薄い壁の向こうからは、情事の声が聞こえてくる。
自分の女も同じ様な声で啼いている筈なのだが、周泰には今一つぴんと来なかった。
其れは、周泰がを最早遊女だと割り切れないからかもしれない。自分の下で喘ぐ女を、演技だと思いたくないのだ。
美しい鳥籠
「幼平様?」
壁を見詰めながら律動を止めた周泰を、は不思議そうに眺めた。
「幼平様、気が乗りませんか?」
は繋がった儘の身体を器用に持ち上げ、周泰の頬に手を添えた。
「いや……そういう訳では無いが……」
周泰は些か張りを失った性器を引き抜くと、に衣を羽織らせ、自分も適当に着物を着た。
「、何度目かになるが……俺に身請けされる気は本当に無いのか……」
は少し困ったような顔して俯いたが、すぐ顔をあげて頷いた。
「私の事を愛しいと思ってくださるのは、とても嬉しいです。でも、私は所詮籠の女です」
「だから、籠から出してやりたい……」
周泰は思わずの手を握った。その手は少し震えていて、周泰が思いつきでを口説いているのではない事は明らかだった。
「……本当に嬉しいです。でも幼平様、籠の女は、籠の中にに居るときが美しいのです。籠と言う制約の中においてだけ、美しく居る事を許されるのです」
「そんな筈は無い。は、いつも美しい……此処でも、俺の館でも……だ」
珍しく語気を強めた周泰に、は悲しそうに笑った。
「でも、幼平様は孫呉に無くては成らぬ方。例え妾でも、私の様な下賎の者が居ては御名に傷が付きます」
周泰は口を開こうとしたが、は其れを許さなかった。握り締めた手が、有らん限りの力で周泰の手を握り返した。
「籠の女は、籠の中でだけ愛でて下されば幸せでございます。どうか、良い御身分の奥様を持たれて下さい」
其れきり俯いたの肩は震えていて、周泰は自分の力の無力さを思い知った。周泰には心無い陰口を一括する力は無い。周泰でさえ水賊上がりと陰口を叩かれ、其れを諌めたのは周泰自身ではなく主孫権だった。まして、遊女上がりと陰口を叩かれるを昼夜守ってやれるほど、周泰は暇ではなく、力も無い。今此処で力ずくでを身請けしても、も周泰も傷付くだけだった。
「俺は、お前が好きだ……」
周泰はを抱き寄せると、寂しそうに呟いた。永遠に自分だけの物にはならない女が、其れでも愛しかった。は周泰の心中を察してか、黙って頷いていた。出来る事なら周泰の腕に永遠に抱かれていたかったが、其れは叶わぬ願いだった。
美しい鳥籠の中でだけ、着飾った鳥は意味を持つ。
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第一回目更新「周泰×遊女」。取り合えず暗いです。
周泰は寒門出身という事で、最初部下達が言う事を聞かなかったとか。そういう人だと遊女を奥さんにする事は出来無いだろうな、と。
2004.09.18 [14:00]