オトナはツライよ



 目の毒だ、と岩崎 克巳(いわさき かつみ)はイラついていた。
 原因は目の前にある。
 上司の華奢で、しかし大層魅惑的な鎖骨。
 暑さを我慢しきれなくなって、ネクタイをゆるめ、ボタンを開けたワイドスプレットのシャツの隙間からチラチラと目についてしまう。
 色白な肌にクッキリと浮き出す意外にしなやかなソレに、むしゃぶりつきたい。
 出来ることなら血潮がしぶくほど、思い切り噛み付きたいぐらいだ。
 新入社員が上司をそんな目で見るのもいかがなものか。
 そんな自制がなくはないがこの会社はいずれ、自分に引き継がれるのだ。

 世の新卒バブルを舐めたワケではない。それでも自分の頭脳その他にいささかの自信があった克巳は跡を継げと言う父を尻目に憧れの商社を受験した。

 結果、この春、見事に就職浪人と相成ったのである。
 
 まさか、と言いたいくらいだが、内定まで取れていた超一流企業からの電話一本で就職先が飛んだのである。
 4月の着任後に即移住するハズだった国の世情不安定さが急に深刻になった為、在住邦人の国外撤去を余儀なくされ、その部門が閉鎖されてしまった事が理由だった。
 その部門のあまりの特殊さゆえに企業側としては暫く人材が余るハメとなったらしく、それにて、呆気なくフラれたのだ。
 一流企業ともあろうものが、内定式の済んだ3月に入ってドタキャンするような真似をするとは信じられない話だが、世の中の水は思ったよりも世知辛い。
 どこも、優秀な新卒者は欲しいが、既にベテランの多数いる部署には無駄な人件費は出したくないのは当然だろう。
 早々に貰った内定を良い事に学校関係者の忠告にも耳を貸さず、全く他社を受験しなかったのも災いした。
 当然、高い手数料を払って代行を頼んだ就労ビザもタダの紙切れである。
 それが惜しいからとノコノコと世情不安定な銃弾飛び交う激戦地域に単独で行くほど酔狂でもない。


 ヨソの水を飲んでみる、と父に引導を叩きつけた以上、自分で職を探すつもりだったのだが。
 進みたい方向性のある職種は皆、同様なありさまだった。
 似たような職種でないなら、専攻して独自に学んできた学習も結局ムダになる。
 ならば自宅を手伝ったほうがナンボか気が楽と言うもので。
 父は棚からボタモチと大喜びであったが、克巳とすれば、従業員には申し訳ないものの不本意極まりない。
 それでも社長修行と称して、父の会社に入社し、早くも4ヶ月が経過していた。
 当然、好みの上司の直属と言う目の前にぶら下がった人参に、楽しみの標的をサッサと切り替えたのは言うまでもあるまい。

 克巳はゲイである。
 背丈は179センチ。
 比較的長身の部類で、身体は大学時代にワンダーフォーゲルをやったのでかなり、鍛えられている。

 もともと、この悩殺的な鎖骨の持ち主の存在は知っていた。
 名を草野 誠一(くさの せいいち)と言う。
 自宅と社が隣接しているから、時々見かけては、いたのだ。
 父親の会社の人間だから手控えていたが、好みそのもの直球ど真ん中なタイプではあった。
 確か年は37になったところだと聞いているが、とてもそうは見えない。
 そして、この会社には珍しく、学歴も克巳と変わらぬ一流大学卒、である。
 身長はそれでも172センチと平均的だし、肩書きも課長だ。
 年より随分若く見られる色白な美肌と、内裏雛のようなスッキリと整った顔立ちは、社内でもひときわ目立つ。仕事柄、筋力と体力が要求されることも多いため、見た目も性格も体育会系のムクツケキ連中の多い中ではマサに掃き溜めに鶴と言った按配だ。
 営業職でもあるので、その掃き溜めの中には男性ホルモン過剰なイケメンは結構いるのだが、そちらは克巳のお好みではない。
 むしろそちらに近い容貌でありつつ、某アイドル団体の所属だと言われても不思議のない、ちょっと濃い目の容貌の克巳と彼が並べば対比が一層引き立つコンビである。
 苦情の主は女性も多いためその辺りを考慮した構成に見えなくはないかもしれない。
 その上司の細腰と、引き締まった臀部が、一層彼をはかなげに見せている。
 結婚はしていない。

