周瑜の護衛兵長・は、武術は大層優れていたが未だ若い乙女だった。

恋慕する者も多く、其の中に甘寧も居た。

甘寧は何とはなしにを眺めては、柄にも無くにやけてしまう自分が嫌いではなかった。

天界の華

は、もう秋口と言うのに夏を惜しむ様に暑い日に流石に疲れ、涼む為に湖の畔に腰掛けていた。漣ひとつ無い水面を眺めながら、持って来た書簡を膝に広げてぼんやりしていた。

すると、突然水面に波紋が広がり何かが水飛沫を上げて飛び出てきた。

「なっ……!」

が吃驚しながら脇に置いていた小刀に手をかけると、其れは驚いた様に叫んだ。

「おいっ! 俺だよ、俺!」

も驚いて眼をやると、ずぶ濡れの甘寧が立っていた。

「……何をなさっていたのですか?」

呆れながらもは安心して小刀を石の上に置き、領布を取りながら甘寧に近付いた。甘寧は、刀は勿論自慢の鈴も外した姿である。

「いや、此処の湖底に大きな魚が居るって聞いてよ。でも駄目だわ。此処思いの外深いのな」

甘寧は少し照れた様に笑いながら眩しそうにを見詰めた。普段余り接点があるわけでも無いが、周瑜の護衛兵という事もあって挨拶程度は交わした事があり、お互い面識はある。ただ、がはっきりrと甘寧を見たのは此れが初めてに近かった。剛勇名高い甘寧は武将としては信頼の置ける人物だが、少し女遊びが激しいと聞く。は乙女の特有の潔癖さから無意識の内に甘寧を避けていた。

「甘将軍、濡れた儘ではお身体に触ります。領布で申し訳無いのですが、どうぞ此れでお体を拭って下さいませ」

の領布は乙女にしては渋い浅黄色をしていた。甘寧は恥ずかしそうに断ったが、が無理矢理甘寧の手に握らせると、矢張り恥ずかしそうに受け取った。

「あー……護衛長は何してんだ? 涼みにか?」

の領布で顔を拭うと僅かに香料の香りがし、甘寧はいけない事をしてしまった気分で早口に尋ねた。

「はい、屋敷は風通りが悪いので馬に乗って涼みに参りました」

「そっか。今日は、本当に暑いよな」

甘寧はを眺めながら、何を言って良いのかわからず、彼らしくも無く始終照れていた。

は何時もと違う甘寧を不思議そうに眺めていたが、やがて自分の頬が熱くなるのを感じた。慌てて視線を逸らしたが、甘寧の顔が頭を離れない。何時もと違って髪を下ろした甘寧は、やんちゃさも少し隠れ歳相応の精悍さがあった。それに、逞しい身体はにはとても頼り甲斐が有るように思え、改めて甘寧に男を感じた。主の周瑜も美しく頼れる男性であるが、甘寧の様な野性味のある逞しさは無かった。其れが周瑜の魅力である事はも良く理解していたが、今の甘寧の前では其の魅力は色褪せていた。

「……どうか、したのか?」

急に俯いたを心配そうに甘寧が覗き込む。目線が合った途端、は如何して良いか解らず赤面した。今まで気が付かなかったが、甘寧は十分魅力的な男であり、女達が騒ぐのも無理は無かった。

甘寧も突然顔を赤らめたに戸惑い、思わず顔を直視し、段々照れくさくなって顔が赤らむのを感じた。

「……か、帰るなら送るぜ?」

水に浸かっていたとは思えない程暖かい手での頬に触れると、が小さく頷いた。何とはなしに暫く見詰め合っていたが、弾かれた様に視線を逸らすと、ギクシャクしながらは馬を取りに走った。

甘寧は溜息をつくと、もう一度恥ずかしそうにはにかんだ。

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第二回更新「初恋」。甘寧の初恋でも有りそうだし、ヒロインの初恋でも有りそうな感じ。

2004.09.18 [15:45]