雨とシーツと


 日の光すら上手く入り込めない雨雲の滞在する日のバチカル、王座を見上げるにもっとも近しいファブレ公爵邸。
 普段屋敷内では一番、日の光に恵まれている中庭に水が降り注いでいる。
 厳密には雨が降っているという表現が正しいが、実際窓から眺めてみれば水の入った、それこそ大きなバケツを上から逆さにしたような土砂降りだ。
 こんな日はよほどの仕事が無ければ部屋でくつろぐなり、屋根のある所で競技を楽しむなりするのが貴族の一般的な行動である。例を挙げるなら、この国の姫君であろうか。彼女は贅沢三昧などしないだろうが、室内での公務ならば精力的に取り組んでいるであろう。

 しかしながら、ここはキムラスカ・ランバルディアの城ではない。その血の連なるファブレ公爵邸だ。何より、本日スコア通り見事な土砂降りの雨であっても、使用人の仕事は家柄も関係無く、全てにおいて変わらない。
 女中ならば掃除に洗濯と、天気に関するものであれば多少変わろうものだが、雑務ばかりを押し付けられる者にとって天気など、さほど関係はしないものだ。
「貴族……か」
 呟く眼前には花が蕾をつけ、この強い雨の中を生き抜いている。ふいに過ぎる、感傷めいた感情を行動で否定し、汚れても大丈夫なようにと、いつも着用している服の橙色と共に、寒いとわざとらしく震えてみせる。
 こんな雨の中では視界が霞み、瞳に入った水滴に瞼が閉じる。けれども、止めるわけにはいかない土いじりという地味な作業は、改めて自分が使用人という立場で花の手入れをしている事を再確認させてくれた。

 ガイは。――ガイ・セシルは本日この雨の中、同じくファブレ公爵邸の『庭師』であるペールの手伝いをしている。
 庭師の仕事というのは単調に見えて奥が深いらしい、早朝からの課題はもっぱら雑草抜きであったが、これがなかなか終わらない。終わったと思えば次の課題が増え、と、なかなかどうして、普段着のまま仕事をしている自分と違い、雨がっぱを着用した老庭師はしっかりしている。
 早朝から始めているというのに時間は進み、現在は昼。昨夜はお気に入りである音機関弄りに明け暮れ、夕食を抜いてしまったため朝からの手伝いはあまり嬉しいものではなかったが、こういった生活にも慣れがある。なんにせよ、自分より早くは目を覚まさないルークを待って食事をとるというのも悪く感じていなかった。
「あと15分というところか。 ……ガイ、そろそろ上がってよいぞ」
「――……へ?」
「昼食だろう」
 時を示す音機関を身に着けているわけでもなく、黒い雨がっぱの頭を上げたペールは、厳しい口調ながらもしわがれた声を柔らかに「早く行きなさい」と、自分に指示してくる。

 まったくもって、この『庭師』は隙が無い。
 公爵家と自分達の身分の違いを上手く隠しているようでいて、時折ガイ自身が立つ己の位置を示してくれる。
「ああ、じゃあ後で……」
「いや、お前はルーク坊ちゃんのお相手をして差し上げなさい。 後は私一人でやるさ」
 公爵邸というだけあり、使用人は数多く居るがこの屋敷で一番大きな顔をする公爵子息ルークは昔からガイがお気に入りだ。今では彼の相手をするのはガイと、使用人達の間ではそれが常識と化しているが、公爵付きの騎士や階級上の者たちは良く思っていないらしい。自分を見る女中達からの視線はどこか恐怖を覚えるが、それ以上に、屋敷に出入りする騎士団の人間からは敵意にも似た視線を感じ取る事も少なくは無いのだから。
 兎にも角にも、ガイ自身ですらルークと共に過ごしていない日々の方が今では考えられなくなっている。
 それがどういう意図であれ、自室で一人むくれながら昼食を目の前にしている主人を思い浮かべ、塗れた金糸をかき上げながらガイはルークの部屋で唯一開いている窓へと、いつも通り軽やかに腕をかけるのだった。