 彼の下に配属して欲しいと言うと営業をやらせたかったらしい父は、露骨に渋い顔をした。
 草野の肩書きは苦情処理課長である。
 苦情処理をやれば、一挙に社内全体がわかるじゃないか、と言う克巳の屁理屈には、父も納得せざるを得ない。
 社員にも、わざわざ一番面倒な所から始めたいなんて、結構骨がある、なんて受けもいいのだし、と丸め込み、ちゃっかりキープしたポジションは、思いの外、キツかった。

 人と接することが好きなので、仕事がキツイのは苦にならない。
 で、一体ナニがキツイかと言えば。
 好みのタイプの男に目の前を悩殺的な格好で仕事中にウロチョロされるのが、一番堪える、と克巳は思い知らされたのだ。
 何気ない仕草にも目が吸い寄せられ、前かがみになってしまいそうな事数度に及べば、これはもう、立派な拷問で。
 儚げな見かけに反し、この上司と来たら、指示出しはキツイわ、仕事は出来るわ、隙はないわ、の三拍子。
「苦情を聞くだけならサルでも出来る。営業の尻を拭いて客先の気分を良くして追加契約を取ってこその、このセクションだからな、給与泥棒の無能者はイランのだ。ましてや君なら引く手あまただし、食うにも困るまい。仕事する気があるんなら1ヶ月で社の商品の特徴を概要でいいから、全部頭に叩き込め。ソレがイヤなら明日からハローワークに行くことだな」
 出勤初日に以外に低い美声で、真っ向からこうカマされた時には正直、愕然とした。
 しかし、克巳はそんなことでメゲルほど、繊細な神経を持ち合わせていない。

 仕事は自分の努力で何とかなる。
 しかし、恋愛だけは縁とチャンスを逃すと努力なんか屁の役にも立たない真理を、克巳は本能で知っていた。
 生来マメな性分を発揮し、仕事に対する努力も惜しまず、早速4月の歓迎会で隙を見つけ、ナニが何でも口説いてやる、と勢いこんだまでは順調だった。
 酔った弾みにベロチューも頂けた。
 なのに、日本酒に弱かったらしい彼は、さて、これから、と沈み込んだホテルのベッドで爆睡してしまう始末。
 散々、色々としかけてみたものの、ピクリとも反応を返さない相手には、お手上げというもので。
 そのくせ、翌朝克巳が起きたら介抱感謝する、と、置手紙とホテル代を残してチェックアウトをしていたのだから、やるせない。
 その後、2度目のチャンスで一方的なフェラチオを試み、彼を終わらせるまでは成功したものの、思わぬ邪魔が入ってその後は未遂のままだ。

 父親譲りの甘いマスクで、性に目覚めた12歳の時から克巳はソッチに不自由したことが、ほとんどない。
 結構高飛車で我儘なところもあるのに、案外コマメな心遣いの出来る所と、狙ったモノを手に入れるまで粘る、しぶとさが克巳には、ある。
 なので一方的とはいえ、オーラルな関係を成立させたところまででもまだ、マシだと開き直った。
 本当にダメな人間はただ萎えるだけで、それすらムリなのだから。
 よせ、やめろと言う割りに案外感度が良いタイプなのには感謝だ。付け入る隙があるのならドコからでも攻めてやるとばかりに諦めず、じっくりと機会を待つ事しばし。
 克巳のしぶとい願いが神か仏にでも届いたのか。
 それとも、神も仏も余所見をしている隙を克巳が逃さなかったのか。
 暑さもピークを迎える8月半ばに、待ちに待ったチャンスはやってきた。


