私を奮起させ落ち着かせた声。
もう聞く事の無い声が蘇る。
今は亡き美しく高潔な武将。
殿と二人、先に逝ってしまった。
残された私は彼方の幻を見るばかり。
− 出陣 −
「…どうした?」
視線の虚ろな張遼に夏候惇が声を掛けた。
「いえ…昔の思い出に浸っていました。」
望郷の念などとうに失くしたと想っていたのですが…そう言いながら苦笑いをした。
「良い思い出か?」
夏候惇の問いに一瞬迷った。
「…ええ…多分。今は大分良い思い出になりました。…聞いて下さいますか?」
夏候惇は優しい目で静かに頷いた。
…下ヒ城で焼け死んだ武将です。殿…呂将軍が抱いていた…。あの方はいつも呂将軍の傍にいて、絶大な信頼を受けておられました。献策などは殆どなさいませんでした。ひたすら呂将軍に忠実な将でした。
私は将軍の配下に居た事があります。短い間でしたが、将としての振る舞いの立派さを痛感致しました。
私が呂軍として初陣の折、呂将軍の名折れになってはいけないと非道く緊張しておりました。その時将軍に掛けられた言葉が今も忘れられません。
−武者震いですか?
低く…けれど美しい声で私に微笑みながら話しかけられました。
−功を上げる必要など有りませんよ。
私はその言葉に驚き、将たる物功を上げずに如何とするのかと問いました。
−功など偶然の産物に過ぎません。将は殿の駒。殿の御為見事散れば良いのです。
その言葉通りあの方は逝ってしまわれた。私は…死ななかった。劉備殿の温情で今もこうして戦場に赴こうとしています。
「けれどこの先何度戦場に立っても思い出すと思うのです。」
張遼は真剣な眼差しで夏候惇を見詰めた。
「夏候将軍は、殿の御為死ぬおつもりなのですか?」
夏候惇は少し驚いた顔をしたが、ゆっくりと笑って頷いた。
「俺が戦う理由は孟徳しかない。孟徳の為に死ぬのだろうな。」
そう笑った夏候惇の顔は、どこかに似ていた。
「私は将軍に恋していました。」
殿を愛しておられる将軍に恋していました。
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これはまた微妙な…出陣の前の一齣と思ったのですが。
何だか惇遼の香りがしますが、それは気の所為です!(強調)
張遼は仄かな恋心とかが似合う気がして…横恋慕とかそんな大それた物じゃなく。
詰まらなかったらゴメンナサイ。
2004.02.10 viax