼてんの一種ですよ」
テマリの視線をたぐって、リーが親切に教えてくれた。もっとも、彼女は舌打ちすることで答えたのだが。
温室の一番奥まったところに、石造りのテーブルとイスが置いてあった。イスが二脚というところに、なにかしら生臭いものを感じるのは自分だけだろうか。胡散臭そうに凝視する。少し目を動かすと、壁際に小さな棚と、温水を通す管に金属性のポットが置かれていた。かすかに湯気が出ているので、火の代わりにそこを使っているのだろう。取っ手には布が巻いてある。
「今、お茶を入れますから」
リーは棚から急須と湯呑みを取り出した。突っ立ったままのテマリを見て、座ってください、と促す。断る理由もないし、なにしろ本当に疲れていた。どさりと音を立ててイスに腰を下ろす。胸に抱いたままだった紙袋もテーブルに置いて、まずは大きなため息をついた。
「疲れているんですか?」
「・・・誰かさんのせいでな」
そんな嫌味も、リーには通じない。鈍感なのか、はたまた心が広いのか。どちらにしても、テマリには気に食わない。
「・・・お前、今日はなにしに来たんだ?」
安物であるはずなのに、テマリが入れるより色も香りも濃い砂茶を前にして、リーに質問をする。
「ぼくですか? 今日は定例宴会の日でしょう。手伝いに来たんです」
「そのわりには、こんなところで油を売って、いい身分だな」
「ええ、準備は午後からでもいいと言われたので」
「で? なんでここにいるんだ」
「我愛羅くんが、こちらに来た際には好きに使え、と言ってくれました。砂の里に来た時は、大門は通らずに、我愛羅くんに教えてもらった秘密の門から入ることにしているんですよ」
花が咲くような笑顔とは、このことで、リーはにっこりと爽やかに笑った。が、テマリは胸の中に砂が入ってきたかのようになった。心がざらざらする。
(風影をなんだと思っているんだ・・・。お前のせいで、こっちは里中を駈けずりまわって・・・)
「お前・・・!」
イスを蹴って立ち上がり、思わずリーの胸倉を掴もうとした瞬間、
「なにをしている」
背中が凍りつくような声がした。
振り返るとそこに、朝から探していた弟の姿があった。

「なにをしている」
「我愛羅・・・」
テマリは怒るよりも、安堵の声と表情で弟の顔を見た。
我愛羅は腕組みをして、温室のほぼ真ん中に仁王立ちしていた。瓢箪は背負っていない。そして、かすかな目の動きでテマリとリーの顔を交互に観察している。
すらりとした体躯に、冷ややかな目元。数年前までの、殺気を常時、瓢箪と共に背負っていた我愛羅はいない。だが、今でも見つめられると、目を逸らして逃げ出したくなるのは変わらない。風影に任命されてからは、この独特の威圧感で里を完璧に仕切っている。
「我愛羅くん、テマリさんは君を探してここまで来たんですよ」
言うより先に、リーが説明をしてしまった。余計なことを喋るな、テマリは青年を睨んだ。しかし、すぐに我愛羅に向き直ると、
「今日は定例宴会の細かな準備もあるし、書類に判も押してもらわないと・・・」
自分で言葉を聞いていて、やはり過保護かも知れない、と思っていた。いや、事実そうなのだが、まだ認めたくないというか、非常に複雑な心境である。
我愛羅は慣れているためか、無言で頷いた。
「気に入ったものはあったのか」
「え?」
首を傾げると、我愛羅の目が後ろに、リーに向けられていることに気づいた。
「はい。ありましたよ。でも、本当にいいんですか? 大切なさぼてんをもらって・・・」
「かまわん。育て方は紙に書いてある。分からないことがあったら、聞きに来ればいい」
何の話をしているのか分からないが、完全にテマリは無視されている。それに、我愛羅はリーがここに来ることを承諾している。
なにより、我愛羅はリーに心を開いている、ようだ。付け加えたのは、なにしろこの弟の心は読みにくい。
「我愛羅くんもお茶、いかかですか? ぼくはさぼてんを見てきますから」
まだ口はつけてませんよ。リーは自分の湯呑みを示した。
「ああ」
我愛羅は素直に頷いて、テマリの横を通り過ぎるとイスに腰かけた。テマリもつられるように座った。
リーはさぼてんに紛れて、すぐに見えなくなった。それを見届けると、無口な弟はイスにかけてあった、リーのジャケットを手に取ると、ぱたぱたと砂をはたき始めた。
今日は驚くことばかりだ・・・。
テマリは切れ長の目をリーのように丸くして、弟の行動を見ていた。
「なにしに来たんだ」
「え?」
ジャケットを裏返したりしながら、我愛羅は姉に聞いた。満足げに頷いてそれをイスに戻すと、今度は湯呑みを手に取った。音を立てずに茶を飲む。
「なにしに来たんだ」
またしても同じ質問。
「あんたを探してたんだよ。書類だって残っていたし、今日は宴会の準備もあったのに・・・、勝手に出て行くな」
弟は無言で姉に視線を移した。
「職務を放棄した覚えは無い」
確かにそうだ。我愛羅は不意に消えることはあっても、仕事を遅らせたことは無い。
「分かってる。けど・・・」
テマリは言葉を切った。すぐ後に、
「あの木ノ葉の男と会うな」
と言うつもりだった。事実、口は形を作っていたのだが、我愛羅の射るような目に黙り込んだのだ。
「おれが誰と会おうと、関係ない」
「・・・分かってる、そんなこと」
「なら、何故、おれを探しに来た」
「・・・・・・・・・」
「おれがあいつに、砂の里の機密事項でも教えると思ったのか」
「・・・違う」
「それとも、木ノ葉との同盟にまだ不満でもあるのか」
「・・・違う」
違う違う違う違う違う。どうして、我愛羅は分かってくれないんだ!
「我愛羅くんが、事故に遭っていないか、事件に巻き込まれていないか心配だったんでしょう?」
すぱりと、凍りつきそうになっていた空気が切れた。テマリと我愛羅は、お互い顔を見合わせた。
「テマリさんは、我愛羅くんのお姉さんなんですから、心配して探しに来てもおかしくないでしょう?」
空気を切った張本人、リーが小さなさぼてんを抱えて、二人の元に戻ってきていた。
「そうなのか」
弟が、かすかに好奇心を滲ませた目で、姉をまっすぐに見ている。う、と言葉に詰まって、顔がどんどん熱くなってくる。思わず下を向いて、膝に置かれた手をぎゅっと、握り締めた。
どうして。
「だから、我愛羅くん、そんな風にテマリさんを責めたらダメですよ」
どうして。
「こういう時は、心配かけてごめんなさい、探しに来てくれてありがとうございますって、言うんですよ」
どうして、お前が私の気持ちを代弁をしてしまうんだ。この、おかっぱ野郎。
「テマリさん? どうしたんですか?」
耳に入ってくる、優しい風のような声。少しだけ涙が出て、悟られまいとテマリは下を向き続けた。