 いつもは大勢が賑わうフロアに、午後イチから草野と暫く2人きり、と言う滅多にない状況を、克巳は見逃さなかった。
 幸い朝から苦情も入ってこないため、いつもは謹厳な草野も少しばかりヒマを持て余す様子で、シャツにネクタイをくつろげ、団扇をパタパタやっている。
 襟足から見える鎖骨からすっ、と汗の珠が流れるのが、いっそ誘っているのかと思わせるほどだ。
 いや、これは誘い水に違いない。
 克巳は強い決意を胸に、盆を持つ手に力を入れた。
「暑いすね。どうぞ」
 キンキンに冷えた麦茶を差し出すと、気が利くな、と、嬉しそうに手を伸ばしたそのスキに。
「っ!……いわ、っさ! ん、ふうんっ! うんっ!」
 今までの我慢を叩きつけるようなディープキスに、最初は抗ったものの、ネットリと上あごをねぶってやると声に甘みが増した。
 机の上にねじふせるように押さえ込み、バタバタと暴れる身体をゆっくりと味わう。
 しつこく、そのくせ丹念でいやらしい口付けに、草野は克巳の予測よりは早い段階でギブアップを示した。
 堅く閉ざそうとしていた唇から、諦めたように力を抜き、されるがままになっている。
 嬉しい事に、時折もれる甘い吐息は、彼も感じ始めている、と言うことだ。
 そろり、とスラックスの前を撫でるようにすると、びくり、と震え、ゆるく勃ち上がりつつある草野の感触に満足し、克巳はようやく唇を解放した。
「……よくも4月からこっち。散々焦らしてくださいましたね」
 まだ軽く息が上がっているものの、目もとはすっかり潤んでいる相手の腰を支え、ゆっくりと抱き起こす。
 強気で押したらいける。この勘にマチガイはない。
 前でイケるのなら、あとはウシロのみ。バージンでも時間さえあれば、最後までイカせる自信も充分ある。
 据え膳食わぬは武士の恥。
 プレイボーイ歴23年のカンが、克巳にそう告げている。

 フロアにも夕方までは誰も帰ってきそうにないし、ヨソの課も人少ななため、妨害の恐れもほとんどない。
 このチャンスを逃すアホはいないだろう。
「俺が狙ってるって知ってたんでしょう? 散々焦らして楽しかった?」
 恨み言を言いつつ、シャツを寛げ、ベルトを放り出し、仕事を手早く済ませていく。
 こう言うタイプに、考えさせる時間を与えてはいけない。

「焦らしてなんか……。からかわれてるとしか思えなかった」
 ジッパーをおろし、下着に手を入れると、彼のそこはもう、蜜を絡めていて。
 ここが会社だと言うことも、真昼間だと言うことも。
 手ダレの克巳にそんな事は関係ない。
 引き続きキスで酔わせながら、抱きかかえるようにして社長室に入り、鍵を締め。
 
 父は本日、接待ゴルフで不在。
 そして何より社長室には仮眠用のベッドと、簡易シャワーがついている。
 そんなデータはとっくに調査確認済である。
 指名の電話さえ無ければ少なくとも2時間はベッドの上で、思うさま、草野を貪れるワケで。


