其の少女が周泰の前に現れたのは、彼女が未だ十代半ばの頃だった。
女だという事を抜きにしても長身で、雑兵達の中では頭半分抜きん出て目立っていた。其れに、とても農家の出とは思えない程目鼻立ちが整っていた。二喬の様な華やかな美しさではない。だが、其の凛とした美しさは周泰を惹き付けた。
周泰が望まずとも、刀を扱いたいという彼女の希望で基礎教育を終えると配下に属するようになった。
彼女も又余り口数の多い人間ではなかったが、周泰の少ない言葉から全てを理解したので、めきめきと実力を備え周泰の補佐をするようになった。
幼かった彼女も二十歳を迎え、匂い立つ様な色香が周泰を屡々惑わせる。布衣から覗く肩の白さに、時々噛み付きたくなる。勿論、周泰は其れを律する精神を持っているが、しかし目の毒と言えた。
テンダネス
「お前らそーやってっと何か雰囲気有るな」
甘寧の言葉に軍議の準備をしていた周泰とが振り返る。
「……雰囲気、ですか?」
が微かに笑いながら甘寧に尋ね返す。
「おー、何つーのかな、何か色っぺー」
は少し恥ずかしそうな顔をして周泰の顔を見たが、周泰は特段何時もと変わらない。
「……からかうな……」
周泰が立ち上がってを見下ろすと、は何だか自分が小さくて可憐な乙女になった様な気がする。
普段、の目線は男達と余り変わらない位置にある。武将達は軒並み長身なので気にならないが、一般の兵に混じると目線を上げる必要が殆ど無く、は何となく気まずい気がする。勿論、気の良い江東の人間達なので、そんな事を揶揄される事は無い。だが、も年頃だから気にしてしまう。
「が困っている……」
周泰の手があやす様にの頭を撫で、は色白でなくて良かったともうのだ。もし二喬達の様に透ける様な肌をしていたら、頬が紅く染まった事が直ぐにばれてしまう。
「いやいや、そんなんじゃねーけどな」
甘寧は立ち上がり、やっと自分の軍議の準備をする気になった様だ。
「でも、満更でもねーだろ?」
擦れ違い様、の耳に囁く。慌ててが振り返ると、内緒だと笑って見せた。勘の良い男だ。
周泰は遣り取りには気が付かず、少し照れているらしいの頭をもう一度撫でた。
当然周泰は誰にでもこんな事をする男ではないから、此は彼なりの愛情表現なのだが、は色事には疎い方だし、周泰も気が付いても洗えるとは思っていない。傍目には何となくお互い好意を持っている事が解り歯痒くもあるが、其の微笑ましさに皆見守っているのだ。
ただ、穏やかな周泰もも一度戦場に出れば其の働きは鬼神の如きだ。周泰は武力に優れ、は知力に優れているので、二人はお互いを上手く補い合っていた。だが何時も上手くいくとは限らない。
敵陣に突入した周泰は、周囲を敵に囲まれ孤立していた。
「……不覚……」
敵が周泰を斬りつけようとした時、聞き慣れた声が聞こえた。それも、今一番聞きたかった声だ。
「今だ、火を放て!」
の凛々しい声だ。戦場でだけ聞く事が出来る声音に、周泰は思わず自分がほっとした事を感じた。
「周将軍! 御怪我は?」
駆けてきたは、周泰の無事に安堵した様だったが、直ぐさま目を見開いて周泰の前に立ちはだかった。
「危ない!」
鮮血が周泰の眼前で飛び散り、の身体が揺らぐ。しかし直ぐさま立て直すと敵兵を切り捨てた
鮮血は止まる事無く、流石のもふらついて鞘で身体を支えている。
「、大丈夫か?」
周泰はの身体を抱き上げ、顔を覗き込んだ。
の右目は開ける事が出来ない様で、眉の上から頬にまで続く長い傷が出来ている。
「周将軍、敵は、殲滅できましたでしょうか?」
血が入ったのか左目も良く見えないらしいは、周囲を見渡しながら心配そうに尋ねる。
「お前の、火計のお陰だ……それより、早く城に戻らねば……」
周泰はそのまま馬上にを抱き上げると、もう一人の副将に事後を頼んで城へと駆けだした。
城では神医と名高い華佗がを介抱する。
「全く、孫呉の武人は無茶ばかりする。儂も気苦労が絶えんよ」
華佗は苦笑いでに包帯を巻く。彼が言う様に孫呉には後先考えずに突入する武人が多く――そもそも君主からして其の嫌いが強いのだが――華佗は瀕死の看病にも不本意ながら慣れていた。
「折角美人なのに、可哀想だが痕が残るぞ」
「構いません、周将軍がご無事なら其れで良いのです」
幸い失明は免れたが、無茶も程々にと叱られる。を可愛がっているのは孫堅も同じだから、きっと帰来次第注意を受けるだろう。
「周将軍、ご迷惑をお掛けして申し訳ありません…………あ、あの?」
が途惑ったのも無理はない。周泰は其の広い胸の中にを抱き込んでいた。
突然の行動に華佗達は眼を白黒させたが、気を利かせてそっと席を外す。
「し、周将軍、恥ずかしいです。私は何ともありませんから……」
「……俺は……心配した……」
「は、はい。申し訳ありません」
「……綺麗だから、目立つな……」
其の言葉には驚いた。周泰は、女の容姿を褒める様な人ではない。
近付いてきた唇を抵抗無く受け入れたのは、への愛情を感じたからだ。
「……好きだ……」
は顔を赤くして俯いたが、周泰の手を強く握る事で告白に応じた。周泰も其れが解ったのか、今度はの額に唇を当てた。
「周将軍、やっぱり恥ずかしいです……」
「……そうか……」
私に触れる全ての器官が、私を愛していると訴えてくれる。だから、言葉はそんなにいらない。
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言葉より雰囲気で愛を伝えて欲しい。
2006.03.25 viax