真夏でも、我が家は場所を選べば、涼しく過ごせることが出来る。だから、リーは連日、暑苦しい顔をおれに見せに来ていた。
「自分の家で過ごせ」
「いやです。だって、すっごく、暑いんですよ? まるで蒸し風呂です」
言って、やつはアシアリが持って来た冷やし飴を、美味そうに飲む。これも、連日のことだった。おれも薄手の着物の袖と裾をまくり、陽炎が立っている外を眺めた。ちりん。どこかで、風鈴の音がした。
「・・・なにか、涼しくなること、無いですかねぇ・・・」
リーは呟き、べたりと廊下に這いつくばった。行儀が悪い、と言おうとしたが、誰が来るわけでも無いので、足でリーのふくらはぎを、数回軽く蹴った。
「ネジの家、すごく居心地がいいんですよね・・・」
木の冷たさを全身で感じているのか、今にも眠りそうな声。おれも、あくびをかみ殺した。任務と鍛練が無いと、すぐにだらけてしまうのは、心の修練が足りないからか。それとも、認めたくは無いが、リーと一緒に過ごすことに安心しているのか。どちらにせよ、由々しき問題だ。
「・・・とっとと、家に帰れ」
問題の打開。早く、こいつを目の前から消せばいいのだ。
「いやです。もう少し、涼しくなるまで、お邪魔させてくださいよ・・・」
太陽はてっぺんから、多少西にずれただけ。リーが帰るとすれば、夕方か、もしくはアシアリが夕餉(ゆうげ)に誘えば、見積もっても八時間は一緒にいることになる。
はあ。おれはため息をついた。迷惑ではなく、この気持ちに何か、理由をつけたかったからだ。
「ネジ、なにか涼しくなれること、ありませんかね?」
りーは、ごろりと仰向けになって、柱にもたれているおれの顔を見た。
「知るか・・・」
と、言ったものの、おれは一つ考え事をしていた。
「リー」
呼ばれて、やつは気だるげに目を開けた。
「なんですか・・・?」
「肝試しでも、するか」
「きもだめし?」
「今日はちょうど、おあつらえむきの生温かい風が吹いているしな・・・」
おれは空を見上げた。
「ぼくと、ネジだけで、ですか」
「ああ。ガイなぞ呼んだら、うるさすぎて恐怖心もへったくれもないだろう。テンテンは、きっとこんな子どもっぽいことには付き合わないだろうしな」
おれだって、別に肝試しなどやりたくはない。だが・・・。
「どこに行くんですか?」
丸い目をキラキラと輝かせて、リーが言う。よし、乗ってきた。
「・・・・・・新しく出来た公園があるだろう? 奥にある池に出るそうだ、幽霊がな。どうも、あそこで死んだ人間がいるらしい。埋め立てられた地面の底に骨が埋まっているそうだ」
「・・・成仏、できないんですか・・・?」
「土や水と一緒に、魂も閉じ込められたんだろう」
全て、でっちあげだ。そもそも、幽霊など信じていない。本当に幽霊や魂などというものが存在するのならば、真っ先に父上が会いに来てくれるはずだ。
「でも、そういう方を興味本位で見に行く、というのは、どうなんでしょうか・・・?」
リーはすっかり話を信じ込んだらしく、起き上がり、正座までしておれに言った。ばか正直なやつとはお前のことだ、リー。
「線香でも手向けてやれば、少しは気が晴れるかも知れないぞ?」
「・・・・・・そうでしょうか?」
「別に、気が進まないのから、行かなくてもいい。幽霊や魂を怖がっているのなら、なおのこと、な・・・」
瞬間、やつの目に、負けず嫌いと言う名の炎が灯った。
「ぼくは怖がっていませんよ!」
「そうか? おれには、相当怖がっているように見えるがな・・・」
ちらりと、膝に置かれた両手を見る。かすかに震えている。おれの視線に気づいて、リーは慌てた様子で立ち上がった。
「今日の夜、行きましょう、肝試しに! ぼく、アシアリさんにお線香をもらって来ます!!」
「ついでに、団子でも一緒にもらって来い」
はい、と勢いよく返事をして、リーは廊下を駆けて行った。

