彼方の傍に居られるのならば。
彼方の真っ直ぐな想いが眩しいから。
陽の眩しさに目瞑る。
彼方は陽の下へと私を連れ出す。
千夜眩話
呉の主・孫堅は、真剣にを妻に娶ろうと考えていた。
しかしは、身分違いであることを気に掛け頷こうとはしなかった。
気長な孫堅は、ゆっくりの気持ちが変わるのを待つ気ではいた。
しかし、何時までも関係を秘めておくのは、孫堅の性分ではなかった。
前日から城に招き休日を一緒に過ごすことに決めたのは、に少しでも宮中に慣れて欲しかったから 、何れ此処が自分の在るべき場所であると思って欲しかったからであった。
「良いお天気ですね。」
陽の当たる中庭で、静かな声が孫堅の後ろから聞こえる。
「本当にな……」
言いながらへと手を伸ばす。
絹の様に美しい細い髪が、孫堅の掌を擦り抜けていく。
木陰の下薄く陽を浴びて微笑むは、いつもより幼い感じがして孫堅の心に充足感と罪悪感の両方を与えた。
陽の当たらぬ女にしたいと思った事など1度もなく、唯愛しく想い愛しているのに、其れが結果的にを隔離している。
其れは美しい者を手に入れているという満足感と、愛する者を貶めている様な罪悪感と成っていた。
幾ら贖罪に身を焦がしても、許される訳ではない。
其れでも感じずには要られない。
だからこそ、もっとを陽の下へと押しやらなくてはいけない。
正室でもなく、側室でもない、愛妾という不確かな身分の儘のを残して、何時までも戦地に赴く訳にはいかない。
孫堅の身に万が一のことがあっても、が少しでも幸せに過ごせる様に。
− 年若い恋人より先に逝くだろう我が身を呪う。それでも愛した事は過ちではないと思っている。
孫堅は唯愛しげにを見詰めた。
は、その眼差しに恥ずかしげな笑みを返しそっと抱き付いた。
「……好きです」
唐突に差し出された言葉はあまりに愛しくて、孫堅はの顎を上げて口付けた。
唇の柔らかさを楽しむ様に啄む、その内抑えが効かなくなるのは解っているのに。
「……」
耳元で囁けば、潤んだ瞳が呼応する。
孫堅の手が、の髪を掻き分けて首筋を曝け出そうとした時、少女の絶叫が聞こえた。
「あー!!!!!」
驚いて振り返った孫堅は、たちどころに気まずそうな表情をした。
其処には、美女の誉れ高い二喬の片割れ小喬と、夫にして都督の周瑜がいた。
周瑜は、城内で見た事のない美しい女を抱き締めている孫堅を見て焦っていた。
孫策から孫堅に恋人が居る様な話は聞いていたが、まさかこの様な形で会うことになろうとは思っても居なかった。
孫堅の腕の中のは、孫堅の反応から周瑜達を身分の高い文官と思い、やはり困っていた。
「その人誰ですかー?」
小喬の無邪気な問いかけに周喩は冷や汗をかく。
「小喬っ! そんな事を……」
周瑜が諌めようとした時、孫堅の応答が聞こえた。
「だ。美しいだろう」
周瑜が振り返ると、孫堅は微笑みながら嬉しそうに話していた。
孫堅は、自分が盛っている所を見られた事を恥ずかしくは思ったが、の事は別段恥ずかしくもないので、寧ろ嬉しそうに話した。
はといえば、少女の幼さと孫堅の剛胆さに苦笑するほか無く、周瑜に軽く微笑んだ。
周瑜は、孫堅との様子から普通に話しかけることにした。
「凄く綺麗! 新しい女官さんですか?」
小喬は無邪気に駆け寄るとにっこりに笑いかけた。
がどう返すべきか悩んでいると、孫堅が代わって答えた。
「女官に手を出すほど餓えておらんさ。私の想い人だ」
その答えには幾分顔を赤らめながら、小喬に挨拶をした。
「初めまして…です」
孫堅の腕の中ではにかむは随分可憐で、周瑜は主の入れ込み様に納得した。
「あたし小喬」
小喬はにこにこと笑いながら嬉しそうに話しかけ、周瑜の袖を引っ張ると
「旦那様の周公謹様」
と此また嬉しそうに紹介した。
周瑜は幼い妻を笑いながら、に向き直るともう一度挨拶した。
「私は周瑜、字は公謹。お見知り置きを」
は恥ずかしそうに微笑み頷いた。
「瑜は美周朗と呼ばれて居る程の美貌だ。知っているか?」
孫堅はを膝へ抱きかかえると、手招きで周瑜達に座る様促した。
「はい、存じております。伯符様と御一緒だと絵の様だと聞き及んでおります」
の答えに孫堅は笑った。
「策は瑜ほどの美貌ではないさ」
孫堅は、策にもその内な……と誰に言う出もなく呟き、の髪を撫でながら、小喬の周瑜自慢に耳を傾けた。
周瑜は孫堅の美しい恋人を眺めながら、策達は普通に喜びそうだと思わず笑った。
珍しく大口を開けて笑う周瑜を3人は不思議そうに眺めていたが、やがて小喬も一緒になって笑い出し、孫堅とはその仲睦まじさに微笑んだ。
我が美しき想い人。
その美貌は太陽よりも眩しい。
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2004.01.07 viax