 †

 青年になったばかりの少年という時期は難しい年頃だ。自分がどこまでその『難しい年頃』を体験したかなど、それに毛の生えたような齢のガイに理解できるはずも無かったが、それでもだ。
「つまんねぇ。 つまんねぇ! ――それに、最悪だ……」
 ご主人様であるルークは相変わらず、口をへの字に曲げ屋敷内では珍しく淡い水の色が目立つ部屋の真ん中、ベッドの上で胡坐をかいて現在進行形で唸っている。
 まさに、難しい年頃らしい理由の無い怒りにも見えるが、如何せんルークは記憶障害の為に実質7年の知識しか持ち合わせていない。
「はは。 何が最悪なんだ、ルーク」
 雨音で自分が窓際に立った事など気づきもしなかったのだろう、ルークは長く燃えるような赤い髪を揺らせ、こちらを確認したかと思うと「入れよ」と顎で合図をする。なるほど、横暴さは変わらないが、とりあえず見た目通り、機嫌は悪いようだ。

「おまっ、ガイ。 ひでぇな、ずぶ濡れじゃねぇか! あんま俺の部屋汚すなっつーの!」
「言うなよ、ルーク。 お前が入れって言ったんだろう?」

 そうだっけ? そんな言葉が返ってくると、本当にこの青年は記憶障害を再び引き起こしているのではないかと思いたくもなる。
「まぁいいや、これ使えよ」
 ベッドの主は枕元に置いた、まだ新しいシーツを、それで濡れた身体を拭けと、おおよそ貴族の行動とは思えない、投げやりかつ公平な態度で接してくる。まだ新しい、多分メイドが置いていったものだろう、宙を舞ったそれを掴むだけで水滴の色がつく布を、ガイはため息混じりに冷えた身体へ羽織った。
「おいおい、これじゃあこいつを持ってきた奴が大目玉だろう。 ――……後で新しいやつ持って来るよ」
「んー、あぁ。 頼むわ」
「――……で?」
 何気ないやりとりの後で、ガイはルークを見る。
「なんだよ……で、って?」
 不機嫌そうに見えるのは曲げた口が更に曲がっているからだとして、記憶障害からなると言われている頭痛であればもう少し首を捻っている年相応の顔が見られる筈だ。
 剣術の師と仰ぐ『あの』ヴァンが客として迎えられた話も特に聞かない。つまりは、ルーク自身が何か不機嫌となる出来事があったようには思えない。

「ご機嫌ななめだろう? どうしたんだって言ってるんだよ」
「なんだ、そんな事か……これだよ、これ!」
「なんだはないだろ? 自分の事なんだから。 ……ああ」

 ガイが部屋に入ってから、ルークは馴染みの顔に気をとられていたようだ。胡坐をかいて腕を組んでと、婚約者が見たならば悲しむだろう姿をまるで子供のようにもう一度、して見せると足の先に置いてある物に視線を移す。

 ルークの足先に置いてあったのはトレーだ。
 銀の細工も美しい、上品な食事達。既にその残骸ではあるが、見た途端、空腹に腹の鳴りそうな感覚と、更にはこのご主人がだらしも無くベッドで、しかも足元で食事をしていたという事実。それらを一旦思考の隅に置けば理由がようやく見えてくる。
「好き嫌いは料理人達が泣くぞ」
「食えねぇモンは食えネェっつーの!!」
 傲慢かつ、良い意味でも悪い意味でも自分本意なルークは、半ば強引にガイの言葉を否定する。なんだかんだと言って使用人や女中達には甘い所のあるご主人様は、母親や公爵である父親より自分に近い使用人を引き合いにした方がこたえるらしい。
 そんなルークとガイの間にある論争の原因は、シルバートレイの上に片付けられた昼食に添えられた。

「そろそろこれくらい食えるようになったらどうだ?」

 ニンジンである。

 オレンジ色でエンゲーブの焼印が上品に残る、新鮮な色を保ったままの、ドレッシングと共に食す為に用意されたそれは本当にただの野菜スティックだ。
「だから食えねぇモンは食えネェっつーの! ちくしょう、俺が嫌いなの分かってるだろうッ」
 いつどういった経緯で嫌いになったのかは分からないが、ルークにはそういった食わず嫌いに近いものが多い。
「いや、まあ、そうだな。 分かってはいるだろうが……」
 シンプルにニンジンであると分かるそれは、ルークの目に留まった途端、今回の不機嫌の対象となったようだ。身分上の関係で何食わぬ顔をしながら厨房へ突き帰す事も出来る、ニンジン。
「なぁ、ガイ。 これお前が食ってくれよ」
 運ばれた昼食を残さず食べる事、ファブレ邸から出られないという大きな制約の上で、こんな些細な問題は約束として取り交わされた試しがない。だというのに、ルークはどちらかと言えばこういった細かい所に拘っている面がある。
 そして、こういう時はいつものように苦い笑みを浮かべ、数度頷いてやるのがガイの仕事だ。

