「秋、ですね」

臥床に腰掛けた女が、月を背負って典韋に話しかけた。

だらりと帯を垂らし、ゆるりと前襟を合わせた着物姿は、ともすればだらしないと感じる物だが、女は紙一重で其れを優雅に見せる。

先程の情交の熱を女は未だ宿している筈なのに、不思議な程涼しげな顔で典韋に微笑む様に、典韋は自分ばかり焦がれている様で恥ずかしくなる。

しかし、ふと顔を近づけた女の眼差しに、典韋は微笑むと嬉しそうに抱き寄せた。

幽月

「秋の月は、青いですね」

典韋に身体を預けながら、は愛しそうに月を見上げた。

「青い月か……わしは、青い月は中々見ない気がする……と付き合って、初めて見たかもしれん……」

少し寂しそうな口調に、はどうしたのかと典韋を仰ぎ見た。

「わしが月を見るのは、戦場で殿の幕舎の護衛をしている時だ。そんな時に見る月は、赤い……」

典韋は平素は見せない憂いを見せ、伏し目がちにの髪を優しく撫でた。

にも、月が赤く見える時は有り、赤みがかった月を見ると何だか胸騒ぎを感じる事もある。しかし、赤いといっても其れは橙がかった赤で、が感じるのは逢魔時に感じる胸騒ぎと同等のものだ。だが、典韋は違う。典韋が月を赤く思うのは、敵味方問わず流された血の赤さを感じるからだろう。実直で優しい典韋は、本来人を斬る事など望む事ではない。乱世故、そうせざるを得ないのだ。典韋の心は、其れを苦しく思っているのだろう。

「月は映し鏡の様なもの……黄色い月は、穏やかな心が見せる日常の色。赤い月は、惑う心が見せる恐怖の色。青い月は……」

「青い月は?」

は典韋の腕の中から立ち上がると、窓辺に寄り掛かって典韋を見詰めた。

「青い月は、妖しい心が見せる誘惑の色」

「誘惑?」

「私は、本当は典韋様を独り占めしたい……でも出来ない。でも、あなたを私に惑わせたい……そう言う私の女の性が、私に月を青く見せる……」

近付いてきた典韋に寄り添うと、は滅多に見せぬ妖しい微笑みを浮かべた。

「私は、あなたに恋する余り、死んでも迷うかもしれませぬ……どうなさいます?」

典韋は愛しそうにを見詰め、力強く抱きしめた。

「わしも、に惑う故、此岸を迷うさ……」

その言葉に、は嬉しそうに目を瞑った。

その言葉だけで、私は昇天できる。

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もう秋も終わりだというのに、何故か怪談を彷彿とさせる話に。

1年降りに書いたので、もしやキャラが変わっているやも……。

2004.11.20 viax