昔話だ、と祖母は笑った。
祖母の眼窩は落ち窪み、黒く長かった睫は白くなっていた。
其れでも祖母は、昔の美しさを無くしては居なかった。
其の立ち居振る舞いは気高く、其の眼差しは人々を圧倒した。
祖父は、そんな祖母を死ぬまで愛していた。

花の如し

祖母である孫は、小覇王孫策と美女の誉れ高い大喬を母に持つ。
祖父陸遜と共に戦場を闊歩した祖母は、妙齢になると大叔父孫権の願いで祖父と結婚したと言う。政略結婚だが、二人はとても仲睦まじく暮らしていた。
祖母は、伯父陸延と父陸抗を産んだ後も、孫呉を支える一人だった。其れは祖父も同じ事で丞相となって大叔父を支えていた。
しかし、祖父が後継者争いに巻き込まれた事によって二人の幸せに翳りがさした。祖父は流罪になり、祖母もまた都を去らねばならなくなったのだ。
「叔父上は悪気があった訳ではないのだろうけれど……」
祖母はそう言いながら寂しそうに笑った。
祖父は、昨年非業の内に死んでしまった。大叔父が、流罪になった後も使者を寄越して責め立てるのに耐えられず、病に伏し其の儘還らぬ人となってしまったのだ。
「……財も何も残してはやれないけれど」
祖母は震える身体で無理矢理起き上がると、腕を掴んで真剣な眼差しで僕を見詰めた。
「彼方は、私の愛した伯言の血を引いているのだという事を忘れないで」
言い終えると祖母は微笑んだ。
「彼方は伯言に似ている……あの人は燃える様な赤い服で先陣に立っていた……線の細い美しい人で、其の姿はまるで華の様だった……」
祖母は泣きそうな顔で、でも笑いながら祖父を懐かしんでいた。

数日後、祖母は死んだ。孫権の姪にも拘わらず、其の葬儀は密葬の様だった。
僕は、父に祖母との最期の会話を話した。
すると、父は涙を堪えられなくなったのか、静かに泣き始めた。
「……私にとっては、母上こそ華だった。何時も父上と共に笑っていた、母上こそが華だった……」

華の様な祖父は、華の様な祖母と良く似合っていただろう。

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語り手は、陸機か陸雲辺り。本当に妙な話で、此は夢小説とは言わないと思う。ゴメンナサイ。
りっくんは白希望なんだけど、イメージが幼すぎて思い浮かばなかったので死後の話になってしまいました。

2004.05.08 viax
BGM : PIERROT [finale]