「分かったよ。 丁度腹も減ってたところだしな」

 やりい。赤い髪が揺れる姿に子供だな、とつくづく思う。
 ガイがルークの世話役として、上手く事が運んでからずっと、赤い髪の少年を見てきた。誘拐事件の後も、その後の教育も。人間として最低限の生きる術すら知らぬ少年に『この世界に生きている』程度の知識を与えたのも、その殆どが世話役の自分だ。
(こういうところ。 まだまだ、子供だよな)
 ルークの差し出してくるカップに入れられたニンジンスティックは、一口、口にしてみれば思った以上に美味である。料理人も公爵子息の健康状態について考えた結果なのだろう。
 濡れたまま、ベッドに座るのも悪いと暖かなシーツに包まり、ガイはルークの座るベッドのすぐ手前に座り込む。目の前にはじっとこちらを伺うご主人が。

「それ、美味いか?」
 獣が人間を恐る恐る眺めるような、緑の怪訝な視線が痛い。
「……聞くくらいなら最初から食えよ」

 記憶喪失でファブレ邸に戻ったルークは、こうしたやりとりを多く交わす。
 必要な知識は教えるが、食事に関してルークは一度不味いと思えばそれ以降は口に入れたがらない。けれど、嫌いなものでもたまに見れば気になるのだろう。利き腕を顎に乗せ、こちらを眺めている姿は多少、可愛げがあった。
 ガイの口の端にひっかかるようにして残る、二本目のまだ長いニンジンをルークに向かい、振りながら肩を落としてみせると、思った通り「食いたくねぇもん」とすかさず返ってくる。
「そうは言うが、ルーク。 産地も安定しているし、ドレッシングも美味い。 な? なかなかのモンだぞ? ほら、食ってみろよ」
 駄目押しは『難しい年頃』かもしれないルークには効かない。それを知っていて、からかうのもガイの特権だ。
 口の端だけを上げて咥えたままのスティックを、ルークに向かって数度振る。
「ガイ。 お前なぁ……」
 彼にとって自分はどういった位置にあるのだろう。普通の貴族からしてみれば、こんな悪戯をしようものなら首が飛ぶ。けれど、ルークはそうしないし、ガイは特権を当たり前のように使用している。不思議な関係に居心地の良さを覚えながら相手を見ると、使用人の奇行に曲がった口を平らにしながら、ベッド端に寄って来るルークはため息をつく。
 そうだ、このまま身分違いの悪戯を続けていればガイに甘い――と、屋敷の者に噂されていた――ご主人様もついに「アホか」の一言で背中を見せてしまうだろう。
(……引き時だな)
 からかうまでは許されても、本気でへそを曲げられてしまっては後々困るのはガイ自身だ。
 ここは悪かった、と言いながら引くに限る。そう、思考を巡らせてニンジンを空腹で鳴る腹の奥に仕舞おうとすれば。

「美味いんだよな?」
 ワンテンポ後に、そうかけられ頷くには、妙な展開だった。
「へ……」

 まさか、ルークがニンジンを食べるとは思わなかった。いや、問題はそこではない事にガイ自身が気付くのに遅れたとも言えるだろう、咥えたスティックから伸びる線の先に身を乗り出したルークが噛り付いているという事態に息をする事も忘れ、ただ硬直する。
「……うむえ、おんなにうまいあ?」
 暢気に訳すると「うえ、そんなに美味いか?」だろうか。
 互いの鼻先が触れる位置で口を動かしているルークの顔は眉間に皺を寄せ、目の前の使用人に問いただすような瞳の色で、じっとこちらを眺めている。
(ルーク! そこは新しいのを食うべきだろう!)
 まかりなりにも身分下の身で一度口にした物を離すわけにもゆかず、ガイはルークの視線に小さく首を横に振るという行為で返す。
 ニンジンを離さぬまま、返答をする。これだけでもある意味、高等技術だというのに、主人はなんだかんだと言って普段は食さないニンジンをじわじわと食べているのだから冷や汗ものだ。
「るーふ! るーふ!!」
 ガイは咥えたスティックの端で、ふざけるにしても度が過ぎていると言いたかった。シーツを掴んでいた手を離し、ルークのプライドを刺激しない程度にもう食うなと制するも、距離は縮められ静かに近づいていく偉そうな、けれど見知った顔に居た堪れない気持ちを覚え、互いに引き寄せられる別のぬくもりに当惑する。
 ベッドから上半身を乗り出しているルークに対して、引き寄せられている様はまるで、自らがご主人様を欲しいと強請っているようだ。

