「なァ、黒楼さんよ。 こりゃあ、痛てぇのかい?」
 外来物のカーテンという代物が無く、すだれだけの個室内でも、中にいる人間二人にはその場所は十分明るすぎた。
「んなコト聞いてどぉすんだ。 上手く消してくれるのか、コラ」
 今、一糸纏わぬ身体は日照りの続く地のように熱かった、そこに水が落ちてきてしまえば蒸発してしまう程に。橙次の身体は傷一つ無く、オイルランプという古びた灯りの下でてらてらと光っている。
「いいや、聞いただけさ。 さして興味もねぇ…昔なんかにゃな」
 そう言って眼に蓋をする。橙次は首を小さく数度、振ってから目の前で猛りつつある黒楼自身を唇に近づけ、入り口で端から端まで蜜を塗りつけると、顔のさして見えなくなった髪の下からふと、上目遣いで相手を見た。
「良い度胸じゃねぇか。 くそふんどし」
 深い溜め息をついた黒楼は上手く、橙次の顔を隠している髪を鷲掴みにする。
 艶やかだが直毛で、手の皮の厚いそこでも自己主張が激しい。本当にこの男らしい部分だと、思わざるを得ない。
「度胸ねぇ…俺ぁ強えぇが度胸なんざ持ち合わせちゃあいねぇよ」
 嘘をつけ。そんな黒楼の言葉を飲み込んで、一気に男の欲を口に含むとその隅から隅までをゆっくりと舌でなぞり、吸う。時折苦しいのか、溜め息を繰り返して、今度は会話など何も無かったように欲望を煽る行為に没頭していく。
 理解できない、こんな光景はいつからともなく始まって、数年経った今何故か普通ではない欲求は当たり前のように繰り返されるようになっていた。
「俺たちゃ、相知れねぇのさ。 横にゃ…いるんだ、が」
 下腹部に顔を埋められながら黒楼は空の無い天井を見上げた。木造の、壁紙一枚すら貼っていないそこが霞んで見える。
 熱が上がっているのを知ってか知らずか、橙次から続けられる愛撫も確実に、黒楼の欲を主張するようになった茎を離れ、その下で震える肉塊をむしゃぶり付くように唇だけで淡く噛んで。
「っ、てめ…! もう、離しやがれ…」
 必死に奉仕でもしていると思えば、黒楼の限界付近まで高め必要以上に続け、そのまま吐精を促してくる。
 そんな風に自分の言いたい事だけを言って、行為に走る橙次をいつも黒楼は引き剥がし、半ば乱暴に横たえると今まで随分と穢れた場所を舐っていた唇が、その端だけを上げて相手を受け入れに来た。
 唇の端に濡れた白濁の蜜が、頬に張り付いた黒髪に光る。
「もう良かったのか? お前さん、早いねぇ…」
 橙次の視界に写る黒楼はいつも弱々しい。出会った時から今までずっと、力ではなく、ふとした動きで見せる不安定な視界は愛おしさと同時に哀愁すら沸いてくる。
 彼は、今何を考えているのだろう。黙りこくって様子を伺ってみても結局、相知れないという言葉に橙次は笑ってしまう。
「ああ、イイさ。 覚悟は出来てんだろうなァ」
 元々寝台などという小奇麗な物は置いていなかったから、椅子に座らせていた黒楼の身体は橙次を床へ叩きつけるとすぐ、その足を開き男としての欲が、こんな行為には慣れてしまった秘部が見える位置に腰を高く持ち上げた。
 小さな灯りに光るのは、唇を通してした黒楼への愛撫ですらも、橙次の欲をそそっていたという証である。
「ッ…! はは、勝手にし…、あ…」
 次にこの空間を支配したのは、悲鳴にするには全く悲しみを含まぬ嬌声。
 熱い契を一気に内部へ穿たれた橙次は言葉という言葉を飲み込んで、あられもなく声帯を張り上げる。同時に、悦楽に耐え切れない脳髄を打ちつける様に上半身が、頭が床へ何度も彼によって叩きつけられる。
 痛みは無い、身体の内部に入り込んだ黒楼という人物がこれ程に熱い人間であるという証明がいつも全ての冷えを溶かしてしまうのだ。
「静かに、しやがれ…ッ、この…」
「ど…あぁっ、も。 これが、っは、しょうぶ――」
 これが自分の性分なのだと橙次は語る。身体も声すらも我慢というものを知らない。思うは歓喜、肉欲、そして生命である。
 内部を探られ嬌声を上げ、引き抜かれては追いかけるように揺らめき欲する。水気を持った音は不規則に響き、黒楼の鼓膜をも揺らしているのだろうか、契はどんどんと熱く穿たれ、そもそも二人が一固体であるかのように小さな影は大きく揺れた。
「あち…。 ああっ、ち…い」
 視線を左右へずらし、そして真っ直ぐに黒楼を見据えた橙次はそう吐いて見た目よりも随分と整った歯列をなぞりに唇同士を合わせる。舌の艶かしい味が最中であるというのに悦楽をまた口内ですらも性器であるような、倒錯と愛欲に浸らせる。
