五代目火影、ツナデの自宅へ向かう道すがら。
「いやぁ、今日は良い日だなぁ。ね? リーくん」
カカシは隣で苦虫を噛み潰したような顔をしている青年に、にこにこと話しかけた。
「・・・ツナデさまがぼくに屋敷までの案内を頼まなければ、一緒に歩くのは遠慮したいほどですけどね・・・」
ロック・リー(LL)、通称、「大兄(おおあに)さま」。四人の小姓では最年長。精悍な顔立ちと、すらりとした長い手足。普段はほんわかと微笑んで、「癒しの小姓」と言われる彼だが、今日は別だ。
「ツナデさまも、良い仕事をくれたよねぇ。留守にするから、おれに君たちの面倒を見てくれ、なんてさ」
「ぼく達の世話ではなく、お屋敷の警備ですよ、カカシ先生。言っておきますが、ぼく達に手を出したらどうなるか、分かってらっしゃるでしょうね?」
きろり、と丸い目でカカシを睨む。だが、この男には通用しない。
「やだなぁ、手は出さないよ? 口と足くらいは出すかもしれないけど」
「・・・・・・・・・」
「だってさぁ、ガイだってたまにはお屋敷に泊まるんでしょ? それはいいわけ?」
「ガイ先生は、あなたのような不埒な人間とは違います。一緒にしないで下さい」
リー(LL)は本日、一番大きなため息をついた。火影の執務室からの道中、幾度と無く繰り返された会話である。
(・・・どうしてツナデさまは、この人に警備を頼んだのでしょうか・・・?)
ぼく達は、そんなに不甲斐ないのでしょうか?
少しだけ気を落としている青年を横目で見ながら、カカシはこれからのことを思って、頬を上気させていた。
(だって、今日は邪魔者、いないもんね)

「おかえりなさい、大兄さま。・・・あ、カカシ先生も・・・?」
ツナデの屋敷に着き、使用人よりも早く玄関へ飛び出して来たのは、ロック・リー(S)。最年少の小姓だ。長い髪の毛を三つ編みにして、だぼだぼの異国風の服を着ている。
「やあ、こんにちは、リーくん(S)。今日は警備に来たんだよ。よろしくね」
「あ、はい・・・。よろしくお願いします・・・」
リー(S)は言いながら、靴を脱いでいるリー(LL)の背中に隠れるように寄り添っている。その姿は、「第二の癒しの小姓」の名にふさわしく、とてつもなくいじらしく、愛らしい。
(大きくなったら、きっとすっごく良い感じになるんだろうなぁ、楽しみだなぁ・・・)
くくく。カカシが喉で笑ったのを、リー(LL)は聞き逃さなかった。そして、少年を守るように抱き上げると、
「リーくん、今晩はぼくと一緒に寝ましょう。いいですか? 今日はぼくから離れてはいけませんよ?」
言って聞かせる。きょとんとしたまま、少年は頷いた。
「ひどいなぁ、大兄さまは」
「カカシ先生は黙っててください。・・・お部屋まで案内します。着いて来て下さい」
警備といっても、ツナデの屋敷には精鋭部隊が寝泊りしているので、カカシといえども出番はあまり無さそうだ。そんなわけで、リーはカカシを客人として扱うようだ。まあ、どちらにしても彼らと同じ屋根の下にいることに変わりは無いけれど。男はにやけ顔を隠そうともしない。

中庭が見渡せる外廊下まで来た。首を巡らすと、庭の一角に小さいながらも一目で道場と分かる建物があった。かすかに、気合が聞こえる。
「ああ、もしかして、中で鍛練してるのって・・・」
すると、道場が静かになって、からりと引き戸が開いた。中から、最年少のリーよりも、少しだけ年上と分かる少年が出て来た。
「お話が聞こえたので・・・。カカシ先生、お久しぶりです」
「うん、こんにちは。リーくん(M)」
リー(S)からは、「小兄(しょうにい)さま」と言われている、ロック・リー(M)だ。この子だけは、単に整えるのが面倒なだけかも知れないが、ぴんぴんと外にはねた髪の毛をしている。頑固と言うよりは強固な心を持った、通称、「鉄壁の小姓」。体はまだ小さいが、将来はツナデを守る盾として、立派に成長できるだろう。
(ある意味では、攻略し甲斐のある子なんだけどねぇ・・・)
カカシが心の中で舌なめずりをすると、
「リーくん(M)、君もカカシ先生はあまり近付かないようにしてくださいね」
「また、リーくん(LL)は、そういうことを・・・」
ねえ、とリー(M)に笑いかけると、少年は真顔で頷いた。
「言われなくても、分かっています」
「ひどいなぁ、もう・・・」
傷ついたふりをしているのは、誰の目にも明確である。ただ、幼いリーだけは、きょときょとと、三人の顔を見比べていた。

