碧眼児の妾、は変わり者様に言われる事も有ったが、其れを気にした事は無かった。

碧眼児――孫権――と呼ばれている、未だ若い君主の弟をはとても愛していた。

其の青い瞳で見つめられる事こそが、の幸せだった。

孤虎の叫び

、孫権が最も愛した女性であったが、生涯遂に妻にはならなかった。孫権が皇帝になれば、地方官吏の娘に過ぎないは嬪にしかなれず、しかし其れでも巻き込まれる権力争いをは好まない為、孫権の後宮に入る事を頑なに拒んだのだ。

 ――仲謀様、私が生涯愛すると天に誓うのは貴方様だけ。それではご不満ですか?

そう言われては孫権も返す言葉が無かった。

 ――全く、そなたは美しく賢い。私は口では敵わない。

孫権は笑いながらを抱きしめた。にこにこと笑うを抱きしめる瞬間、孫権は自分は幸せだと感じていた。

「今思えば、アレは兄上に似ていた気もする……美しく、賢く、だが無鉄砲で強い物知らずで……」

孫権がを失ったのは、全く予期せぬ出来事からだった。

寒い冬のある日、孫権は自分が何者かに狙われている予感が頭を離れなかったが、恋心ゆえに会いに行った。其れが間違いだった。の屋敷前に付いた途端、の叫び声がした。

 ――仲謀様! 早く逃げて下さい!

は孫権を狙った食客を刀で払いながら、馬上の孫権を見上げた。

 ――早く!

孫権が剣を抜こうとした瞬間、の手が馬の脇腹を思いきり叩き、孫権の馬は嘶いて駆け出した。孫権が振り返った時、は数人の護衛兵と共に戦っていた。

しかし、孫権が周泰を引き連れて戻った頃には時既に遅く、孫権を嘲る様に、の首が門前に槍に刺さっておいてあった。

 ――……!

孫権の声になら叫びは、思わず周泰に眼を背けさせるほどだった。

「あの日から、私の心には闇があった」

幕舎を出る為に孫権は立ち上がったが、振り返るとあの日のつけていた耳飾を懐深くに仕舞い込んだ。

「私はもう誰も失わない為、この大陸の覇者になるのだ!」

孫権の孤独な叫びは、皇帝の玉座に座った後も、決して心から消える事は無かった。

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第三回更新「孫権夢」。初めて書きましたが、吃驚するほど黒くて暗い話になってしまいました。

最近私は孫権も好きです、彼には人間の悲哀がある様な気がするから。

2004.09.18 [16:30]