何時恋をしたのかは全く覚えていない。気が付くと其の女は、司馬懿の心を支配していたのだ。美人ではあるが意志の強そうな眼差しで、一目見て扱いにくい性質と解った。其れでも、惹かれていく事を止められず、まるで底なし沼を思わせる様な恋。
ただ、振り回される自分が嫌いではない、寧ろ心地良いと思う不思議。
軍師様が風邪を引いた
その日、いつもなら既に政務室に居る筈のが居ない。は、時間に正確で此まで政務に遅刻をした事など無い。司馬懿は、何か有ったのではないかと不安になる。
「……おい、アレはどうした?」
思わず傍にいた文官に苛立たしげに訪ねるが、突然怒鳴られた文官は驚いて何を聞かれたのか理解できない。
「アレ、と仰いますと?」
「アレと言えば……アレだ! だ!」
司馬懿は更に苛立たしげに怒鳴り、今にも手近の書簡を投げてくるのではないかと思わせる。
「あの、殿は病に伏せておられますが……」
「……そうなのか?」
司馬懿は、恋人である自分に何も伝えないに苛立ちながらも、容態が心配で直ぐにでも見舞いに行きたいと思った。しかし、曹操のさぼりにさぼった政務のつけが司馬懿にまで廻ってきており、とても逃げ出していく事は出来ない。
早くに会いに行きたい司馬懿は、文官を急かすと兎に角少しでも早く政務を片づけようと躍起になって動き出した。
「……で、具合はどうなのだ?」
司馬懿は、自分に連絡一つよこさない事に文句を言ってやりたかったが、弱っているを見てしまうと、心配やら愛しいやらで、結局柄にも無く抱き起こして顔を覗き込んだりする。
「うん、もう大分楽よ。心配してくれて、ありがとう」
普段のに比べると随分素直で、やはり病は人の心まで弱くさせるのだろうか、と司馬懿は照れながら考える。
「風邪などらしくもない……早く直せよ?」
少しだけ、と欲を出して唇を啄むと、熱い吐息が熱の高さを伝える。弱った様子も確かに可愛らしいものはあるが、司馬懿は少し傲慢なくらいがには似合っていると思い、そんな自分に些か病的な愛情を感じ苦笑する。
「仲達?」
平素は察しの良いも、今日ばかりは訝しげに首を傾げて司馬懿を見上げた。けれど、司馬懿は何も言わず、にしか見せない微笑みを返しただけだった。
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本来「軍師様」は司馬懿だと思うのですが、軍師見習いという立場を利用して看病して貰いました。
2005.07.07 viax