「大殿」

が少し前を行く孫堅の背に向かってぽつんと呼びかけた。

孫堅がの小さな声に気づき穏やかな笑顔で振り向くと、大きく温かな手での手をそっとすくい上げた。

特に会話らしい会話をするでもなく、二人手をつなぎ、緩やかに外の道を歩いている。

静かに流れ行く川べりの道。

風にそよぐ高い背丈の草たちはまるで会釈をするように、ふわふわと優しく揺れながらたちを見守る。

そして空を見上げれば、気ままにふわふわとどこか彼方に流れていく雲。少しづつ己の形を変えながら山の向こうへ消えていく雲たちは、いったいどこまで旅をしていくのだろうか。 

の視界、いやそこにあるものたちが皆一様に、優しい夕日の橙色に染まっていた。

それらをゆっくりと見渡しながら、涼しくなってきた空気を自分の胸の中へと取り入れる。

孫堅と共に出かけ、帰路につくとき。

いつもこうして二人でこの真っ直ぐな道を心穏やかに歩くのだった。

だが、にとってこの道を歩くということは、孫堅との別れを告げ、屋敷に戻らねばならない合図でもあった。

それにふと気づかされる瞬間。形にならない不安と寂しさが、突如の胸に満ち溢れてくる。

勿論、孫堅は自分のことを大事に思ってくれている。自分も孫堅のことをとても……好きだと思う。

だがそれ以上に、この乱世という明日をも知れぬこの世の形が、自分の存在、孫堅の存在…そして二人でこうして会えるひとときを崩してしまうかもしれない…

幸せだと思う今日が、明日へと続いてくれるだろうか?今喜びを感じることが、本当は悲しみの始まりだったりはしないだろうか…?

…そう思うと、急に悲しく、不安になってしまうのだ。

「大殿」

もう一度、が呼びかけた。

歩いていたの足取りがゆる、ゆる…次第に遅くなってゆく。

そしてとうとう、道の真ん中で立ち止まってしまった。

の腕が伸び、くいと孫堅の腕を軽く引っ張った。

……」

の腕が力を込めたのに気づき、孫堅がの方を向き、顔を覗き込んだ。

そしての手を握り締めたまま優しくぶらぶらと揺らし、子供をあやすように微笑む。

だがはいやいやをするように孫堅の視線から逃れようとした。

「大殿、もうちょっと……もうちょっとだけゆっくり歩いてほしいです」

うつむきながらがもそもそと呟く。

……」

「俺とて名残惜しいさ。……だがこれでは、日が暮れてしまう。お前の家の者とて、心配するだろう?」

「でも…」

立ち止まったままのをなだめ梳かすように、顔を近づけ唇をかすめる。

「…我侭は……いかんぞ…」

かすめた唇が少しだけ熱を帯びると、孫堅はもう少しだけ深く口付けを落とした。の瞼がわずかに震える。

「大丈夫だ、。……またすぐに会えるから」

「大殿……」

顔を離し、が孫堅を見つめると、孫堅は優しくにっこりと笑った。

「そうだ……、手を」

「…手?」

「お前に…いつ渡そうかと考えていたら、危うく機会を逃してしまうところだった。これを渡したくてな」

言いながら、差し出された孫堅のごつごつした手に乗っていたのはなんとも華奢で小さな指輪だった。

「えっ…、お、大殿、これ…」

孫堅とその指輪を見ながらおそるおそる手にとって見る。上目づかいで孫堅を見つめると、孫堅はわずかに笑みを浮かべながらの髪を優しく撫でた。

「ああ。貸してご覧」

孫堅が指輪を静かにの指に通してやる。の手はとても小さく、指もまた然りだったがぴったりと指輪はおさまった。

「気に入ってくれると良いが……。フフ、これでもあれこれと悩んだのだぞ?」

目をふせ、にだけ分かる声量と距離で孫堅が囁く。

音もなく孫堅の額がの髪ごしに額に押し当てられる。

近づいてきた熱にどぎまぎとしながらも、は自分の手を目の前まで持ってくると、真新しい金色の指輪を眺めた。

指輪の細工や金の色はどこか厳かで、ゴテゴテとしすぎる感じはなかった。

夕日に照らされていっそう黄金の色は濃く、真ん中で煌く丸い緋色の石は手を動かす角度によって、石の中に星のような光がちらちらと見え隠れした。

「うわぁ……きれい!ね、大殿、この石なんだか不思議…!」

ほら、ときらきらと瞬く光を嬉しそうに孫堅にも見せる。

「珍しいだろう?俺はこういった宝の類を集める趣味はないので詳しくは分からぬが、昼間でも中に星が映る石などは初めて見たのでな。それに、お前にきっと似合うと思ったから……」

少し伏目がちになりながら、の指輪、そしてたおやかな手とをそっと指でなぞる孫堅。

「ちょうど、あの向こうに見える星のようだと…ほら、いつもこうしてお前と歩き、空を眺めては見つける…夕映えの空に輝くあの星だ」

孫堅の指差した先に、宵の星が静かに輝き始めていた。の手にはまっている指輪の宝石と同じ色の空に、小さな星が密やかに浮かぶ。白く小さな星は、穏やかな光を静かに放ちながら、自分の眼下の世界を優しく見つめるのだった。

、また小さなあの星を見つけに……俺とこうして二人で歩いてくれるか?」

再びの手を握りかえした孫堅の、照れた笑顔がとても温かくの心に染み渡った。

家路の途中。

石ころ混じりの道を、二つの影が仲良く並んで真っ直ぐに辿っていく。

もう少しだけ続くその道をわざとゆっくり、ゆっくりと歩く間、は孫堅の手を放さぬようにしっかりと握り、孫堅はの顔を穏やかなまなざしで見つめながら、二人ぴたりと寄り添って歩いていくのだった。

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お誕生日のお祝いになればと思い、書きました孫堅ミニドリームです。

本当はこれ、朝焼けのつもりで書いていたのですがそうなると朝帰り……だなぁ…なんて(汗)。

Sep.12, 2004  モユ拝

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誕生日祝いに貰っちゃいましたー。大好きなパパ夢です。手を繋いで歩くの好きなので、とても嬉しかったです。

モユ様、本当にどうも有り難う御座いました。

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