「ふあ! いい、いわ、さ、い……いい、いっ、いくっ! もう、あっ、あっ、あんっ、あ、は、あっ! ああっ、そんなっ、あっ、ああ……」 
 スキあらば、と常に携帯していたローションのお陰か、はたまた。
 ソッチの経験者であったのか。
 しかし、そんな事はどうでもよかった。
 指で前部の蜜液を馴染ませながら震える草野自身の根元を握りこみ、放出を止める。じらしたまま後ろに指を挿入し、コリコリとしたスポットをぐい、と抉れば、そのまま草野は内腿をビクビクと震わせた。
 先にイカせてもいいかもしれないと、根元を緩めてやれば、かすかな悲鳴をあげながら白濁を放った。
 益々念入りに後ろを指でほぐして愛撫し、少々危険ではあるが、舌を使って蕾をシツこくくじるように弄れば半泣きで草野は喜悦し、再び茎が頭をもたげ始めた。
「ふうん……舐められるの、好きなんだ?」
 調子づいた克巳が、両手の人差し指を差し込み、敏感な部分をマッサージしつつ、その隙間を広げた部分を舌で嘗め回せば挿入を待たずして草野は再び粘ったものを、とろとろ、と放出した。
 勢いなく、だらだらとこぼれるのみの蜜の様子に、克巳はふと思いついた。
 ひょっとすると、ドライオーガズムがイケるタイプなのかもしれない。
 ならば、もう一度絞っておくかと、ゆっくりと内部に分身を攻め込めば果たして、草野の中はきゅうきゅうと喜んでそれを受け入れた。
 それでも比較的キツ目の進入路がほぐれるのを待ち、何度かゆったりと馴染ませ、ころあいはよし、と突きこんだ途端。
「はああっ! んっ! あぅっ!」
 高い声を放つやいなや、再び茎から勢いよく白濁が飛び出した。
 ハナからほぼ、トコロテンと言う嬉しいハプニングに気をよくした克巳はぺろり、と舌で唇の乾きを舐め取ると、今度こそ手加減ナシに草野を征服にかかった。
 とろけたような草野の襞はうねりを見せ、時にきつい程に自分を締め付け、喘ぎ、感じ続けてくれているようだ。
 前部からはひっきりなしに蜜液が漏れ続けている。
 こうも感じて喜んでくれるのならナンでもいい、と克巳は思う。
 反応を見ながらいい、と喜ぶ箇所を少しでも余計にヨクするのみだ。
 草野の熱い襞のシマリや具合は抜群に気持ちいいのだから、きちんとそのお返しはしなければなるまい。
 もはや抵抗らしい抵抗も見せずに、克巳にすがりついてくる草野が、益々いとおしくなる。
 最後は声を潜める事すら出来ずに身をのたうたせ、よがりながらとうとう、前部が、くたり、と萎えたまま、後部での絶頂を極めた草野に刺激され、克巳も己を解放した。
「くうっ、すご……うっ、くさのっ、さんっ!」
 達したあとも、完全には萎えない上、離す気になれず、ゴムを付け替えるのすら惜しくて、そのままもう一度挑もうと腰を僅かに動かしかけたその時。
 携帯が鳴り響いた。

 名残をおしむような襞の動きを見せる草野の内部に自身を残したまま渋々、電話を受ければ。
 苦情である。
 内容は客先まで出向かねばならないほどに、宜しくない。
 萎えきらぬモノから早々に身体を引いた草野は、克巳が携帯を切る前に、既にスラックスに足を通していた。
 しかし、目にはまだ欲情の残るうるみを見せている。
 二人から、諦めのような吐息が同時に漏れた。
 克巳とて、到底アレで満足出来るわけがない。
 未練気に見上げながら、
「T電気さんでした。ねぇ、一緒に行って下さい。俺、到底アレだけじゃやだ。まだ、あなたの中に出してない。知ってる? 出されたらもっとイイって……ドライでイケたら絶対出されるの好きだと思うよ。もっと気持ちよくさせたいし、イカせたい。ちゃんと俺、マメに検診してるからビョーキは大丈夫だし。仕事も勿論しますけど、ねぇ……」
 背後から抱きつき、未だ屹立した乳首をシャツごしに引っかきながら、耳殻を軽く噛み、舌を這わせながら熱い欲求を訴える。
 
 客先までここから車で1時間。
 午後2時の今から行って苦情を聞き、帰ってくるのは5時近い。
 人事と経理のヤカマシ屋が休んでいる今日なら直行直帰が出来る。
 途中、入れるホテルは何件もあるのだが。

「……今回限りだぞ、んっ、あっ、ん、もう……やめなさい……後で、な?」 
 背中越しに抱きしめる腕に、何とも甘い吐息を漏らしながら同意してくれたのに、克巳は舞い上がりそうだった。
「ホント? 俺のこと好き? ゲイなんて気持ち悪くない? もっとして欲しい?」
 膝の上に抱きかかえるようにしてウットリと自分を眺める克巳に、吐息を落としながら、草野は呟いた。
「何でこの歳まで独身でいると思ってるんだ。それにゲイだって好みじゃなきゃこんな簡単に許したりすると思うのか?」
 驚いたものの、それでも不満を隠せない顔をしている克巳に、草野は冷酷とも言える言葉をかけた。
「時間が惜しいだろう。ちゃっちゃと片付けて……続きをしたくないのか?」
 冷たい言葉の中に一縷の希望を見出し、嬉々として立ち上がる単純な克巳を横目で見て、草野は小さく苦笑を零した。


