ダングレストの酔っ払い 【時間軸ゲーム終盤ラスボス前】


 酒は飲んでも飲まれるな。そんな言葉は大人であれば誰しもが知っていることわざのようなものだ。
 酒を知らない子供もどこで覚えるのか、いつしかその言葉を聞いて頷くようになる。
「ねーえ、やっぱ嬢ちゃん達も連れてきたら良かったんじゃないのー?」
「おいおっさん、それ、フレンの前で言ってみろ」
 夜の帳は降りに降りて、深夜が空を漆黒色に染めている。そんなダングレストの酒場の一つ、天を射る重星の一席でレイヴンとユーリは互いに渋い顔をして酒を舐めていた。
 ダングレストという街はある意味で分かりやすい町だ。ノードポリカやそれと似た、下町のような世俗と野蛮な住民達、しかしどこか彼らの中に礼節のある。所謂、貴族向けの街ではなかったのである。
 この街に寄れば酒を飲みたいと駄々をこねるレイヴンに、本日は付き合いとしてユーリとフレンが酒場に寄ったのではあるが。当然、エステルやパティは宿屋でラピードを護衛に留守番と相成った。
『ジュースでも良いのでわたしも行きたいです!』
 そう、エステルは最初こそ言っていたものだが、彼女を心配するリタにあれこれと理由をつけられ最後にはジュディスもこれを手伝い、しぶしぶ宿屋に留まったのである。
「それに、エステルを連れて来たらパティも来たいって言うぞ? おっさん、あれの面倒みれるか?」
 パティは見た目こそ少女ではあるが、中身は言わずと知れたアイフリードである。少女の身体に酒は飲ませられず、しかし彼女は飲むときかないだろうし飲んだら飲んだでその先が見えない。
 この少女もまた、酒場という言葉の似合わないカロルに足止めを任せたものだが、さて、あの少年は上手くやっているだろうか。
「だってー。おっさん寂しいもーん。みーんなフレンちゃんのところに行ってさー」
「金で買ってくればいいだろ」
 旅をして歩く金を考えて、ぶどう酒は一番安いものを三人で飲む事にした。
 酒場に入れば屈強な戦士から身体を売る女まで、様々な人間が居たが面倒事は特に起こらない。
 最初こそ、フレンの帝国騎士姿を見慣れない者が睨みをきかせていたが、ここは以前にも来た店なのだ。今では女が寄ってくる程、騎士様の席付近は繁盛している。
「青年。駄目よそんなお下品なこと言っちゃ。女の子はこう、やっぱりねぇ、自分の魅力で勝ち取らないと」
 フレンの座る席は女性に溢れていて、レイヴンの座る席付近はたまに屈強な男が座り、酒を飲んで帰るのみだ。
「じゃあ勝ち取って来いよ」
 魅力について胸を張って言う、レイヴンのそんな席模様に口を挟めば、彼は思い切り分かりやすくテーブルの上に突っ伏した。酔いも手伝って酒臭い、こんな男の側には誰が寄るだろうか。
「あら、お兄さん。ちょっと隣。いいかしら?」
「いや、オレはそろそろ出るつもりなんで、悪いけど」
 逆に、ユーリのところにはまれに色の香りを漂わせた女が寄ってくるのだから、レイヴンは更に眉間に皺を寄せ、子供のような顔になってくる。
 安酒の甘く苦い味と、それが染み付いた酒場にレイヴンは――悪いが――お似合いだ。彼自身がそういった格好をしているからなのだろうが、ダングレストで見慣れた男なのだろう。
 ユーリも自らが下町育ちの下町暮らしゆえ、フレンほど女性が寄ってくる気配は無かったが、問題は帝国騎士様だ。
「どうしたんだユーリ、そろそろ帰るのかい?」
「ああ、そうしようと思ってんだが。お前も一緒に帰るよな?」
 フレンの席は自分とレイヴンの席より遠い。
 何故なら、彼を所望する女性が誘い、雪崩れるようにして取り囲まれていったからだ。それでも嫌な顔一つせずエスコートしてみせる。流石、平民出身の者を嫌う騎士団で出世をしただけの事はある。
「うん。ユーリ達が帰るなら僕も一緒に戻るよ」
 口の端を持ち上げて、小さく首を傾げ、ユーリへと返す。いつものフレンではあるが、ご婦人方にはそれさえ良いらしい。
 瞬時に引き止める声が上がったが、フレンはその一つ一つに丁寧な返答をして、席を立ち上がった。
「悪りぃけどおっさんの肩担ぐの手伝ってくれ。オレ一人じゃちっとめんどくさくてな」
「はいはい。さぁ、……レイヴンさん。行きますよ」
 テーブル上に突っ伏す、綺麗に酔いつぶれたレイヴンを左右に分かれ肩を貸して、ユーリとフレンは酒場を後にする。
 夜の闇色は心を落ち着かせ、結界魔導器やその他の光に、心なしか足取りは軽くなる。
(酔うほど飲んだつもりはねぇけど……)
 下町の安酒には慣れているから、多少楽しい気持ちにはなってもアルコールの分解は早い筈だ。考えて、ユーリはレイヴン越しにフレンを見た。
 相も変わらず涼しい顔をし、頬は赤くなるという事を知らない。寧ろシラフで酔っ払いを担いでいるといった風の、そんな雰囲気がユーリの予感を擽る。
「フレン。あんな酒は久しぶりだったんじゃないか?」
「酔ってはいないよ。騎士団だってそんなに酒ばかり飲んでいるわけじゃないんだ」
「まぁ、確かにな」
 自分も居た事があるから分かる。確かに騎士団に食料として支給される酒も今の安酒と似たようなものだ。しかし、フレンは既に小隊長から隊長に昇進した身だ。下町出身とはいえ、流石にこういった酒も久しぶりだっただろう。
 何より「酔っていない」という者に限って大抵は酔っているものである。
「レイヴンさん、寝ちゃったみたいだね」
「ん。あぁ。おっさんも良いご身分なこった」
 石の敷き詰められた道を歩み宿屋前に来れば、中の明かりは既に消えている。全員寝てしまったのだろうと考えて、レイヴンを見れば頭を垂れた寝顔は最年長だというのに妙な幼さすら感じた。
「じゃあ、僕達も部屋に行こうか」
 宿屋の扉をくぐり、男女と別れた部屋へレイヴンを担いで歩く。
 フレンの、まるでとってつけたような表情を眺めながら、ユーリは軽く肩を竦めてOKの合図を出すのだ。