ありがとう、と我愛羅は言わなかった。ただ、
「これからは、どこに行くか言ってから出かける」
と、小さな子どものように呟いた。テマリには、それだけで充分だった。
リーとは、風影の屋敷前で別れた。

定例宴会の席で、三人は他人のふりをしていた。風影は上座に座り、豪快に酒をあおる者達を、興味深そうに眺めている。
リーとテマリは、もっぱらお酌係りに回っていた。忙しく歩き回る木ノ葉のおかっぱを、テマリは目で追い続けた。
宴も終わりに近付いて。ほとんどの人間が酔いつぶれ、ようやく一息つけるようになった頃、リーも自分の席へと戻り、食事をとり始める。待っていたかのように、テマリが隣の席へと滑り込んできた。
驚くリーを尻目に、テマリは徳利を傾け、猪口を出すように無言で促す。
「あ、ぼく、お酒は・・・」
「なんだ、そうか」
リーが申し訳無さそうに言い、テマリは拍子抜けしたように、手ごろな猪口を手に取り、酒を入れ一口飲んだ。すぐに目元が赤くなるのが分かった。
「・・・今日はすいませんでした。テマリさん、ぼくにも怒っていましたよね・・・」
「ああ、そうだな、私はお前が嫌いだ」
ですよね。予想していたのか、リーはさして傷ついた風でもなく、呟いた。
「けど・・・」
今日から、評価を改めてやるよ。
「え?」
「・・・なんでもない。じゃあ、次の宴会も頼むよ。あと、さぼてん大事に育てろよ? せっかく・・・、我愛羅がくれたんだから」
席を立ち、リーの視線を背中に感じながら、テマリは宴会場を出た。
その口元は、かすかに、笑っていた。


2007/2月?〜9/21・22

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・・・や〜〜〜〜〜〜っと終ったよ〜・・・。半年以上もかけて、ようやく・・・。リクエストが来たと同時に、書きあがったんですよね、これ。
テマリさんは過保護だと思う。結局は我愛羅くんを全面的に信じている節もあるしね。
対リーくん戦でも、かなーりの過保護っぷり(だと思っている)。
カンクロウくんの中では、我愛羅くんとリーくんは公認カップル? ええ!?
心配性のテマリさんの苦労は絶えませんね〜、この先も・・・。
テマリさんの感情表現が上手く出来なくて悩んだのだが、彼女は意外と起伏が激しいと見た。
これを書いていた途中で、「ナルティアクセル」が出て、「砂の門」とか「さぼてん」に関してゲームの設定とかぶっちゃって、一番ビビったのは私です(爆笑)。でも、許容範囲。
「砂の三兄弟」と言う割には、カンクロウ君の出番が少なかったので、これに短いお話でもつけようと思いますが、それは少しお待ちを・・・。