!注意!
この先ルクガイではあのますが、ED後のアッシュと混じったルークです。
更に言うと基本はアッシュで思い出がミックスされたルークとなっております。苦手な方はバックプリーズ




 タタル渓谷でのルーク・フォン・ファブレ生還は、彼の祖国であるキムラスカ王国だけではなく、マルクト帝国をも揺るがす一大事件であった。
 この世界――オールドラントを震撼させた一大事件の功労者であり、そして主要人物の中で唯一生還しなかった青年は成人の儀式を迎える当日、墓前にてその儀を執り行われ、魂を称えられる筈だったのだから。
 それがどうだろう、ルークと共に旅をした全員がその儀に参加をせず、彼とティアが出会ったタタル渓谷にて彼の帰りを待っていたのだ。
 響き渡る旋律と共に、夜風がざわめき白い花が一斉にルークの帰りを旅の仲間達へ知らせに来る。
 絶対に帰って来ると、そう言ったルークは確かに、そうして帰ってきたのだ。この言葉を聞かなかった仲間ですら信じた奇跡は今果たされた。
 淡い月明かりに照らされる真紅の髪に、どことなく無邪気な表情を残したルークは六人へ向かい、帰りの挨拶をするとそれぞれが彼の周りを取り囲むのであった。


 揺れる鏡は頭を垂れる


「何処まで何を覚えていますか? ――ルーク」
 生還してまず初めにルークが寄った場所はキムラスカではなくマルクトだった。まず、タタル渓谷と言う場所が帝国側の所有地に近かったのだ。
 両国共争いの無い今、ナタリアも共にグランコクマの王室を尋ね、国を――いや、世界をあげて祝いの声が轟いた。
 ルークに助けられた街、ルークと共に開発に取り組んだ者達、ルークと面識のある人々。全ての人間へこの良い噂は飛んで行った筈だというのに、ジェイドはただ苦々しい顔をしたまま、ピオニー陛下の私室で寛ぐ『ルーク』へある質問をしたのだ。
 他の仲間は皆、ルークを迎えようと宴の準備や、国の重要人物はこれからの対応について、集会を開いている。
 その中でただ、本当にこの世界を救ったルークは一人であったのだ。
「何でも覚えてるぜ? 皆で行った砂漠とか、ケテルブルグも覚えてる」
 ルークの声は心なしか低かった。以前のルークが十七という体格を持っていたのならば、多少の声の変化は理解できるが、如何せんこの声色は『ルーク』のオリジナルであったアッシュに近い。
 髪の色も、剣の太刀筋は分からないが多分。元となる部分はアッシュなのだろう。
「ふむ。では、ルーク。単刀直入に聞きます。貴方は――」
「ルークだ。ルーク・フォン・ファブレだ。……なんてな、信じられないか」
「いえ、ある意味で確かにどちらもルークですから、貴方の主張は理解出来ます。それに……、ああ、もう気遣い無用ですね。アッシュであっても私達が見てきたルークであっても、貴方は貴方なのだから」
 ジェイドは冷静だった。だが、冷静だからこそルークの、今一番脆い所を指摘するのだ。
 例えば、アニスとアリエッタがそうだったように、今ここに居る『ルーク』は一人。どちらでもありどちらでもない、二人居る筈が一人消えているのだから。厄介な話だとフォミクリー製作者は思うのである。
 タタル渓谷での再会、あの時ユリアの譜歌を口ずさんだティアは涙ぐんで彼を出迎え、アッシュという存在を数年間求め続けていたナタリアも同じようにルークを迎えた。
「ご主人様、モテモテですの!」
「そうか? あんまり実感はないけどな」
 この部屋にはもう一人、一匹か。チーグルであり、ルークを慕うミュウが、椅子に座る彼の膝の上で背伸びをするかのように飛び跳ねている。
「矢張り実感が無いようですね」
「だから、何がだよ。まさかお前まで俺がモテモテだなんてぬかすのか?」
「いいえ、そんなつもりは毛頭ありません。ただ、厄介だと感じただけですよ」
 生還を気楽に考えているのかルークは本当に以前の『ルーク』と『アッシュ』を足して二で割ったような言葉遣い、対応をしていてジェイドですら彼の考えは読めなかった。
 ただ、これから起こりうるであろう隠された悲劇については容易に想像できるのだ。
 ルークとアッシュが一人の人間となった今、オールドラントの英雄と呼んでも差し支えの無い人物をキムラスカでは王位継承者として迎えるだろう。
 そして、その横に妃として上がるのは誰でもないナタリアだ。確かに彼女はアッシュを好いていたし、ルークの事も嫌いではないだろう。しかし、完全な『アッシュ』でもない者の妃としての位置を決め付けられるのもまた、悲劇なのではないだろうか。
 対して『ルーク』と仲の良かったティアはまだ色恋として成就すらしていなかったから、気楽と言えばそうではあるが、キムラスカの王座に座る彼をどう見るのだろう。
「――そういやジェイド」
「? はい。なんでしょう? なんなりとお申し付け下さい、ルーク様」
 考えを巡らせていれば、ふいにルークから声がかかり咄嗟にジェイドは取り繕ったような声色で彼をかわす準備に入った。
「その呼び方はやめろよ。……いや、ガイはさ。どうしているのかって思っただけさ」
「……ガイ、ですか」
 ルークの眉間に皺が寄ったかと思うと、矢張り自分の態度を叱咤される。それでも気にとめず、彼の話に耳を傾けていれば戻ってきた『ルーク』はガイラルディア伯爵が気になるらしい。
 ガイ、それは『レプリカルーク』の親友であり、『アッシュ』とは微妙な距離を築いてきた仲間だ。
 既にアッシュとの因縁は消えているだろうが、それにしてもルークがこの名を呼ぶという事は『レプリカルーク』の感情が強いのだろうか。眼鏡の下で伺い、ジェイドは暫し口を噤むと踵を返し、軍靴を鳴らしながら陛下の私室、その外へ出る扉へと手をかける。
「ガイは陛下の使いっぱしりで一番忙しいですからねえ。夜にでも会えると思いますよ」
 ルークが会いたいと願っているのだ。ジェイドに言うという事は多分他の者にも聞いて、どうせいつか、ガイはこの『ルーク』に会う事になるだろう。
 自分ももう忙しくなるからと部屋を出て、振り返り際に彼の姿を再確認すれば真紅の赤毛は肩を竦め軽く頷いた。
 扉の閉まる重い音。これはピオニー陛下の私室だからこそ、頑丈に作られている証であり、私室での会話が外に漏れない様に設計されているのだ。
「ルークは貴方に会いたがっていますよ。あの『ルーク』とどうなっていたかは私の知るところではありませんが。確実にガイ、貴方への何かを覚えている」
 水の色を基調としたこの場所に、黄金の髪は少し映える。
 ガイはただ、ルークが居る陛下の私室の横で、聞こえる筈もない会話を聞こうとしていたのか、彼には彼で言いつけられている仕事があるにも関わらずに、だ。その場でただ、控えていた。
 ジェイドがそう言えば、ガイの黄金色の眉は笑い、けれどどちらかと言えば悲しい笑顔で「分かった」と答えるのである。

