行かないで欲しいと願った。
首筋に刃を当て、行かないでくれと懇願した。
男は悲しそうに笑って、首を振った。
「行かないで……」
握りしめていた刃物を放り出して男に縋った。
「行かないで……元直……お願い……」
徐庶の骨張った手が、の髪を優しく撫でた。
一緒に過ごした多くの時間に、この手が存在していた。この手を握りしめていれば、永遠を手に入れられると思っていた。
「離れていても、を忘れない」
優しい、しかし決意の籠もった声。
「嫌……」
「を娶れぬのだから、生涯独り身で過ごすと誓う」
「嫌……!」
「例え、国を違えようとも、が同じ大地に立っている事だけを救いに生きていく」
「嫌っ!」
の小さな手が徐庶の肩を掴んだ。
「離れるなんて嫌! どうしても魏に行くのならば私も連れて行って!」
魂が磨り減る様な叫び声。
「駄目だ」
優しい眼差しの儘、優しい声で否定する。
「母上を助ける為に魏に降るのは孝を思えば当然の事。だが不幸になると解っていてを連れて行く事は出来ない。解ってくれ……」
後はもう、どんなに懇願しても、徐庶が頷く事はなかった。
風の噂で疫病で死んだと聞いた。
生涯独り身だったと聞いた。
女もまた、独りで生涯に幕を下ろした。
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突発企画第一弾「非業徐庶」。微妙な文章で申し訳ない。
徐庶は任侠の人だが、穏やかで優しいイメージ。孝と忠は両立しないと言って、徐庶の母親は死んでしまったらしい。蜀に帰る機会もあったのに、帰らなかったのは復讐だったのだろうか。
2004.05.03 [14:36] viax