何故こんなにも君が愛しいのか。
何故君だけが、この血塗れた身体を癒してくれるのか。
死地に立ち己が最期を感じた時でも、君を思い浮かべると死ねないと感じる。
君の待つあの丘へと帰る為。
俺の帰りを祈る君を抱き締める為。
幻覚の雪
どんな勝ち戦でも、が喜んでくれねば意味が無いと夏侯惇は思っていた。
美女の誉れ高い夏侯惇の正妻である婦人は、他の武将達の妻の様に武勲などの名誉を喜ぶ事も気にかける事も無かった。
彼女は、唯ひたすらに夏侯惇の無事を祈り、配下武将達の死を嘆いた。
心優しいは、今日も俺の無事を祈っているのだろうか…。
夏侯惇は馬に鞭を打ち私邸へと急いだ。
夏侯私邸では、が夫である夏侯惇の帰りを待ち侘びていた。
隻眼の猛将と名高い夫は、最前線で戦う事が多く血に塗れて帰って来る事も多かった。
最も其れは敵将の返り血である事が殆どだった。
其れはに安心と同時に寂寥を齎した。
夫は優れた軍人であると同時に優れた官吏でもある。武だけではなく智にも長けた夫を深く愛している。
しかし其の夫も戦場では鬼神と噂されるほどなのだ。
自分が知っている優しく穏やかな夫は、戦場で何を思っているのだろうか。
どんな思いで敵を斬っているのだろうか。
いつか夏侯惇の心が壊れはしないかと、は心を痛めていた。
私邸が視界に入って直ぐ、夏侯惇はの姿を見つけた。
馬から飛び降りた夏侯惇は、力の限りを抱き締めた。
「今帰った。」
低い声がの耳に押し込まれ、安堵を齎す。
「お帰りなさいませ。」
夏侯惇の広い背に腕を廻す。
「此度の戦も勝ち戦であった。」
夏侯惇はの眼を見詰めて言う。
「おめでとう御座います。」
少し戸惑った様なの声。
やはりは戦果には興味がないのだと夏侯惇は思った。
「俺も配下武将達も息災だ。」
夏侯惇の言葉にが眼を大きくする。
如何して夫は自分の気持ちが解るのだろうか。
「の事が俺に解らぬ筈無いだろう。」
穏やかに微笑む夏侯惇は、の愛する夏侯惇だった。
「が居るから帰ってくるのだ。の祈りが聞こえるようで…」
夏侯惇はそう言うとの唇に接吻した。
確かに感じる温もりに、心まで溶かされる様だった。
待ち続ける心も
思い続ける心も
決して壊れさせはしないと思う。
絡めあった指先から、抱き締めあった身体から、互いの気持ちが伝わるから。
*****
幻夜愁様に捧げる5501踏記念夢(祝ニアミス)。
「夏侯惇に溺愛されたい」というリクエストだったのですが…。微妙に暗シリアス?
時代考証が滅茶苦茶。夏侯惇は宮廷の官位も持っていったらしいのですが(だからと言って官吏というのかも疑問ですが)、それが「新・三国無双」でいう何時頃なのかさっぱり…杜撰な作者を許して下さい(平謝り)。
愁様、こんな駄文ですが貰って頂ければ幸いです。
ちなみに題名は「PIERROT」の「HILL - 幻覚の雪 -」から。内容も何となく意識した感じになっているかもしれません。
2003.12.03 viax