掴んだ手の確実さ。
抱き締められた腕の暖かさ。
彼方という存在の大きさに安堵する。
心配そうに私を見詰める眼差しに微笑み返す。
彼方が今成すべき事の足枷で終わりはしない。



− 我が名は −



「将軍!」
護衛兵の絶叫が陣内に木霊した。
「如何した!」
藍色の鎧を身にまとった女が、マントを翻して歩み寄る。
校尉! 大変で御座います! 曹将軍が牛金殿を救いに!」
校尉−は直ぐさま手近の馬に跨ると、護衛兵に微笑んだ。
「安心しろ。私の命に代えてもお守り致そう。」
 −我が国は丞相と言い御大将と言い無鉄砲ばかりよな
は敵陣に突っ込む前とは思えぬ穏やかな表情を浮かべた。


暫く走ると眼前に戦う曹仁と牛金を見付けた。
甘寧と韓当相手に曹仁は一歩も引けを取らず、寧ろ勝っていた。手負いの牛金を庇い、それでも引けを取らぬ武には暫し見惚れた。
しかし何時までも眺めている訳にも行かず、は苦笑しながら甘寧に近付いた。
「甘将軍ともあろう方が、我が大将一人に苦戦とは。」
突然の声に甘寧が振り返った先にいたのは、鎧を纏い大層美しい顔した女。
! 何故参った!」
の姿を認めると曹仁は怒鳴ったが、は軽く微笑んだに過ぎなかった。曹仁も韓当の相手を片手間で出来るはずもなく、渋々目を反らした。
 −これ以上見ていれば、見詰めているも同じ
曹仁は、目の前の韓当を少しでも早く倒す事に集中した。
「甘将軍、私が相手ではご不満かな?」
甘寧は妙に飄々としたに戸惑いを感じたが、所詮は女だとたかを括った。
「甘興覇行くぜ!」
甘寧は刃をに向けた。
しかし振り下ろした剣が、を斬る事はなかった。
「成る程。剛者と名高き将軍だけある。」
甘寧が振り向くと、微笑むの顔が揺らいだ。
「惜しむらくは真っ直ぐすぎる事。手ぶらで敵の前には立たんよ。」
崩れ落ちる甘寧は、その言葉に舌打ちをした。
「毒か…!」
「死にはしない。少しの間眠って頂こう。」
韓当を倒した曹仁が駆け寄った時には、甘寧はぐっすりと眠り込んでいた。
…何故参った。」
曹仁は牛金の眼も気にせずを抱き込んだ。
「私が頼りないからか? そなたの恋人は、将の命一人守れぬ男か?」
は、その温もりに心が落ち着く居ていく気がした。
「何故? 私は校尉、将軍を守るのが勤めで御座います。将軍を信頼しているからこそ、安心して先陣を切る事も救援に駆けつける事も出来るので御座います。」
はそう言うと曹仁に向き直り、その背に手を回した。
「子孝様…ご無事で良かった…」
曹仁はその言葉に少し顔を赤くし、牛金とは思わず顔を見合わせて笑った。
「流石の将軍も校尉には敵いませんね。」
牛金の声に曹仁は恥ずかしそうに頷いた。


しかし陣への道は未だ遠く、新たに敵の馬音が聞こえた。
「やれやれ、行きは楽だったんですけどね。」
は毒爪を構えながら笑った。
「帰り道の方がえてして危険な物だ。」
曹仁は金剛尖壁を構え直し、敵将−周泰と周瑜−を睨み付けた。



「我が名は曹子考! 勝負を所望する!」








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非常にベタなお話。ヒロインの武器は毒針を仕込んだ爪辺りを想像して下さい。
久しぶりにほのぼのとした話書きました。曹仁は純情オヤジのイメージ。いつもニコニコ。

2004.02.08 viax