まるで恋に溺れたばかりの少年の様に、唯彼女が愛しくて、恋しくて。
やっと離した唇を、唾液が伝う。
その情景に欲情し、もう1度口付ける。
の細い腕は、夏侯惇の腰に廻された侭。
悪戯
「……もう少し傍に」
懇願する夏侯惇に、は可愛くて仕方ないという顔で頷く。
「……」
まるで子供の様に縋り付く夏侯惇に、は唯穏やかに微笑む。
愛されれば、こんな笑顔を見せてもらえるのか…夏侯惇は幸福ゆえの眩暈を心地良く思う。
「夏侯将軍……」
唇に黒髪が当る。その擽ったささえ愛しい感触になる。
「元譲と……そう呼んで欲しい……」
「……元譲、好き」
猫の様に擦り付くに、夏侯惇は相好を崩して微笑みかけ、幸せそうに其の髪に口付ける。
2人は子供の様にじゃれた侭床に崩れ込み、抱き合って眠った。
「惇」
曹操がにやりとした笑みを浮かべて夏侯惇を呼ぶ。
「何だ?」
夏侯惇は嫌そうな顔をしながら曹操の傍へ行く。
「女が出来たのか?」
「何を…」
シラを切ろうとしたが、首筋の痕を指差され言葉に詰まる。
「か?」
曹操の言葉に夏侯惇はしどろもどろになる。
曹操はそんな夏侯惇の姿に満足そうだ。
「やはり…な。」
「何がだ?」
「なのであろう?」
「そ…それはそうだが…」
およそ大陸に知れ渡る猛将とは思えぬ夏侯惇の姿に、曹操は改めて色恋の威力を感じる。
「良かったではないか。半年以上想い続けた甲斐があったな」
曹操の言葉に夏侯惇はギクリとする。
「そもそも何でバレているのだ? 俺は密かに想っていたのに」
「はっ……あれだけ熱病に浮かされた様な眼差しで見詰めておいて……気付かぬ者など許チョくらいのものよ」
「うっ……」
夏侯惇は此れからを考えて、嫌な眩暈を感じた。
司馬懿や張コウ辺りは、きっと辛辣な嫌味を言うだろう。の美しさに惹かれていたのは解っている。
「で?」
曹操は、面白い様に眼を白黒させている夏侯惇に続きを促す。
「何が?」
「何がではない! やっと想っていた女を抱いたのであろう? 如何であった?」
身を乗り出して訊ねる曹操に夏侯惇は焦る。
「抱いてなど……!」
「何! 痕まで付けられておきながら抱いておらんのか?」
「此れは……その…五…月蝿いぞ孟徳! 政務を怠るな!」
夏侯惇は何とか誤魔化そうと怒鳴る。
「誤魔化されんぞ! 惇、お主が大事すぎて…など抜かす気か?」
図星の夏侯惇は、噎せ返りながら「イヤ……」とか何とか真っ赤な顔で否定する。
「お主…本当に乙女か?」
曹操が半ば呆れ顔で呟く。
「し……仕方ないだろう! 大事なものは大事なのだ!」
「ほう……」
曹操の妙に黒い笑みに夏侯惇は思わず退く。
「魏の猛将たるお前にも弱みが出来たのう」
「弱みなど!」
「ほう……は弱みでないと?」
「当たり前だ! 守るべき者がいるからこそより強くなれるのだ!」
思わず捲し立てた夏侯惇に、にやっと笑いかけ曹操は入り口を見やりながら
「だそうだ」
と笑った。
夏侯惇が振り返ると、其処には憮然としたが居た。
「司馬軍師から言付かりました」
は曹操に書簡を押し付ける。
「失礼いたします」
踵を返して去ろうとするに、曹操が声をかける。
「惇に想われているのう」
からかう様な曹操の台詞に、が不機嫌そうに振り返る。
「当然で御座います。私は元譲が私を想ってくれる以上に、元譲を深く愛しておりますれば」
顔色を変えずそう言うと、は去ってしまった。
後に残された夏侯惇は真っ赤な顔でへたり込み、曹操は可笑しそうに、しかし嬉しそうに夏侯惇を見やった。
廊下の端には、赤い顔でしゃがみ込むの姿。
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唯の惚気。夏侯惇は、純情で有れば有る程良い。