夏の日が、ようやく西へと消え去った。
「じゃあ、行って来ます、アシアリさん」
玄関でサンダルを履き終えたリーが、振り返って言った。
「はい、お気をつけて行ってらっしゃいませ。お団子を余分に入れておきましたので、お二人も召し上がってください。あ、こちらはお茶です」
周到な使用人は、言って大きな包みと、水筒を差し出した。リーが嬉しそうに受け取る。おれは、小さなカンテラを右手に、線香とマッチが入った小さな包みを左手に、一足先に表へと出ていた。
生温かい風、上手い具合に月が隠れるほど出ている雲。本当に肝試しには最適だ。だが、おれの真の目的は肝試しには無い。
「行くぞ」
「はい!」
リーは笑って走りよってきた。頬が少しだけ引きつっているのが分かる。一緒に何年も過ごしてきたのだから、おれには分かる。
カンテラに火を入れた。小さな光が、足元だけを照らし出す。おれは少し後悔した。もっと大きなカンテラにすれば良かった。やつの表情が見えない。
リーは道中よくしゃべった。明るく振舞ってはいるが、道の脇から飛び出してきた猫にも、大げさなくらいに身をすくませた。
「もう、怖くなっているのか?」
唇の端を持ち上げて聞いてみた。
「怖くありませんよ!」
「だろうな。幽霊が出るのは公園の中だけ、だからな」
だけ、を強調する。ぐう、と隣で言葉を飲み込む音がした。
ざわ、と風が周囲の木々や雑草たちを躍らせる。
「見えてきたな」
「・・・はい」
リーの返答が若干、遅い。おれが視線を流すと、慌てて、顔を引き締め直した。
公園の入口に立つ。さすがに、人はいない。
数年前に出来たここは、当初は「緑の多い木ノ葉に、緑地公園など必要あるのか?」などと、かなりの批判が出た。だが、作ってしまえばこっちのもの、という行政の意思どおり、出来た後は批判も無くなった。逆に、木ノ葉の新たな憩いの場として定着しつつある。公園には、散策路やそのままの空き地があり、一番奥には大きな池があり、東屋が建っている。
おれ達の目的地は、その池だ。道は整備されているが、少しだけ上り下りがある。おれが前、リーが後ろを歩く。
さくさくと、二人分の足音がする。
「・・・早く来い」
振り返って、歩調が遅いおかっぱに言う。
「・・・・・・分かってますよ」
ぶっきらぼうに答えたリーは、小走りにおれに近付く。
こんなことを、数回続けながら、池を見下ろす階段まで来た。
「あそこ、ですか・・・?」
「ああ。行くぞ」
「はい」
ここまで来ると、覚悟を決めたのか、きっぱりと返事がきた。
階段を下りる。池が広がり、暗がりに東屋が見えた。池の水面は風に波紋を作るものの、静かだ。蛍でもいれば、なかなか幻想的なのだろうが、目の前を横切ったのは名前も分からない羽虫だった。
「東屋で線香と団子を供えるか」
「そうですね・・・」
池の上を縦横に走っている板の道を通り、東屋に到着する。無論、その短い距離でさえ、幽霊など出はしなかった。
「はあ・・・」
備え付けの長椅子に腰を下ろして、リーはほっと息をついた。
おれはそれを横目で見ながら、線香に火をつけて、適当な場所に置く。目を閉じて、手を合わせるとリーが、
「あ、お団子とお茶がまだですよ」
言って、ごそごそと、大き目の葉を広い、その上に串には刺さっていない、そのままの丸団子を供えて水筒の蓋に入れた茶を横に置いた。
目を閉じ、手を合わせているリーの後姿を見て、さらに池を見渡した。なにもいやしない。ここには、おれとリーしかいない。
「・・・・・・・・・」
思った途端、急に心臓が鳴り出した。だが、すぐに冷静さを取り戻すと、いまだ手を合わせているやつの後頭部を、軽く叩いた。
「気は済んだか? 団子を食べたら、帰るぞ」
「はい!」
取り留めの無い話をしながら、団子を頬張った。アシアリ自らが作った団子は、ほのかに甘く、美味かった。

「・・・結局、幽霊さん、出ませんでしたね」
帰り道。リーはぽつりと呟いた。
当たり前だ。全部、でっち上げなんだからな。ふと、おれは思い立った。
「リー、手だ」
「え?」
不審そうな表情で、おれの顔と差し出した手を見比べる。
「手を、つなぐぞ」
「・・・・・・・・・今さら、怖くなったんですか? ネジ」
呆れた声だったが、面白そうな顔つきで、リーはおれの手を握る。
「ばか。お前と二人きりになりたかっただけだ」
「・・・・・・・・・」
ぱくぱくと、リーが口を開いたり閉じたりするのが分かった。振り払おうと暴れるやつの手を渾身の力で握ったまま、強引に家まで帰った。

空から雲が無くなって、代わりに星が見えていた。

「一体、なんのための肝試しだったんですか?」
屋敷に着いて、部屋でまた茶を飲んでいると、憮然と頬を膨らませて、リーが言ってきた。おれは答えに、やつの手を握って頬に口付けをしてやった。
リーは黙った。


2007/09/23〜10/05・08



・・・夏も終ったのに、肝試しって一体・・・。
リクエストは「見合い写真のようなネジリー」と言うことで・・・、うーんうーんと悩みまくり、とりあえずネジの屋敷とアシアリさんと、してやられているリーくんで表現してみました・・・。
ネジの一人語りって、初めての試みではないでしょうか? モノローグが少ないと思われていたネジくんですが、心の中では色々と考えていたのですね(おい)!!
鈍感で純粋なリーくんは、本当にすぐ騙されるなぁ・・・。気をつけろよ(おい)。