「今日はここに泊まって下さい。食事などは運ばせますので」
通された客間は、独り占めするには充分すぎるほどの大きさで、
「ここで一人寝するのは寂しいなぁ。なあ、リーくん(S)?」
青年の横にちょこんと、正座している子どもに言うと、
「えっと、えっと・・・」
案の定、可愛い反応をしてくれた。だが、すぐにリー(LL)が睨み返してくる。
「ふふふ、大兄さまとリーくん(S)に、冗談は通用しませんよ?」
からり。襖が開いて、一人の少年が姿を見せた。手には、急須と人数分の湯呑みがのった盆があった。
(来た来た来た来たきたぁ・・・!!)
カカシは、興奮して震え上がりそうになる体を寸でのところで押さえた。
「お久しぶりです、カカシ先生・・・」
少年はやけに色っぽい声で、男の隣に臆することなく座った。
ロック・リー(L)。下のリー達からは、「中兄(ちゅうにい)さま」と呼ばれている。通称、「妖艶なる小姓」。
ツナデから貰い受けたであろう、薄い、少し裾を引きずる着物姿で、そこから見せる胸元、両手足、さらには確実にわざと見せる非常にきわどいところまで、全てが大小の傷で覆われている。顔にも線を引いたような傷跡があるのだが、逆に魅惑的に映るのは、稀有な才能といえよう。多少、そちらの方に趣味がある者は、
「全ての傷に口付けをしたい」
などと、うっとりと言う始末である。それほどに色気のある、まさに「小姓」の名にふさわしい人間だ。しかし、細腕から繰り出す体術は、鍛え上げられた人間さえも、なんなく血祭りに上げるそうだ。
「やあ、リーくん(L)。元気にしてた?」
「ええ、おかげ様で・・・。カカシ先生も・・・、お元気そうですね」
赤い花が咲くような笑顔。リー達は慣れているのか諦めているのか、今だけはおとなしく茶を啜っている。
「今日はお泊りになるんでしょう・・・? 嬉しいです。色んな話を聞かせてくださいね。ぼくがお酌をしますよ・・・」
「どんな話がいいのかな・・・?」
そっと体を寄せてくるリー(L)の肩に、手をやろうとした時、
「中兄さま、カカシ先生から離れてください!」
遅れて入ってきたリー(M)が、右手で干菓子を乗せた盆を持ったまま、左手でリー(L)の腕を引っ張った。
「なにするんですか、リーくん・・・」
笑顔のまま、リー(L)は振り返った。一瞬、少年は言葉に詰まったが、
「中兄さま、今からぼくに、稽古をつけてください」
「え・・・、今から、ですか?」
「はい! ぜひ、中兄さまにお見せしたい技があるんです!」
リー(M)はリー(L)を信奉している。むしろ、淡い恋心を抱いている節さえある。それを知ってか知らずか、リー(L)もリー(M)には甘い。
「分かりました・・・、行きましょう。では、カカシ先生、また後で・・・」
「うん、できれば入浴の時までには帰ってきてほしいなぁ」
「中兄さま、今日はぼくが背中をお流しします!!」
「ふふふ、分かりました、リーくん(M)。カカシ先生、お風呂はまた今度・・・」
妖艶に微笑み、少年は去って行った。なんともいえない、甘い匂いを残して。
「いやぁ・・・、いいね、リーくん(L)」
襖が閉まり、小さな足音が遠ざかると、しみじみと男が呟いた。青年の目が光る。
「あの子に手を出すと、それこそツナデさまに吊るし首にされますよ」
声音に、なにかしら含みがあったので、カカシは一瞬真顔でリー(LL)を見た。慌てた様子で視線を外され、
「さあ、リーくん(S)、今夜の晩御飯を聞きに行きましょうか?」
少年に優しく声をかけた。
「はい、大兄さま!」
「それと、お風呂の掃除もしましょうね」
「はい、大兄さま!」
「ええ、二人とも行っちゃうの? リーくん(S)、おじさんとお話しない?」
「えっと、えっと・・・」
困惑する少年。嬉しそうに眺める男。静かな怒りを全身に湛える(たたえる)青年。
青年は少年の細い腕を、少しだけ乱暴に取ると、襖を開けて出て行った。
(かわいいなぁ、みんな)
残されたカカシは、鳥のさえずりを聞きながら、ようやく顔布を少しだけずらし、ぬるくなった茶を飲み干菓子をかじった。

