別離

「もう、もう止めて下さい! 間に合わない! 助けなんて来ない! なのに、なのに何をそんなに意地になるんですか!」

荊州江陵城を孫権に奪取された関羽は、最期の足掻きに麦城に立て籠もっていた。その麦城も最早陥落間近であったが、関羽は諸葛瑾の説得に応じる事もなく、一人また一人と逃げていく兵士を見送っていた。

「……意地か、そう……此は譲れない意地だ。だが、他を巻き込みたくない。お前は逃げなさい」

戦神と恐れられた男は、しかし部下に優しく、今も穏やかな眼差しでを見詰めた。

は、関羽を愛していたので、この眼差しの中に自分の姿が映る事を何より好んでいた。一方的な思慕ではあったが、薄々感付いていた関羽は何かに付けを可愛がってくれ、其れだけで彼女には十分だった。其れだけで、十二分に命を捧げる理由があった。

だからこそ、こんな所で関羽の命を危険にさらす事は、全く望まない事だった。しかし、関羽の命は風前の灯火である。何とかして逃がしたかった。

「嫌です。関将軍が此処を動かぬと言うのなら、私も此処を離れません!」

「……我が儘を言うんじゃない。お前は女人だ。武以外の道もある。拙者には、此しか道がない。此が宿命だ……さぁ、行きなさい」

関羽の大きな手が彼女の頬を優しく包み込んだ。戦場に相応しくない振る舞いであったが、此が関羽からの餞別なのだと解った。

「平が私と共に此処に残る。だから、安心して行きなさい」

「嫌です! は、は、此処に残ります!」

言うが早く、は首に刀を当て城壁に飛び乗った。

「お願いです。に、一言傍で死ねとお言いつけ下さい。盾になれと仰って下さい!」

関羽は力なく首を振った。自分が幾ら止めても無駄な事は解っていたが、其れでも認める事は出来なかった。に恋心を持っていた訳ではないが、自分に好意を持つ人間をむざむざ殺す様な真似はしたくない。

「駄目だ。、そんな真似はよして……!」

近付いた関羽の顔に生暖かい血飛沫が掛かるのと、が視界の端で笑うのは同時だった。

「そう、そう仰ると、思いました……だから、だから先に……」

掠れ声で言ったは、寂しげな顔をしながら慌てて伸ばした手を、生暖かい手で握り替えした。

「でも、先に逝くけれど、待ちぼうけ、だったら良い、です」

!」

「先に、逝きます。どちらにしろ、私は、足手まとい、ですから……でも、関将軍は……」

死なないで、と言う言葉は落下するの身体から聞こえた。 は、何時だって関羽の傍にいて、だから近すぎて気が付かなかったのかもしれない。彼女を失った関羽は、自分の身体が妙に軽くなってしまった気がした。

「生きていれば、生きていれば……!」

生きていれば何れ愛したかもしれないのに、そんな無意味な言葉を思った己が哀しかった。

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まぁ、リハビリという事で一つ。

2006.01.10 viax

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