曹操の宴席に呼ばれた夏侯惇は、懇願してを同席させた。
魏の武将という訳でも無いが、夏侯惇の影として戦場に赴く彼女の存在は周知の事実であり呼ばぬ訳にはいかなかった。
元より宴などの派手事が苦手なは、夏侯惇の隣に腰を下ろした今も不機嫌な顔をしていた。
美しいが質素な井出達のと、彼女を気遣ってオロオロする夏侯惇は何とも滑稽だった。
魏将達は、女の存在が如何に男にとって多きな物であるかと言う事を否応無く感じていた。
― 猛徳よ… ―
曹操は宴席の端にの姿を見つけ、若干驚きを隠せなかった。
が曹操を嫌っている事は自認していたし、夏侯惇の頼みでも嫌がると思っていた。
しかしは確かに宴席に居た。
他の女達の様に着飾らず何時も通りの黒衣であったが、彼女は曹操を見止めると僅かに会釈をした。
それは本来的な礼儀に適っているとは言い難かったが、が魏に降って半年強、初めて見せる肯定の態度だった。
夏侯惇も此れに気がつき、嬉しそうにを見詰めていた。
は直ぐに視線を逸らし酒を煽ったが、それは嫌悪からでは無い様だったので、曹操は思わず嬉しくなった。
未だと和解できるとは思えないが、何れもう少し良い関係が築けるだろうと曹操は満足げに頷いた。
宴も酣になってくると、酔いが回り始めた曹操はを着飾ってやろうと思い付き、彼女に話し掛けた。
「殿。」
は若干顔を顰めたが、あくまで冷静に応じた。
「何でしょうか?」
「今宵の装いは少し質素が過ぎるように思われる。着飾られては如何かな?」
は予想外の言葉に意外そうな顔をしたが、早々に話を切り上げたいらしく短く応じた。
「…左様で御座いますか。では以後気をつけましょう。」
曹操は暫くを眺めていたが、にっこり笑うとやおらに近付いた。
「殿、甄姫に命じる故着替えられては如何かな?」
曹操の申し出には難色を示した。
「…結構です。」
曹操は、夏侯惇が典韋達と飲んだくれているのを確認するとに囁いた。
「惇とて女は美しい方が喜ぶぞ。まして惚れた女とあってはな…」
曹操に説得される内に、大分酒が入っているは、段々そんなものかという気持ちになってきた。
「ならば…甄姫殿にお任せ致します。お好きになさって下さいませ。」
曹操は、悪戯が成功した子供のように機器として喜び急いで甄姫にを着飾るよう命じた。
甄姫は、を城内の私室に招き入れると早速着物を選び始めた。
「殿はいつも黒衣なのですね。」
甄姫は華やかな着物をに宛がいながら話し掛けた。
「…落ち着きますから。」
嘘ではなかった。黒衣は返り血も目立たないし、闇に溶け込む様な気がして落ち着いた。
それに、に黒衣が似合うと言ったのは夏侯惇だ。
― は、雪の様に色が白いから黒が良く似合う。
夏侯惇の囁く声が蘇り、は思わず顔を赤らめた。
其れを見た甄姫は、恐らく夏侯惇が何か言ったのだろうと容易く思い付き微笑ましく思った。
あの根っからの武人体質の夏侯惇が、の傍に居る時は徐晃の様に純情に見えた。それだけ彼女を愛しているのだろう。
「殿、此方は如何ですか?」
甄姫は、胸元と裾が大胆に開いた服を指し示した。
「…甄姫様には良くお似合いと思いますが。」
「いえ! 貴女にも似合います!」
甄姫は、有無を言わせずを着替えさせると化粧を施した。
「甄姫様…何やら粉っぽいのですが。」
「殿は普段お化粧を為さらないのですか?」
「余り…」
甄姫は半ば呆れながらも楽しんでいた。
美しい顔立ちのは、当然化粧栄えしたし長身なのでスリットから覘く脚も魅力的だった。
「きっと夏侯将軍も喜ばれますよ。」
甄姫の言葉には顔を赤くして俯いたが、鏡に映った自分を見て良く化けるものだと感心した。
「ありがとうございます。」
どうせこの後夏侯惇が曹操にからかわれるのは眼に見えていたので本当に有り難いかは疑問だが、それでも着飾って貰って悪い気はしなかった。
宴席では夏侯惇がの帰りをヤキモキしながら待っていた。
「猛徳っ! は未だか?!」
曹操は夏侯惇を可笑しそうに眺める。
「お前が首筋に散りばめた痕でも隠しているのではないか?」
「そんなものは無いっ!!!」
夏侯惇は大声を上げて怒鳴ったが、曹操は相手にもせず笑った。
「には甄姫殿の様な化粧は似合わん…」
夏侯惇はぶつぶつと文句を言った。
「の様な穢れない乙女は薄化粧で充分だ…」
夏侯惇は未だぶつぶつ言っていたが、曹操が「ほれ」というので慌てて入り口を見ると其処にはが居た。
「……」
夏侯惇は言葉を失いながら見惚れた。
甄姫と似た様な服を着たは、其れは魅惑的で夏侯惇は盃の酒が膝に零れるのも気がつかなかった。
「ほう…惇はあーゆーのが好みか。案外エロいな。」
「猛徳っ!」
夏侯惇は怒鳴ったが、如何せん説得力に欠けた。
「っ…こっちへ来い!」
夏侯惇は、の腕を引っ張るとマントに包むようにして抱き込んだ。
「元譲?」
は似合っていないのかと不安になり夏侯惇を見上げた。
「に…似合っているが、露出が過ぎる…」
夏侯惇はを抱きながら首筋に頭を落とした。
は嬉しそうに夏侯惇の背に手を廻した。
曹操は面白そうに2人を眺めた。
魏将達は、そんな曹操と夏侯惇を交互に眺めて苦笑した。
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お題に添えてるか微妙。まぁ惇兄様の心の叫びという事で。
何だか収拾が付かずに長くなってしまい申し訳ない。大して面白くないのに。
2003.12.03 viax