眼前の出来事に戸惑う。
思いの他動顛する自分にさえ戸惑う。
足元の土には未だ温か過ぎる血が吸い込まれていく。
抱きしめたら
叫び声さえ放つ間も無く、鮮やか過ぎる太刀筋が関羽の護衛兵を斬り捨てた。振り返った時には、既に護衛兵は事切れていた。慌てて敵将を薙ぎ払ったが、死者が生き返るわけも無く、護衛兵の顔はどんどん白くなった。
「……!」
戦神と呼ばれ、強くなったつもりでいた。しかし、其れでも己が護衛兵一人守る事の出来ない不甲斐無さに、関羽は遣り切れない思いで敵兵を切り倒した。
「雲長様、お帰りなさいませ」
は何時もの様に戦から帰ってきた関羽を抱きしめ様とした。しかし、関羽の背は其れを拒絶していた。
「……今は、そっとしておいて欲しい」
護衛兵の死を悲しんでいる事は知っていたので、は頷いて少し寂しそうな顔で傍の椅子に腰掛けた。上の人間には傲慢な素振りも見せるのに、下の人間の事となると何処までも慈悲深い。それが関羽の良い所でも有り、悪い所でもある。
関羽も又気まずい思いを感じたので、に背を向けた儘小さな声で呟いた。
「今、抱きしめられたら、泣いてしまう……許して欲しい」
ははっとした顔で頷いた。戦の事で泣くなど誇り高い関羽が良しとする筈が無い。例え恋人の前であったとしても。
今抱きしめたら、貴方が泣いてしまう。私も泣いてしまう。だから私は、拳を握り締めて耐える。
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握り締めた拳にははっきりと爪痕が刻まれ、僅かに血が滲んでいたとしても、耐えるしかない。
2004.10.13 viax
BGM : 黒夢 [1994-1998 BEST OR WORST : HARD DISK]