 ***

 ダングレストは人の多い街だ。天を射る矢のドン・ホワイトホース亡き今もそれは変わらず、旅人からこの街の住民と人の出入りが激しい。
 そんな中で宿屋はいつも部屋数が少なく、ラピードは兎も角、女部屋。男部屋として泊まるしかない。特に仲の悪い者同士が居ない点で問題自体は無かったが、男部屋に入り、カロルの寝顔を眺めながらその隣の空いたベッドにレイヴンを横たえてユーリは一度背伸びをした。
「あーあ、おっさんと飲むとろくなこと無いぜ。フレン、お前ももう少し気を遣ってやれよ。おっさんずーっとお前の方見て落ち込んでたんだからな?」
 二人がかりで運んだとはいえレイヴンは大の男。
 片方だけ背の縮む思いをして運び終わった身体は疲れを訴え、一人ひとりに用意されたベッドの上に座れば、視界の先で騎士団の鎧を脱ぎ捨てたフレンが首を捻りながら笑う。
「気を遣うって言ってもご婦人方にどう言ったらいいんだ? ユーリ。これでも僕は上手く断っているつもりだよ」
 鎧は脱いでも帯剣は忘れずに、フレンはそう言うと空いた最後のベッドではなく、ユーリの座るベッドへ腰掛け、そのままこちらへ腕を回し首筋へ、甘えるように擦り寄ってきた。
「……やっぱお前。酔ってるだろ?」
「酔ってないって。しつこいな、ユーリ」
 フレンから大量に安酒の匂いを嗅ぎ取って、ユーリは眉間に皺を寄せる。
 ダングレストの町並みと同じ、橙色の淡い灯火が部屋にはつけっぱなしにされており、この様子をカロルやレイヴンが起きて見たならどう思うだろう。いや、もう旅の間では時折あった事だ。ばれていても不思議ではない。
 甘えるように擦り寄ってくる『シラフ』に見えるフレンとそのままベッドに横たわれば、ユーリもそのまま幼馴染の首筋へ口付けを落とし、皮膚の柔らかさを堪能するかの如く舌を這わせた。
「くすぐったい……ユーリ」
 笑いの篭ったフレンの声。決して酔いの様子は見せずしっかりした発音で声にされるそれは、しかし彼らしくなく、帯剣したままの身体をユーリに寄せ自ら抱きついてくるのだ。
「お前も十分くすぐったいぜ、フレン」
 喉がくつくつと鳴る。
 ユーリの意識はしっかりしているし、自分が何をしているかも理解していた。
 自分は幼馴染と口付けをしようとしている。
 安酒の香りに浸りながら、互いの頬から口をつけていき、唇が来たならばどちらからともなく首を傾げ、深い口付けに発展していくのだ。
 この関係に、最初こそ戸惑ったが今ではあまり抵抗も持たなくなった。フレンはフレンで、安酒で酔った記憶はあまりもたないらしい。次の日起きる、その時にユーリと共に眠っていても、子供の頃を思い出して布団に入ったのかと、なかなか難しい寝ぼけた発言をしてくれるのだから都合が良い。
 唇同士が触れ合えば、互いに舌を滑り込ませ、相手のそれを吸い合う。
 少しだけ苦しい息と、自分ではない他人の熱に触れ背筋が甘い痺れに襲われ、この口付けがやめられない。
 そのまま、フレンの身体をベッドの上。ユーリの身体の下へ抱き込めば、青い瞳が見開かれ、橙の光に反射し、妖しい色を放った。
「僕を抱きたいのか? ユーリ」
「フレン……抱かせてくれんのか、お前」
 フレンは酔っている。それも確実に。
 普段ならば決して身を投げ出すようなことは言わない彼が、ユーリに触れられるまま甲冑の下に着た服の裾を持ち上げて喉を鳴らして笑うのだから。
(タチの悪りぃ酔っ払いだな、こりゃ)
 幼馴染同士で口付けをすること。そのまま身体へ触れること。それ自体に抵抗はないが疑問はある。
 いまだ身体を繋げたことは無いが、こうして唇の感触を味わっていればユーリも男だ、性欲程度は持ち合わせているし、フレンもまた触れ合う身体の中心を熱くさせていた。
「君が……欲しいなら」