 ***

 自分がどちらか分からない。こんな悩みは小さな頃から続いているものだ。
 人間はその成長過程に自分の選択へ、悩む時が遅かれ早かれ必ず来る。
 ルークが英雄として生還を祝われ、グランコクマでの祝宴会が済んだ後、あの旅で戦った者達は全て、ピオニー陛下の計らいのもと、彼の城で夜を過ごす事になった。
 自らの城での宴ともあり、場を盛り上げるピオニー陛下と彼を静止する事で忙しい部下達、それにナタリアが加わって、オールドラントを仕切るほぼ全ての権力者が集まった、堅苦しいメンバーのわりには笑顔が絶えない宴となった。グランコクマの青が夕日の橙に染まり、夜が来るまで、騒ぎきっていまだ笑い声が聞こえてくる。
 ルークはそんな中、一人寝室として宛がわれた自らの寝台上で瞳を閉じ、今までの思い出を意識上に巡らせていたのだ。
(俺はルークだ。それは変わらない。……どんなことがあっても)
 瞳を開けようと閉じようと夜の闇で部屋は暗い。窓も全て閉じて横になったから、月明かりですら自らを照らすものは無いだろう。
 そんな中で、ルークは自らを手に入れる為に手放した物を探し、考えを巡らせるのである。
 『ルーク』を『レプリカ』に盗られた筈のアッシュが、『レプリカ』の全てを吸収して『ルーク・フォン・ファブレ』が居るのだ。
 即ち、二人で一つというこの状況は例えば『アッシュ』にも『レプリカルーク』にも相談できない悩みが出来てしまうという事だ。
 どうしたとしても、自分は一人しか居ないのだから。
 だから、ルークはしっかりとした意識の中で、自らの心に問いかける。
(俺は誰と親しかった……?)
 ブランケットを身体にかけ、苦い顔をしながら何度も寝返りをうって問う。親しいのは全てであり誰一人として居なかった。『アッシュ』として親しい人間も居れば『ルーク』として親しい人間も居たのだ。
 自分は一人であって二人居る。普通ならばとうに問いかけはしないであろう、自分の分からなさにルークは悩む事になっていたのである。
「おい、ルーク居るか? ……昼間、俺を呼んでたって旦那から聞いてさ、来てみたんだが……」
 横たわる寝台のある部屋の外、控えめなノックが聞こえ、聞き慣れたガイの声がした。
 この聞き慣れた声ですら、今のルークには何処まで聞き慣れていたのか分からない。
 昼間、ジェイドと話した時につい言葉に出てしまった『ルーク』の親友。彼は自分が戻ってから積極的に接触をしてこようとしなかったがそれはどうしてか。興味ついでに言葉に出したが、こうして来られるとそれはそれで、顔を出しづらかった。
「ガイさん、ガイさん、ごめんなさいですの。ご主人様、もう眠ってしまっているですの」
「ん? そうか? なんだ、今はミュウがルークの世話係だな」
 動かずにただ目を閉じていれば、近くに居たミュウが起き出す。
 そのまま小さな動物が動く音がして、扉の開いた音と会話の小さな音色が耳に入ってくる。
 ミュウの声はガイの世話係という発言に随分と嬉しそうな音を出し、また飛び跳ねているのだろう。途中で彼が抱き上げ、こちらの寝台へ小さな身体を置きにやってきた。
「静かにしろよミュウ? ルークはこれでいてきっと疲れてると思うんだ。帰ってきたばかりだからな」
「でもガイさんも疲れているように見えますの。ご主人様が帰ってきて嬉しくないですの?」
「……いや、嬉しいよ」
 ピオニー陛下から与えられた部屋は総じて広く、この部屋にはルークとミュウしか居なかったが寝台自体は二つある。
