彼方の為ならば構わないのです。
例え此の身が戦場の片隅で朽ち果てようとも、構わないのです。
例え敵軍の捕虜となり陰惨な辱めを受けようとも、構わないのです。
例え一時でも、彼方の傍に居られたから。
例え一夜でも、彼方を深く感じたから。



   − 一卒の兵卒にも −



その男は、乱世の武将とは思えぬ程優しい顔をしていた。
大男を両脇に携えた男は、私に白い手を差し伸べて微笑んだ。
「一人では危ない。私の元へ来ないか?」
私は何故か男の手をぎゅっと握り、一回だけ頷いた。
其れが、私と劉玄徳様の出会いだった。



私は劉備軍の兵卒になり、劉将軍付きの護衛兵になった。
劉将軍は女官や文官を勧めてくれたが、私は兵卒になる事をひたすら願った。
少しでも劉将軍の傍に居たかったから。
想いが伝えたいなどとは思わない。だから、せめてお傍に居たいと願った。



劉将軍は、初めの印象通り優しく穏やかな人だった。
私は、将軍に惹かれずには要られなかった。
甘夫人や麋夫人がいるのに、私は如何しても劉将軍への想いを諦められなかった。
護衛兵として何時もお傍に居る幸せは、想いが募るに連れて苦痛にもなっていった。
劉将軍に微笑みかけられるだけで、息が止まりそうだった。
私は、如何しても劉将軍を想わずには要られなかった。
例え其れが、醜い横恋慕だとしても。



「劉将軍…」
皆が寝静まった深夜、私は震える声で劉将軍の寝所の扉を叩いた。
「どうしたのだ?」
劉将軍は直ぐ様扉から顔を出し、私と見ると微笑んで招き入れた。
何も言わぬ私に手ずからお茶を煎れて下さり、私が口を開くのを静かに待っていた。
私は、今にも泣き出すのを堪えた。
「劉将軍、お願いがあります…」
握りしめた拳が震えていた。
優しく見詰める劉将軍に、私は目を瞑って抱き付いた。将軍は勢いによろけながら、私を抱き留めた。
「どうかお願いです。今夜だけ…今夜だけ抱いて下さい。」
? 落ち着きなさい。どうしたんだ?」
劉将軍は焦った声だった。
「…将軍が好きです。一夜限りのお戯れで構いません。私を哀れと思って下さるならば、どうか抱いて下さいませ。」
劉将軍は呆然とした顔で私を見詰めた。
「お願いです…!」
私は劉将軍の眼を見詰めながら、ゆっくりと夜着を脱いだ。
っ!」
劉将軍の手が私を抱き締めた。
、落ち着いてよく考えなさい。私はともすればお前の父親ほどの歳なのだよ?」
「構いません。」
私は裸体の儘、劉将軍に抱き付いた。
「構いません。劉将軍が好きなのです。」
それでも劉将軍の手は肩を抱いたままだった。
「将軍、明日の長坂で私は死ぬかもしれません。」
! 不吉な事を…」
「いえ、良いのです。私は護衛兵。劉将軍を守って死ぬならば悔いはありません。」
私は将軍を見詰め、はっきりと言った。
「5年前、将軍に助けられたあの時より私の命は将軍の物でした。」
そこで私は涙が流れる事を堪えられなくなり、少し掠れた声で懇願した。
「戦と調練に明け暮れた5年、確かに厳しく時には涙しましたが、其れでも私は幸せでした。」
劉将軍は黙って私を見詰めていた。
「けれども、唯一つ心残りなのは、愛する方に抱かれる事もなく死ぬ事。何時捕虜になるとも知れぬ時代、せめて破瓜くらい…愛するお方を望んではいけませんか?」
私は卑怯だ。女の弱みで大恩有る劉将軍を困らせている。けれど、どうしても願わずには要られない。
明日の長坂、殿を呉へお連れする為ならば私は元より死ぬ覚悟。唯その前に此の世で唯一つの願いを叶えたかった。
「…そうか。」
劉将軍は私を抱き上げると、床へ優しく下ろした。見下ろす眼は優しい将軍ではなく男の眼差しをしていた。
、私はお前が可愛い。だから…抱こう。」
私は幸せだ。
覆い被さった将軍の手の熱さに、私は歓喜の涙を零した。



翌朝は静かだった。
私はいつもの様に戦支度をすると、劉将軍の傍へ行った。
将軍は、護衛兵全員に「よろしく頼む」と言った。
私の手をそっと掴み「生きろ」と言った。
私は幸せだ。
私は頷いた。嘘だったが、頷いた。
敵武将は総勢11名、自軍は7名。劉将軍を守る為に護衛兵が死ぬのは、やむなしという状況だった。
それでも、私はお優しい劉将軍の為なら嘘を吐く事も、死ぬ事も、怖くはなかった。



彼方は激しく優しく私を抱いた。
最中、唯の一度も愛していると言わない彼方は、正直だが非道い人だ。
でもそんな彼方が大好きでした。



「劉将軍! 此処は私にお任せを!」
例え其れが彼方への最後の言葉でも、私は彼方を愛していました。







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愛していると嘘は吐けなかった劉備は、優しいけど非道い人です。でも私の中の彼はこうゆうイメージ。
優しい嘘さえ吐けない人です。
非常に微妙な文章を書いてしまいました。呂布夢「炎上」と被ってますね。すみません。
最近の私の悲恋のテーマは「悲哀」。女の悲哀、男の悲哀、そうゆう事を上手く書ける様になりたいです。

2004.01.06 viax