 安酒を飲み、本当に酔った時にしか見せないこの『シラフのようなフレン』はいつも、そう言って口付けの合間に瞳を伏せる。
 金色の髪が麦畑のような美しい黄金に変わり、ユーリの瞳に映る。その下の瞳は、ならばさしずめ底の無い湖だろうか。
 酒が入っていないように見える幼馴染が言うのだから、知らない者が見れば本気にしてしまいかねない。
「あんま煽るなって。ホント、本気にしちまうから。よ」
「僕だって本気だ、ユーリ。本当に……んっ……」
 酔っ払いを抱く趣味をユーリは持ち合わせていない。だから、シーツの上で衣服の端を持ち上げてみせるフレンの手を制して口付けを再開する。
 唇の端を舐め、歯列をなぞり、フレンが甘い吐息を零したならば彼の舌をまた吸い上げた。
 これで相手の言葉は封じることが出来るが、それだけではユーリの気がおさまらない。
(散々煽られたからな。これくらいは許容範囲だろ)
 一度は制した、彼の服を持ち上げるフレンの手と共に、白い肌へ腕を忍び込ませ、女ではない。平らな胸板に実る突起を摘めば、伏せられた青い視線が愉悦に揺れる。
 暖かい、寧ろ熱いフレンの肌にしっとりと汗が滲む。矢張りといえば矢張り、彼は酔っているのだと再確認させられた。
(下手な酔い方したもんだ。……明日が騒がしくなるな、こりゃ)
 フレンの肌は心地良い。唇も、口付けの合間に息が上がっていく様子も。もし、ユーリに自制心というものがなければこの勢いで抱いてしまいそうな程には心地良かった。それでも、いつもこうして幼馴染が甘えてきた時は、彼の欲求だけを晴らすに過ぎないのである。
「ゆ……ユーリ……もっ、と。ん……ぁ!」
 ダングレストの宿屋。男部屋に甘い声音が響く。
 なるべく誰か別の者が起きてこないように、細心の注意を払って。ユーリはフレンの首筋へ唇を移動し、片手で彼の身体を抱き締め、もう片方で胸の突起を弄る手の平を、そのまま幼馴染の下腹部へやり、服の上から静かに扱き上げた。
「は……ぁあぁ……ぁ」
 大きな快楽は響く嬌声を生みかねない。
 小さくもどかしく。フレンが自ら性器をユーリの手に押し当て、擦り上げ、達するまで。この単なる幼馴染以上の行為は続く。
「ほら、早くいきやがれ。フレン。……オレのことも考えろ」
 衣類の中で弾ける、フレンの身体が数度痙攣し、ユーリを見やる青い視線が満足げに微笑み伏せられると、ようやく帝国騎士様はお眠りの時間となった。
 勿論、ユーリはこれまで我慢した自分の熱を処理出来ずに、雄独特の香りが密かに香るこのベッドの上でフレンを抱き締めたまま眠る他無いのである。
(ったく、悪酔いも程ほどにしろってんだ。おっさん以下だぜ)
 悪態をついてもフレンを抱く手は放さない。
 明日、起きた時、自らの体液の乾いた服と幼馴染に抱かれて眠ったという状況を、フレンはどう解釈するのだろう。
 どうせ、また子供の頃と間違えたと言いながら、赤くなりつつ夢精でもしたのだろうかと頭を捻るのだろうが、ユーリは忘れない。
「いつか絶対に抱いてやる……この……馬鹿フレン」
 雄独特の匂いはするが、ユーリはフレンのこの香りが好きだ。
 黄金の髪から香る、彼独特の体臭は香水ではないだろうが甘くなく、どちらかというと爽やかな水の如き香りがした。
 だから、ユーリは酔ったフレンを抱き締める事もやめないし、嫌な顔はしても本当に嫌悪は感じないのである。
 この感情を表現する事はなくとも、こうしてフレンが甘えるのが自分であるのならば、それで良いとユーリは思うのだ。


END


・ゲーム中の夜の〜イベであまり酔わないっぽいフレンが見られましたが個人的には、たまに酔うけど酔っても他人には分からないシラフレンだといいなあというお話でした(笑)


ダングレストの酔っ払い