時々考える事がある。
この壁画を描き終えたら私は如何なるんだろう。
この儘この屋敷にいても良いのだろうか。
公然の秘密の様なこの関係で、それは不味くはないだろうか。
現に関羽には今も縁談の話が有る。



   − 主従 −



蜀の両翼を担う関羽と張飛には、未だ正妻がいなかった。
張飛はその剛胆さを恐れられていた為縁談の数は多くなかったが、知謀兼ね備えた武人として名高い関羽には幾つもの縁談が舞い込んだ。
縁談と言っても、中には妾に…という露骨なものも少なくなかった。
関羽は、娘の事を考えてやれぬ親は碌な物ではないとして相手にしなかったが、其れでも縁談の申し込みが尽きる事は無かった。
劉備は、呉の孫堅の娘である孫尚香を正妻にもらって以来、特に弟達の縁談を気にする様になっていた。しかし、張飛は縁談をさせても相手を嫌がってばかりだし、関羽は全く取り合わなかった。
つい最近関羽にという恋人がいる事を知った劉備は、関羽への縁談を出来る限り断っていたが、中には断り切れぬ物もあった。
関羽の恋人であるは、関羽私邸の壁画を一人で任されるほどの腕前であるし、一見して賢い印象を与えた。また大変な美人でもあったので、関羽が彼女以外の人間に心を動かされるとは考えられなかった。
しかし、地方豪族の願いを断り切れなかった劉備は、気まずい思いで関羽に縁談の話をした。
関羽は渋い顔で縁談の話を聞いていた。
劉備も話したくて話している訳ではないが、蜀を統べる者として避けぬ通れぬ事もある。
関羽も其れが解っているので、無碍に断る開けにも行かず仕方なく暫く考えさせて欲しいと願った。
劉備は最後に言った。
「義兄として言うが、嫌ならば断って良いのだぞ。」
関羽は黙って頷いた。
劉備は断りを入れても怒る事はないだろう。地方豪族とやらも戦を仕掛けてくる様な真似はしないだろう。どうせあわよくば…という程度の考えなのだ。
それでも関羽は気が重かった。
この話をにすべきかどうかが解らなかった。
話したところで詰まらぬ嫉妬を抱く様な女ではない。しかし良い気分ではないだろう。
だが関羽の性格からして隠せるとも思えなかった。それには聡い女だ。いつもの関羽ではない事に気が付くだろう。
「はぁ…」
関羽は深いため息を吐いた。
自分と劉備は義兄弟であると同時に主従関係でもある。劉備の面目も守らなくてはいけない自分は、1番良い方法で縁談を断らなくてはいけない。
しかし元より色恋に疎い関羽には、良策が思いつかない。
結局重い気分の儘の帰宅を余儀なくせざる得なかった。



私室へ入ると笑顔のがいた。
「お帰りなさませ。」
小柄なが腰へ抱き付くのを、何と可愛らしい仕草かと見詰める。
「良い子にしていたか?」
頭を撫でながら尋ねると、は笑いながら
「そんなに子供ではありません。」
と言った。
可愛い。彼女以外を娶るなど関羽には考えられなかった。
…」
関羽は、首筋に唇を這わせながらを床に押し倒した。
「雲長様?」
は不思議そうな声をだしたが、その唇も関羽に塞がれた。
ただ甘い吐息と荒い息遣いだけが、部屋を支配した。



物憂げに起き上がった関羽を、はじっと見詰めていた。
関羽も何か言わなくてはいけないと思っていた。まるで獣の様に無言で求めてしまうなど…。
「御兄弟と何か有ったのですか?」
の問いに関羽は困った顔をした。
「兄者と何かあった訳ではないのだが…」
関羽は、縁談の話と主従関係として如何にすればいいのかという事をに話した。
「縁談を受ける受けないは雲長様の自由で御座いますが、主従関係云々というのは考えすぎでは御座いませんか?」
「考え過ぎか?」
「雲長様は義兄弟であり、儀礼上臣下なのではないのですか?」
「それはそうだが…」
「…私は恋人ですか? それとも雇いの絵師ですか?」
突然の質問に驚きながらも、関羽ははっきりと断言した。
は私の恋人だ。何れ…何れ婚姻も考えている。絵師として滞留してもらっているのは便宜上だ。」
はその答えに嬉しそうに、また満足げに頷いた。
「劉将軍も同じお気持ちなのではありませんか?」
関羽は、その言葉に暫し呆然としていたが、やがて大笑いをした。
「誠その通りだな。やはりは賢いな。」
関羽は再び接吻をにし始め、部屋は声を必要としなくなっていった。



彼方に従う。
魂さえ彼方を愛しているから。







*****

暗いかもと言いましたが、別に暗くは無かったと思います。微シリアス?
しかし何だかんだで甘い2人ですね。エロ話もその内間違いなく書くと思います(笑)。

2003.12.07 viax
BGM : PIERROT [AUTOMATION AIR]