誰かの叫び声がして、自分の身体が宙に浮いている事が解った。
私は不思議なほど冷静で、恐怖は感じていなかった。
僅かな時間であるにも拘わらず、随分長く感じた。
けれど、彼方の姿を見て私は焦った。
未だ死にたくない。
− 君が泣く −
塗装途中の壁から落ちたは、背中を強打したにも拘わらず、奇跡的にも骨折など大きな怪我はしていなかった。酷い打ち身で起き上がるだけでも苦痛だったが、其れだけで済んだのは本当に運が良かった。
が気絶から眼が覚めると、関羽は崩れ落ちる様にその場に座り込んだ。例え死んでいなくとも、もう目覚めないのではないかと気が気でなかったのだ。
落ちていくは天女の様だった。地面に吸い込まれるのではないかと、もう二度とこの腕に抱く事は出来ないのではないかと、平素冷静な関羽が取り乱した。
「……春ですね」
はのんびりと窓の外を眺めながら微笑んだ。
関羽は頷きながらを抱き締めた。
元より線の細い女で、其処が気に入っていないと言えば嘘だが、陽の光を浴びながら寝台で微笑む姿は特に儚く、その儘消えて無くなりそうだった。
「雲長様?」
の視線の先、関羽の目からは涙が音もなく零れていた。溢れる様に次から次へと零れる様なものではなく、一滴一滴静かに頬を伝って滑り落ちた。
「拙者は、が死んだかと、拙者はを失ったのかと……」
抱き締める腕に力らが籠もる。
「心配で……怖くて……拙者には、が必要だ……」
「……はい。はお側におります」
は関羽の髪を撫でながら優しく微笑んだ。
彼方が泣く姿を、愛しいと思った。
戦神の涙は私の為に零れるのだと、何処までも自惚れていたかった。
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関羽には男泣きが似合う。ちょっと情けないのも、男泣きの内。
2004.05.02 viax
BGM : 鬼束ちひろ[INSOMNIA]