誰よりも美しく翻る女は、誰よりも気性が激しかった。
女は江賊上がりで、甘寧同様刺青を刺していた。
刺青は、左腕上腕から背を通り右腕上腕にまで続く大きな麒麟だった。
しかし、麒麟には左足が欠如していた。
左足が彫られた左腕は、もう女には無かったのだ。
− 拠点 −
濡須口の魏軍拠点近く、甘寧とその配下部隊が居た。
「魏軍を出来るだけ叩けって、公謹から言われちゃぁ断れねぇよな」
甘寧はさも仕方ないという口振りで、しかし浮かんでくる笑いを堪えきれないといった感じで呟いた。
「まぁ興覇以外の部隊は、何かあったら助けに行きますから」
甘寧の配下武将で参謀とも言えるは、満面の笑みで配下部隊を見渡した。
「……ひでぇ」
甘寧は恋人の言葉に傷付く振りをしたが、実際はその心強い言葉に励まされた。楽進や李典を退却させる事は容易い。しかし奥に控えてる部隊は、あの張遼だ。甘寧達が引き上げる前に張遼が到着した場合、甘寧が部下を庇う暇があるとは到底思えなかった。
「そんじゃぁ、ちょっと行ってくるか」
甘寧が足早に楽進に近付き、後ろから口を塞いで喉を切った。突然血塗れで倒れた武将に、配下部隊が騒ぎ出す。しかし李典が騒ぎに気が付いた瞬間、の投げた飛刀が首の裏に刺さり落馬した。拠点は一気に混乱の渦に飲み込まれた。
そうなってしまえば、後はもう甘寧達の得意とするところだ。逃げまどう兵士を切り捨てながら、確実に拠点を潰していく。
は弓兵に狙って飛刀を投げていたが、一頭の馬が拠点外に駆け抜けていくのが見えた。恐らく本体への早馬だろう。早く全ての拠点を封鎖する為、は鉄鞭を取り出すと一気に廻りの兵を叩き殲滅しようとした。
一部の配下部隊は相当疲弊している、早く帰還命令が出ないかと思い始めた頃、周瑜からの早馬が届いた。
「甘将軍! そろそろお戻り下さいとの事で御座います!」
「おう!」
しかし拠点外に魏軍が待ち構えている事から、魏軍の眼をかいくぐる必要があった。
「誰でも良い! 封鎖した拠点後方に魏軍がいないか確かめよ!」
の声に反応した部隊が後方の確認に走る。
その間にも魏軍の支援部隊が到着する。徐々に配下部隊が押され始めていた。
「よくも好き勝手やってくれたものだな」
甘寧の後方で張遼の声がした。辺りが騒然とする。
「おう、張遼さんか」
甘寧の声は多分にからかいを含んでいるが、彼の部隊は思ったより疲弊しており、甘寧の後ろを守る事が出来そうもなかった。甘寧は強かったが、張遼とて強い。其れに疲弊している分甘寧が不利だった。
「此で最期だ!」
張遼が神龍鉤鎌刀を構えた瞬間、後方を確認していた部隊の声が聞こえた。
「兄貴! 此処だ!」
その声を合図に甘寧の部隊は拠点を後に駆け出す。
しかし張遼の神龍鉤鎌刀は構わず振り下ろされた。人の肉を裂く感触がした。
「っ!」
甘寧の声に張遼が刃の先を確認すると、の右腕が僅かな肉で肩からぶら下がっていた。
「……痛いですね」
は張遼に笑いかけた。
「すいませんが全部切り落として下さい。これっぽち有っても役に立ちませんから」
張遼は反射的に頷き、の右腕を切り落とした。は僅かに顔を歪めたが、何でもないという風に首を振った。
「私の右腕はあげます。でも興覇はあげられない」
そう言うとも後方へと駆け出し、甘寧も後を負う様に拠点を後にした。
結局、魏軍の被害は予想以上に甚大な物で有り呉の奇襲作戦は成功したと言えた。
張遼は、その後もの姿を戦場で見た。
二人は後に婚姻を結ぶが、夷陵の戦いで沙摩柯の矢に当たり、ほぼ同時に死んだという。
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会話の多い文は苦手ですと良い訳。
永遠の愛って有るし、他者の為の自己犠牲を厭わない想いも有ると思う。
2004.05.11 viax