女に生まれた運命、其の言葉の下多くの女達は顔も見た事のない男に嫁ぐ。其れは、疑問も湧かぬ程当たり前の様に繰り返される不幸の連鎖だと、どうして力ない女達が叫べるだろう。
は刺繍の手を止め、窓の外で行われている結婚の振舞いを眺めながら、何となく浮かなそうな新婦の顔を気にしていた。

様、何が見えるんですか?」
年の近い侍女が、外を眺め続けるに不思議そうに訪ね、隣の窓から外を見下ろす。
「あぁ、祝言の儀ですね。これは華やかですねぇ……あの娘さんは良い所のお嬢さんですね」
侍女は眼を細めて羨ましそうな顔をした。
「良い所……良い所に産まれると、幸せなのかな……あの女の子だって、私やあなたと大して歳は変わらなそうだけど、あんな表情で嫁ぐ様な相手と結婚して……それで幸せなのかな……」
の言葉に侍女は返事に窮する。侍女からしてみれば、何不自由の心配の無い豪族に嫁ぐ事は喜ばしい事である。多少相手が気に入らなくても、相手もどうせ女の容姿か実家か或いは其の両方が欲しくて娶るのだから、多少の我が儘は許される。そう考えれば、両親に逆ってまで嫌がる様な不幸では無く寧ろ幸せである。しかし、の様に愛し愛される幸せを知る人間からしてみれば、浮かぬ顔で嫁ぐ事を幸せとは呼べぬだろう。
「それは……でも結婚して日々を共にすれば愛情が湧くものなのですよ。それに……豪族に嫁ぐのは、娘に出来る数少ない孝行ですもの」
「そう……そうね。親孝行は、大切な事だものね……」
は、それきり黙り込むと刺繍をし始めたが、其の眼は手元の布ではなく何処か遠くを見ている様だった。

「…………帰った……」
その夜、周泰の帰宅は遅かったが、は寝所で刺繍をしながら待っていた。
「幼平、お帰りなさい」
は周泰の顔を見ると安心した表情を見せた。周泰は其の機微を見逃さず、着物を受け取るの腕を握った。
「……何か、あったか?」
「……幼平、親孝行した?」
周泰は突然の質問に目を見開いたが、直ぐ少し寂しそうに首を振った。周泰の親は早世し、親の顔も録に思い出せなかったが、優しい人だった気がした。両親が生きて生きれば、九江郡で静かに暮らしていただろう。江賊にならず、孫策に仕える事もなく、従ってに合う事もなく、ただ穏やかに搾取されるだけの生活を疑問にも思わず。
「……親の事は思い出せぬ……たが居ない故の幸せもある……に会えた……」
「私も、幼平に会えて良かった。母上が死んで、父上が死んで、でも私には幼平がいてくれた……でも……」
は一瞬足下に視線を彷徨わせたが、意を決した様に顔を上げると周泰をまっすぐ見詰めた。
「でも……母上や父上が生きていたら、幼平と一緒に居られなかった?」
「……何故だ……」
「今日、結婚する女の子を見たけど、浮かない顔でつまらなそうに座ってた。でも、それが家の為で親孝行なら、それを望むのが、力の無い女の孝行だって……私も、孝行だとは思う……でも、其れで私は幸せになれるのかな……一番幸せじゃなくても、大体幸せなら父上達は喜んだのかな……」
周泰はの言わんとする事を察すると、愛しそうにを抱き上げて臥床に腰掛けた。
「……の父は……そういう人ではなかった……お前さえ幸せなら、自分たちの事など厭わぬ人だった……俺は、お前を幸せにする様頼まれたと思っている……俺は、出自の卑しい身だ……でも、お前を幸せに出来ると……思っている……」
平素口数の少ない周泰がこんなにはっきりと物を言うのは珍しい。それは、どれだけを大切に思っているかという証と言える。
「そっか……良かった……私、今とても幸せ」
は嬉しそうに微笑むと、手の中の刺繍糸を周泰の小指に絡めた。周泰は不思議そうな顔で其の動作を見詰めていたが、は糸を切らぬ儘自分の小指にも巻き付けた。
「……何をしている……」
「運命の準備」
「……運命の準備……」
「そう、前に、尚香様から聞いたの……運命の人とは、小指が糸で結ばれてるって……でも人には見えないんだって。だから、自分で結んだの」
嬉しそうなの顔に、周泰もつられて微笑んだ。周泰は、のやや幼い仕草を愛していたので、子供らしい発想も愛しかった。
「……そうか……解けない様に気をつけよう……」

それでも、見える気がする。何人もの人を殺した此の掌と、其れを躊躇無く握る君の小さな手とを結ぶ糸が、見える気がする。

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麗龍様から頂いたリクエストの周泰夢です。ちょっとリクエストに添え切れていないのですが、日常的なほのぼのした話を目指しました。

2005.04.12 viax
BGM : SILVA [morning pleyer]