(俺、今までお前に何教えてきたっけ……?)

 体勢に困り、ついに困り果てた唇が触れた時などは羞恥よりも、涙が出そうな思いである。
 ルークは記憶喪失である。親の顔や自分の名前は知らなくて当然。一番酷いのは矢張り歳相応の価値観すら無いという事。頭痛を初めとして、そういった彼なりの悩みを見てきたが、それを年頃の男が感じる欲を知らないという無知を、身体だけはしっかりとした青年になってから発揮せずとも良いだろう。

 く、と遠慮も戸惑いも無く触れたルークの唇は、身を引こうとするガイに淡く、けれども無遠慮に覆ってくる。
 まさかこんな事態になるとは思わず、瞳を見開けば、いつの間にか伸びた腕に頭から被ったシーツごと、更に深く引き寄せられ、息も出来ずに口内へと相手を受け入れた。
 飲み込んで良いか分からない唾液が、ガイの唇からゆっくりと零れ落ちる。

 気付いてくれ、ルーク。これはおかしいんだ。

 今ガイの目の前に居る、吐息を共有せんとばかりに口付けてくるルークに、無力な自分はそう祈るしかない。
 どうあってもこのお坊ちゃまの機嫌を損ねるわけにはいかない、それは遠く近い日に自分がルークへと抱いた感情を見極める為でもある。
 これもおかしな話ではあったが、ルークはルークのまま、見ていたいのだ。

「っ、ちょ……! おかし……んぅ……」
 男女間ならともかく――とは言え、ガイには女性とそうなるのも恐ろしいが――野菜スティック一本で男同士が口付けを交わすような雰囲気だっただろうか。
 何度も抗議しようと開けた唇には既に何度も暖かな舌が滑り込み、掻き混ぜられる。ただ口内の物を吸い出す行為だというのに、柔らかな刺激の駆け抜ける感覚がガイの肩を揺らす。
「む……つめて……まじぃ……」
 ルークの腕が、雨水を吸った布越しに熱く感じる。ガイを引き寄せている腕は首周りをほぼ一周し、顎を的確に押さえて放さない。濡れた熱い水音と同時に、室内という閉鎖された空間から聴こえていた外界の雨音は冷たく、遠く鼓膜に響く。
「ル、るー……」
 息も絶え絶えに、瞳は見開いたまま。ルークを見つめていたが相手は何を考えているのだろう。
 おあつらえ向きに、ルークはいつもならば光の灯った新緑の瞳を閉じ、そのままガイの口内に残ったニンジンを最後まで堪能しているようだった。

 幼馴染のいい歳をした男相手に、体温が冷たいだとか、ニンジンが不味いという問題など口付けを交わした状態では出てこないというのが、ガイの知る常識である。声を大にして、その常識を教えたいが、果たしてそれを聞いたところでルークがどう捉えるのか、ガイには分からない。
 今こうして居る間、冷静に物を考え、相手を凝視している自分もおかしいとは思うが、このルークは性別や精神的な問題を全く無視してガイを貪っているのだから。
 濡れたシーツ越しに引き寄せられる身体が、ルークの服を湿らせ、ぼんやりと「これはいけないものだ」と感じる。だが、口付けのような行為を止める術も持ち合わせない自分はただ、事実上のご主人様の言いなりになるしかない。

 言いなりに。
 唇を合わせ、甘く吸われるような体験をしながら、果たしてこれはルークだけの責任なのかと、ガイの意識上で誰かが問いかける。
 腕に触れられているのは首筋だけだと言うのに、頬から全身に火がついたようだ。
 口内に残った『食べかす』はあと僅か。
 ぐちゃぐちゃと、雰囲気を感じさせない舌や唇の動きになすがままになり、息を忘れた意識が酸欠で脳の痺れを訴える。
 ルークが最後の、欠片にもなっていない食事を食べ終わり、潔くガイの身から唇を、腕を解いた頃は既に視界は曇り、吐く息に熱が篭っていた。