「さわるんじゃ、ねぇ」
 橙次の足は拘束されてはいないから、黒楼の背を腰の少し窪んだ所を行き来はている。勿論、契を突き入れられた時などは指先を宙に彷徨わせているが、熱い口付けの最中、内部に留まっている相手を締め付けては足先だけで契から続く腰、そして足を伝い確実に皮膚の色が変色した場所を愛しむように撫でるのだ。
「痛たかぁ、ねぇん…ん、だな」
 繋がったまま良い場所へ内部を押し当てて、橙次は屈託の無い笑みを見せた。痛くない。それは黒楼の左足の足首である。
 隷属していた時代に足枷の付いた場所が一度治りかけたと思えば変色してくる。これは人間である以上、避けられない劣化だ。けれど、橙次は痛まないと聞けば嬉しそうに微笑みその変色すらも撫でてくるのだから。
「はッ、甘ちゃんが…」
 突き入れた契をまた激しく動かせば、次に聞こえてくるのは肉の軋む音。再開される橙次の嬌声に、水を得た魚のように黒楼を受け入れる内壁の強い締め付け。
 橙次の胸板は厚く、肺の膨らむ様子はどちらかというと分かり辛かったが、慣れた行為にお互い分からぬ事も無くなり、黒楼が無遠慮にも内部へ欲を滴らせれば相手も瞳を伏せ、今度は声も上げずに腹の上へ白濁を飛沫のように吹き上げた。
「は、ッ。 ああぁっ…、ん」
 熱い、という余韻。細波に浮かんでいるような、胎児にでもなってしまったかのような。浮遊感と共に橙次は黒楼自身を自ら引き抜き、悲鳴を上げた。目に映るは鋼色の髪の毛を頬に張り付かせ、薄い唇に己の腕を当てるその姿。
 息を整えているのだろう、あまり大きくもない眼を伏せるその様を眺め橙次は胸を撫で下ろす。限りなく白に近い鋼色の下には日焼けしている筈の肌が、意外にも白く留まっているから気が気ではないのだ。
「おまえ、さん。 はよォ、本当にわかっちゃ、いねぇな…っ」
 上体を起こして二の腕だけで身体を支えようと試みるが、秘部に溜まった白濁が動くにつれ漏れ出て、もう一度。と、体内の神経全てを欲の渦に引きずり込む。
「何がだ、っこの…」
 漏れ出る悦楽に構っていては動きの全てを封じられてしまう。全くもって本能に忠実に出来てしまった身体を自嘲しながら、橙次はだるさを訴える身を起こし、膝立ちになったままの黒楼を今度は下に組み敷いた。
「そりゃ、お前さん自身に聞いてみりゃわかるだろ」
 鋭い視線に射抜かれてしまえば細胞が痺れるような感覚に支配される。
 さほど力も出ずに、身体の重みだけで組み敷かれた黒楼は橙次の言葉に暫し沈黙し、その眼だけで退けと訴えてきた。が、それでいう事を聞いてしまう気は更々無い。
「中を探ってみりゃあ、分かるのさ。 だろう? 黒楼さんよ、お前も…」
 反抗の証に伸びてきたのは黒楼の腕だった、男らしく筋肉がつき荒れた皮膚に覆われたそれは、橙次の首に纏わり付くと一気に締め上げる。息が奪われ、肉体の全てが死に帰依してしまう。
「分かるってェのかよ。 …てめぇに、てめぇなんざに…」
 例えばこのまま黒楼が締め殺してしまっても、橙次の腕は相手の足を取っていたし、特に愛しいその足首に口付けずにはいられなかっただろう。眉を顰めたまま、指で己の腹にある白濁を掬おうと皮膚を撫でる事をやめない動作に、首へ伸ばされた手は一瞬にして力を無くし、床へと這う。
「…は、はっ。 はは、どうだ、試してみる気になったか?」
 腹を汚した白濁を指で掬ったと思えば持ち上げた足を広げ、今度は黒楼の全てが橙次の眼下に晒される。
 鍛えているというのに弱々しくさえ見える身体。萎えた性器、さして行為になれてはいないものの、初心でもない秘部に白濁を塗られ、大きい筈の肉体は小さく幾度も跳ねた。
「試してんじゃ、ねぇ、さ…ッ。 やってンだ、このくそ、ふんど…しッ!」
 口に溜まる毒は吐いてしまえば良い。散々に散らされる喚きを受け止めながら橙次はその内部を探り、ゆっくりと黒楼の身体の隅々を堪能してゆく。己の内部を引っ掻き回した相手自身の欲がまた膨らむのを眺め、背筋の裏側を栗立たせながら、生きている余韻を味わう。
 蝕まれた身体を愛でるという、悦楽。けれど、ふと思い耽るのは生命の息吹。だからこそ、橙次に度胸は無いのだ。


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