夜。たっての希望で、夕飯はカカシが泊まる客間で取ることになった。
(いやぁ、こんなに幸せな気持ちになる食事なんて、今までなかったなぁ)
男は、四畳ぶんほど開けて(無論、カカシを警戒してのことである)、目の前に並ぶ三人の少年と、一人の青年を見ながら思った。
「カカシ先生、食べないんですか?」
リー(M)が不思議そうに聞いてきた。先ほどから、カカシは膳に箸をつけていない。
「うん、これを外すわけにはいかないな」
笑って、顔布を指差した。全員が、ああ、と納得した顔で箸を進めた。
「残念です、あとでお酌をしようと思っていたのに・・・」
リー(L)が、本当に残念そうに眉を下げた。
「なんなら、夜中、こっそりお酌してもらおうかな」
「ふふふ、その時は素顔を見せてくださるのですか・・・?」
「どうだろうね・・・」
漂い始めた桃色の空気に、まずリー(M)が顔を赤らめながら反応し、次いでリー(LL)がぱし、と乱暴に箸を戻した。リー(S)が不安そうに四人を見守る。
次の瞬間、
「よう、お前ら。元気にしてたかぁ!!」
大声が響き、豪快に襖が開けられた。
「な!?」
カカシが本当に驚いた声を出した。のしのしと入ってきた大男を見て、細い目を最大限に大きくする。
「ガイ? なにやってるの?」
「なにって、ツナデさまに屋敷の警備を頼まれたのだが? 今日はよろしくな、カカシ!」
びし、とマイト・ガイは親指を突き出し、白い歯を見せて笑った。
「ガイ先生・・・」
青年が立ち上がり、抱きつかんばかりにガイの側に寄った。
「うん? どうした、リー(LL)。ほっとした顔をして」
「ほっとしているんです。そうですよね、ツナデさまが、こんな危険な男を一人で寄こすわけがありませんよね・・・」
「ん? ああ、ツナデさまが、内緒で行ってやれと言われたんでな。お前らに会うのも久々だから、それもいいかと思ってな。びっくりしたか?」
「びっくりしました、ガイ先生!」
ついで、リー(S)がぴょんと飛び上がり、ガイの太い首に抱きついた。この少年だからこそ許される、愛情表現だ。青年も、今はまるで父親にかじりついている子供を見守る母親のような顔だ。
「良かったですね、リーくん(S)」
「おお、リー(S)。驚かせてすまんな」
「えっとえっと、今日もぼくと大兄さまと、川の字で寝て欲しいです!!」
「ああ、かまわんぞ。リー(M)、おれの作った鍛練表、しっかり守っているか?」
ガイは、不機嫌そうな顔をしている少年に笑顔で話しかけた。すると、かすかに笑顔を作ってリー(M)は頷いた(話しかけられるのを待っていたようだ)。
「もちろんです。でも、さすがに打ち身だらけですよ」
言って、あざがついた両腕、両足を順繰りに見せていく。
「よし、明日の朝、鍛練に付き合ってやるぞ。その時に、打ち身に効く薬草の調合を教えてやろう」
「ありがとうございます」
リー(M)はカカシにはおろか、皆にもほとんど見せない、静かな満面の笑みでガイに頭を下げた。
「よかったですね、リーくん(M)」
後ろから、リー(L)が自分のことのように喜んだ。
「おお、リー(L)。任務続きで、会えなくてすまんな」
「いいえ・・・。でも、今夜は少しだけでも、色々な国や里のお話を聞かせてくださいませんか・・・? ぼくの部屋で・・・。できれば、二人きりがよろしいのですが・・・」
カカシに見せるよりも、数倍妖艶な表情をして、ガイに擦り寄る。ガイは、いいぞと明るく言った。
「ちょっと・・・」
「あ、ガイ先生、お食事は済ませましたか? まだでしたら、用意しますが。もう一つ、客間を準備しますから、そちらで」
「ちょっと・・・」
「ガイ先生、風車の作り方、教えてください!」
「ちょ・・・・・・」
「先生、木ノ葉烈風の件で聞いておきたいことが・・・」
「え・・・・・・・・・」
「ガイ先生、今夜は遅くまでぼくと一緒にいてください・・・」
「・・・・・・・・・」
ぱたん。襖が閉じられ、賑やかな声が遠ざかる。
ぽつん、と一人残されたカカシは、どすんと腰が抜けたかのように座り込んだ。
「なに、あの・・・、ハーレム状態・・・」
呆然と、今の光景を反芻する。自分にはまったく向けられなかった信頼、尊敬、崇拝、心酔、そして愛情。それら全てが、あの熱血漢に向けられた。苦い敗北感が全身を這い回る。
「え、なにこれ。おれ、なにしに、ここに来たんだっけ・・・?」
『アタシがなんの考えもなしでお前を屋敷に呼ぶはずが無いだろ? けど、これで分かったんじゃないのかい? あの子達は、ガイに惚れこんでいるって事が。まあ、あの子らの一番はアタシだけどね。というわけで、今後、あの子達に手を出そうなんて思うんじゃないよ』
ツナデの言わんとしていることが、天からのお告げのように頭に響く。
「・・・くそ!!」
カカシの絶叫が部屋にこだました。
しかし、その頃、四人の小姓とマイト・ガイは楽しい話に大輪の花が咲いて、誰もその叫びに気づかなかった。


2007/09/26〜10/08




リクエストは、「四人の小姓を、カカシかガイ先生がこっそりと狙う」でしたが・・・、カカシは「物陰からこっそり相手を想う」なーんてことは出来ません(爆笑)!! 彼は、真っ向勝負ですよ、意外でしょうが(そうでもない?)。
まあ、最初からオチには「ガイ先生への愛情には勝てない」ということを持っていこうとしていたのですが、ちょっと今、「ガイ先生欠乏症」も併発してまして、無理やり出してしまいました・・・。すいません。
しかし、いいな〜、「ハーレム」・・・。私も全サイズの小姓に囲まれたいな〜・・・。
いつも以上に、「リーリーリーリー」言って、疲れた反面、すっごい幸せだった・・・。はうう。