マイト・ガイの自室は、意外なほどに片付いていて、居心地が良い。
リーは「気に入ったから上がらせて」と擦り寄ってくる猫のような気軽さで、この師匠の部屋に、一週間に三回ほど来て、たまに泊まっていく。来る理由も、最初の頃は様々だったが、今ではあることに偏りつつある。
今日とて・・・。
「額を見せてみろ、リー」
「はい・・・」
リーは言って、自分の細い髪の毛をかき上げた。
つるりとした団子のような額の右端に、血が乾いたばかりの新しい傷があった。
「このくらいなら、絆創膏までは必要ないな。大きなけがをすることはあまり無くなったのに、小さなけがは増える一方だな」
師匠のマイト・ガイが、苦笑して、消毒液を染み込ませた脱脂綿で傷を拭く。
「いたた・・・」
消毒液が傷にしみて、リーが逃げ腰になった。
「我慢しろ、リー」
「・・・はい・・・」
脱脂綿が赤く染まってゆく。白い肌に赤の配色は、痛々しいのだが、それ以上に美しく思える。目を閉じたリーの顔は、意外なほどに整っていて、独り占めできる小さな喜びを、ガイは感じた。
「よし、いいぞ。リー」
言って、消毒液やら使わなかった脱脂綿を救急箱にしまう。
あ、と青年がなにかを思い出したような声で、ガイににじり寄った。
「せんせい」
舌足らずで囁く。気の向いた時に甘えてくる猫のような声だ。
「なんだ? リー。まだ傷があるのか」
わざとぶっきらぼうに返す。不満そうに鼻を鳴らした弟子を尻目に立ち上がり、救急箱を背の高い棚へと戻す。
「せんせい・・・」
すると、リーが四つんばいのまま、ガイの足に擦り寄ってきた。本当に、猫と同じ仕草である。
「・・・・・・」
ガイは逞しい腕を伸ばして、指先で青年の顎先をくすぐってやった。
「せんせい!!」
数秒、気持ちよさそうに目を閉じていたリーが、唐突に怒りを露にした。すっくと立ち上がったので、飛び掛ってくると思いきや、手当てをしている時と同じように、痛そうな表情でガイに向き合った。
「どうしたんだ、リー?」
にっこり微笑むと、今度は青年の顔が赤くなる。師匠の笑顔に極度に弱いのだ。はふ、と妙に可愛い息を吐いた。
「・・・消毒しちゃいましたけど・・・、いつものお願いします・・・」
言って、また髪の毛をかき上げた。額の右端には、血を拭い去って、すぱりと切れた傷口が見える。
「ああ、いいぞ」
知っててはぐらかしていたくせに。弟子の心境が聞こえそうだ。
「どれ・・・」
「・・・・・・・・・」
そっとリーが目を閉じて、ガイはゆっくりと顔と唇を額の傷に近づける。かすかに濡れた音がして、すぐに二人の顔は離れた。
「・・・ありがとうございました」
満足げに、弟子は頷く。
「うん」
師匠は鍛練の終わりのような声を出して、唇に残った血を舐めた。
そう、リーがここに来る、最大の理由。傷に口付けをして欲しいのだ。

「傷に一番の治療は、キスをしてくれることだそうなんですよ、ガイ先生!」
このわけの分からない理屈を、可愛いリーが言い出した時は、さすがに面食らった。
誰にそんなことを教わったのか(おそらくは、あのいけすかない永遠のライバルあたりなのだろうが)、ある時、ガイの部屋に来て、腕にある切り傷を手当てして欲しいと、リーは言った。
「これで大丈夫だぞ、リー。でも、この程度なら自分で治療できるだろう?」
迷惑ではまったく無かったのだが、不審に思って聞いてみた。そうしたら、あの返事である。
「そうなのか? おれは知らなかったぞ?」
「今日、知りました。そんなわけで・・・、えっと・・・」
もじもじと、愛らしい表情と仕草で、リーが近づいてきた。絆創膏を貼った腕を、ガイの前に持ってくる。
「どうしたいんだ?」
にやり。意地悪く笑ってみる。ぷく、と青年は頬を膨らませた。
「・・・お願いします・・・」
始めは押しが強いのに、最後はツメが甘くなる。だから、意中の女性ともどうこうなる手前で終ってしまうのだ。けれど、今は説教をする気分ではない。
「どれ・・・」
「・・・・・・・・・」
腕を取って、傷に唇を押し付ける。そのまま終ってしまうのもどうかと思ったので、ガイは少しだけ口を開き、ちろりと舌で絆創膏をなぞった。一瞬、青年の体が跳ねた。
「・・・本当に効くのか? こんなことで・・・」
弟子の反応に満足して、ガイは体を離した。
「はい、すごく・・・」
声が変に潤んでいたので、リーの顔を覗き込むと逸らされた。
「どうしたんだ? リー」
笑って問いかけても、青年はなんでもありません、と怒ったように返すだけだった。

というわけで、今日もリーは小さな傷をこさえて、ガイの部屋にやって来る。
いつか、傷ができていない時も、顔を出してくれるといいのに。
そうしたら、別の意味での口付けを、リーが酸欠で失神するまで、やってあげるのに。


2007/10/03〜04・08




リクエストは「甘甘ガイリー」でした・・・(――;)。甘いのか、これ・・・。普段からラブラブビームを出してるお二人なので、なにをしようとも、甘く見えてしまうのは私だけでしょうか?
リーくんに妙なことを吹き込むのは、ネジか(彼も割と適当なことを言います)、カカシしかいないのだが、今回はカカシで。
ガイ先生、こういうことを可愛い弟子に天然でやられて、いつも大変でしょうなぁ・・・(自分で書いておいて・・・)。そのわりに、彼はSです。