唇から零れる言葉全てが睦言の様。
触れる指先さえ熱が伝わる様で……身体が熱くなる。
囁いた言葉全てが媚薬の様に、この心を疼かせる。
もっと私の名を呼んで。
この耳に彼方の声だけ注ぎ込んで。
甘夜
「」
囁く彼方の声は甘い毒。私を溺れさて放さない。
離れる気など毛頭無いが、感情が先走って困る。
彼方に見詰められると、その眼差しに魅入られて、もう如何して良いのか解らなくなるから。
「?」
夏侯惇が心配そうに顔を覗き込む。
「あ……何でもありません」
間近で見た夏侯惇の端整な顔立ちに、思わず眼を逸らす。
盲夏侯などと呼ぶ輩の気持ちが解らぬ。この綺麗な顔を見て、眼の欠損など意味をなさないと知るのに。
「……俺が嫌か?」
突然の台詞に何を言うのかと夏侯惇を見れば、子供の様に拗ねた顔をしていた。
「元譲?」
「その様に眼を逸らして…俺が嫌なのか?」
肩に夏侯惇の頭が落とされる。
まるで子供の様な仕草を、愛しくて堪らないと想うのは恋故か。
「そんな筈無いでしょう」
「では俺を見てくれ」
夏侯惇の無骨な指が頭を優しく掴み、自分の方へと向けさせる。
「……」
夏侯惇の顔が近付き、刹那口付けをされた。
「ん……元譲……」
矢継ぎ早に与えられる甘い唇に、軽い眩暈を覚える。
「……孟徳は好かぬか?」
突然夏侯惇が真面目な顔をする。
「……好きませぬ」
「そうか」
意外にも夏侯惇は穏やかな眼差しで頭を撫でてくれた。
嫌いではなく「好かぬ」という言い方が、夏侯惇への気遣いである事に気付かぬ彼ではない。
「、愛している」
軋むほど抱き締められる満足感。
「私も……」
首に手を廻し、そっと耳元で囁く。
夏侯惇はそれ以上望もうとはせず、私を抱き締めた侭眠りに付いた。
私はいつかこの男の肩越しに、天井を見詰める日が来るのだろうか。
男の心地良い重みを感じながら眼を瞑った私は、少しだけ破瓜の恐怖を感じた。
それでも、決して嫌な訳じゃないのが恋心の不思議。
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珍しいヒロイン視点。基本的にキャラ視点よりの物が私の作品には多いです。私には夢見る女の子が上手く書けない気がするので。