 ルークが瞳を閉じて、一人と一匹の会話を聞いていれば、ガイの声色はこちらに気を遣っている以前に少しばかり寂しそうに、そして悲しげな音で鼓膜を鳴らす。
「ガイさんとご主人様は仲良しですの。だから、またきっといっぱいお話できますの」
「ああ、そうだな。ありがとう、ミュウ」
 悲しげな音色を響かせた後は肺でだけ息をする微笑か。
 ミュウの頭を撫でる、あの独特な生き物の「ミュウ」という鳴き声が、回るかの如く聞こえ、その後、ガイは小さな使用人となった動物に小さくこう言って離れた。
「な、ミュウ。俺はルークと親友だ。……だから、今から俺がすることはルークには内緒にしてくれ」
 使用人兼お世話係同士の絆だぞ、と。
 そう、ガイがミュウへ言った時は、聞き耳を立てるルークは彼が自分に何をするか分からず、ただ目を覚ますべきか戸惑い息を軽く乱す。
 が、寝台から立ち上がったガイは眠る自分へ向かい、息を殺して近寄ったかと思えば唇に近い、頬に口付けを落とし、更に鼻先を流した髪に沿う様、愛しげに寄り添ってすぐに離れたのだ。
 親友とは名ばかりの、まるで数年来の恋人に出会ったかの如き仕草で。そうして、離れ、扉の方へと歩いていく。ミュウはチーグルとしての生態でしか考えられないだろうから、今のガイの行動理由を知るよしも無いだろう。
「――ガイ……」
 部屋の扉が閉まる瞬間出たルークの言葉は絶対に、ガイへ届きはしなかっただろう。
 彼が恋人にするようにそうした、淡い口付けやそれに続く行動に対して『ルーク』が動いたのだ。
 今ここに居る、二人が一つになったルークではない、『レプリカ』と呼ばれたルークが自分の中で動いている。
 悲しいのか、嬉しいのか両方であるのか。それすら表現出来ない気持ちに襲われて、光の無い部屋で身体を起こせばミュウと目が合った。
「ご主人様起きたですの?」
「あ、ああ……。なぁ、ガイは……」
「ガイさんは居ませんの。なんだかとても悲しそうな顔、してたですの」
 ガイの言いつけ通りかそうでないか、素直に答えるのはミュウらしい。小首を傾げるチーグルへ、自分も同じように頭を撫でてルークはまた、自らの思いがどの方向へ向かっているかを考える。
(ピオニー陛下やジェイドの言うとおり、キムラスカは俺を王位継承者として選んでくるだろうな。……そしたら……)
 現国王の娘はナタリアだ。血は繋がっていなくとも彼女がそうであると国の全てが認めていたのだから。
 そして、ルーク自身彼女を認めている所はあるし、心のどこかでこの成り行きに安堵している自分も確認しているのだ。
(俺は……。本当はどうしたいんだ……)
 だが、どうしても、このままで居て良いと思えない考えも存在していた。
 幼い頃初めて見た黄金の髪は、剣で共に修行をし、遊んだのは誰か。そして、おぼろげな記憶の中、口付けを交わした未熟な恋の相手は誰だったろうか。
 思い出せなかったが、それでもルークの意思は既にたった一人を決定して、少なくとも自分の中の半分は彼を求めているのだ。
 ガイ、使用人として側に仕え、理不尽な扱いを受けながらも最後まで自分の側を離れな無かった。彼を。
 ルークの半分は強く求めて仕方が無かったのである。


END


・帰ってきたルークについては諸説ありますが、基本PL解釈で良いらしいので、アッシュなんだけどルークの思い出もある二人分の一人として書いてます。データ本で販売しているものの試作品と言いますか、これはこれで迷ったのですよね。

揺れる鏡は頭を垂れる