逢ひみての 後の心に くらぶれば 昔はものを 思はざりけり

この腕の中に抱いていても不安になる。

手に入れたという確実性は、失うかも知れないという不確実性に蝕まれていく。

耐える事が出来なだろう喪失を想像して嘔吐さえする。

後の心

渡された剣穂を握りしめる。

大丈夫だと自分に言い聞かせる。

幼い恋人を怖がらせてはいけないと思うのに、思考回路が絡まり合っていくのを感じる。

が陸遜と出かけていたのは今日の午後。

珍しく早くに屋敷に帰れば、女官からを陸遜が誘いに来たという。未だ若い陸遜は、周泰達に比べれば閑職だ。社交辞令に頼んだの話し相手を、律儀に暇を見てしてくれたのだろう。実際、歳も近いし話が合うのか二人は仲が良い。

だが面白くなかった。

弐刻もしない内に、は陸遜に送られて帰ってきた。

陸遜は周泰に事前に連絡しなかった非礼を詫び、明日の軍議の時間を確認して帰っていった。

の機嫌は良いし、一生懸命探したという剣穂も貰った。

なにかと忙しい周泰は滅多に街など連れて行ってやれないし、稀に登城に連れ添う事もあるが結局は二喬に相手を頼む有様だ。と二喬は身分も違うし、第一君主の奥方相手では本当に楽しめているかは疑問だ。その点陸遜は周泰の同僚だし、身分も気にならず話し相手には持ってこいだ。本来ならば、陸遜には良く礼を言わなくてはならない。

だが面白くなかった。

周泰はに向き直ったものの何も言えず、無言で私室へと向かった。

がその後を付いてくる。いつもの様に振り向いて抱き上げてやらなくてはいけないと思う。だが身体が動かなかった。

無言で剣穂を取り付ける。

雅な事など興味のない周泰にも、その趣味の良さは解った。

しかし礼を言おうにも言葉が出ない。剣穂を握りしめても思考の絡まりをほどく事は出来なかった。

「幼平?」

流石に不思議に思ったが、寝台に腰掛けた儘の周泰の肩に触れると乱暴に手を振り払われた。

驚いたが周泰を見詰めると、周泰も呆然とに眼を向けた。

周泰は己が行動に眼を見張り、直ぐ誤ろうとした。しかし矢張り声が出なかった

「……ごめんなさい。」

に震える声で謝られ、一層気まずい思いになる。自分が謝らなくてはいけないのに。

も周泰の様子に戸惑っていた。周泰は無口だが穏やかで優しい恋人である。娘として育てられていた時も、手を挙げられた事など無い。

しかし何故機嫌が悪いのかが解らない。朝は何時も通りだったのに、帰ってきたら此の有様なのだ。

黙って出かけた事を怒っている気もしたが、孫策と出かけた時は苦笑しただけだったし、甘寧と出かけた時も甘寧に二三言文句を言ったに過ぎなかった。

陸遜から周泰の勇猛果敢な働きを聞いて嬉しかったのに、の話をする時の顔は其れは穏やかだと言われて嬉しかったのに、何故怒っているのだろう。

「幼平……ごめんなさい……嫌いにならないで……」

理由を知るより先に許されたかった。周泰が怒るならば自身が悪いとしか思えなかった。幼さ故愚かな振る舞いに気が付かず、周泰の気分を損ねたのかも知れないと思った。

涙を浮かべて謝るに戸惑った。

どう考えても悪いのは周泰なのに、何故泣いて謝るのか解らなかった。

謝らなくてはいけないと口を開いた瞬間、全く違う台詞を口走った。

「……伯言より俺が好きか……」

が呆然と周泰を見詰め、暫くして思い出した様に強く頷いた。

周泰は顔が熱くなるのが解った。とんでもない台詞を口走った気がした。

「……すまない……」

訳も解らずを抱き寄せた。首筋に顔を埋め、低く呻いた。

「……幼平、私此から伯言殿と二人で出かけるのは止めます。」

には其れが周泰の嫉妬であるとはっきりとは解らなかったが、愛されているのだという事は解った。周泰の望まない事をしたくはなかった。

周泰は、もう一度低い声で謝った。

手に入れてしまったが故の苦しみは、ゆっくりと己の首を絞めていくのに、其れがとても甘美だ。

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弐萬打記念夢。アンケート1位の「周泰に嫉妬される」周泰夢です。

冒頭の句は百人一首第四十三番目の歌、藤原敦忠の恋の歌からです。

途中周泰暴走も考えましたが、あくまで甘めを心掛けました。嫉妬する相手が陸遜なのは、他に適任者を思いつかなかったからです。陸遜ファンのお嬢様ごめんなさい。

2月末日までDLFに致しますので、ご自由にお持ち帰り下さいませ。

2004.02.16 viax

DLF期間終了致しました。お持ち帰りいただいた皆様、有難う御座いました。

2004.03.02 viax