「……ん。 ――……っぷはっ。 ほら、食ったぞ。 ……ガイ?」

 霧のかかった視界から、小さくなった明るい表情が自分を見つめた途端、ガイの異変に気付いたらしく心配そうに曇る。
「あ……あぁ」
 大丈夫か、とかけられる筈の言葉を制して、ガイは力無い腕でルークの乗り出した身を「もう来るな」と制した。
 生まれてこのかた口付けなど体験した記憶などない、おそらくそれはルークも同じであろう。ただ、価値観や知っている知識が違うのだ。こういう事は誰とどうしなさいと、言う事すら、当惑した今のガイには出来ない。

「な、なんだよ。 変なガイ」
「そ、そうだな。 そうだよな。 その、ルーク……」
「なんだよ?」

 ルークの感情が自分の思うところに無いと、言葉の音色から知り、ようやく身体に移った火照りを治めるも、子供が観察するかの如くこちらを見ていたご主人様にもどうやら思うところが出来たらしい。突き出していた顔を引き、かけられる言葉にしどろもどろに答えてくる。が。

 ぐぅぅ。

「腹、減っ(た)てたのか」
 どちらともない、沈黙の後に吐き出された言葉にはムードもへったくれもなかった。
 ガイの腹から鳴る虫の音色は二人の気まずくなった空気を一変、口の端を上げて笑うような、場違いな和みを与えてくれる。
「ま、まぁ。 そういうこった。 お前にたかりに来たんだが、それ以外は食っちまったようだしな」
 それとはつまり野菜スティックの事だ。
 習慣にはなっているが、必ず毎日共に食事をとるわけでもなく、お互い気分で時間を共有している所もあり、一歩遅ければ時既に遅いという状況もたまにある。それを見抜くのが、ルークの場合彼付きのメイドであったり、ガイであればペールであったりするだけで、二人が会うと見抜いた者は早めに行動を促したり、食事を多く持ってくる。それが、習慣の全様である。

「ガイが……来るのが遅せぇからだろッ!」
「あー、はは。 確かに。 今度はもっと早く来るさ」

 まだルークの視線には戸惑いに似た色が漂っており、まともにガイを見ようとはしなかった。それでも、少なくともガイは声色だけはいつもの自分を装って「今度はお前の分も食ってやる」と口にする。互いに何かを意識してしまう行為は出来るだけ、覚えない方が良い。立場上の問題ではなく、ルークに記憶障害や、同性である以上余計な物事は無い方が多分、互いの為なのだ。
 そう、『意識しないようにしている自分』を見つけたガイ自身が今度はルークと同じように、どうして良いか分からないと軽く頭を振る番で、相手に不振がられぬよう終わってしまった食事を言い訳として部屋を出て行くのは矢張り自分の勤めである。
 
「はっ、食えるもんなら食ってみろよ」

 じゃあな、と窓辺に足をかければ二言前とは全く違う、相変わらずのルークがガイの背中を追いかける。振り返らずに外へ身を乗り出してもそれ以上何も無く、一体どんな表情をして放った言葉なのか、ふいに沸いた疑問にため息が出た。
「何やってんだか、俺は……」
 動揺していない顔を作りながら、ルークから借りたシーツは羽織ったまま外へ出て、自分を引き寄せたご主人の身体は湿らせたまま。これではまるで、ガイが相手から逃げているようではないか。
 ファブレ邸の壁に身を寄せ、重力に引きずられるように腰を落とし、天を仰げば空からはまだ水が流れている。

 眠れば忘れている、ただの事故だったのだ。そう思う程、ルークという存在はただの子供でもある。何より元は友情すら芽生えぬ間だと思っていたのだ、自分がこんな風に考える必要は、ない。
 熱さも急速に冷めゆく中で、肺だけで笑うにも似た、声にならない自嘲の笑みは重い雨に乗り、ガイ自身すら知らぬ空へと消えた。


END

攻略本でルークとアッス以外にティアもニンジンが嫌いという事実を知って書いてました。
作った人ニンジン嫌いすぎる。


雨とシーツと