 草野とて人間だ。
 好きになったり、なられたり、失恋したり、泣いたり。
 散々苦い経験をしたからこそ。
 仕事絡みの人間とのスタンスの取り方が難しいのは身に沁みている。
 まだ若い克巳はそのスタンスが上手く掴めないから…振り回されてしまう。
 なら…防御柵は高くて頑丈なほうが良い。
 それでシラけるならその程度の相手だ。
 それに、仕事を失って、リスクが大きいのは自分の方なのだから。
 醒めた事を思いつつ、それなら克巳の想いを受け止めなければ良かったのに、と、自虐的な笑みを頬に滲ませた。


 克巳のモーションは、実は嬉しかった。
 4月からこっち、克巳のケナゲさに段々惹かれるのが正直、悔しいほどで。
 ゲイであることを告げるのは別に怖くない。克巳がそうであることは知っていたからだ。
 だからこそ、彼を好きだとは、口が裂けても言いたくない。
 好みだ、と言うだけでいい。
 父親にソックリな自信家に余計な言葉はいらない。
 ついでにドライオーガズムなんてシロモノも、ゲイ歴の長い自分だが、はじめてだった、と言うことも黙っておけばいい。

 軽く頭を振り払うと、表情をビジネスモードに切り替えて、草野は声をかける。
「グズグズするな、アソコはスピード重視だ、社印つきの白紙の契約書と仕様書を忘れるな、行くぞ」
 克巳はフテた表情ながら、それでもイソイソと着いてくる。
「覚えてろよ。絶対今夜中泣かしてやっから」
 独り言のつもりらしい言葉に、草野は、思わず失笑してしまう。
 この、負けん気の強さが可愛くて、ついつい、苛めてしまうのだ。
 彼の入社前に、社長と交わした言葉が耳に蘇った。


「どうしても君のモトがいいと言うんだよ。ったく、ド助平めが。君に不埒なマネをしでかしたら、構わないから厳しく拒否してくれたまえよ? いや、別に好みならいいんだが……。でも君ほどの人はあんなガキには勿体無いとも思うしなぁ。あいつは子供の頃からチヤホヤされとるお調子者だからな、手綱はキツめで丁度いい」
 自分の性癖を棚の上に放り上げて苦々しく呟く社長に、ダレに似たんでしょうね、 とイヤミを言えば。
 手厳しい、と苦笑しながら、ココだけの話だが、と前置きをして社長はいつにないマジメな表情でこう言った。
 克巳の性癖を考えればもう子供は望めないし、以前から話している通り、ゆくゆくは社とアレの後見は草野に頼みたい。
 なにも世襲に拘る気はないから草野の目から見て優秀だと思う人間がいればその人に会社は、譲ればいい。克巳を気に入ったのなら君たちがくっついてくれれば、自分にとってはむしろ逆に、ありがたいくらいの話なんだが、と、返された。

 克巳がゲイだと気付いていたとは知らなかった。
 自分がそちらである旨は入社早々どう言う経緯なのか、自分に見合い写真を用意してくれた社長にだけは、伝えてある。
「克巳くんは、カムアウトされてるんですか?」
 聞けば、年中男の尻を追い掛け回しているのぐらい、気付くだろう、ソノ道は男も女も似たようなものさ、と苦笑を返された。
 アレもソレを隠しもしないし、女房と二人、諦めてるよ、と案外サバサバしたものだ。
 そこまで悩むなら一人っ子でなく弟でも妹でも考えればよかったのだが、克巳の出産後、妊娠が出来なくなった妻に対する思いやりは、浮気はしても子を作らない事だったから、と初めて漏らされる経緯に、草野は少なからず驚いた。
 草野の性癖を知っている社長が、息子をエサにする程自分を買ってくれているのは嬉しいが、彼の思う壷にスンナリ嵌まると言うのも非常に癪に障る気がする。


 思えば社長に一目惚れをして、想いを告げることなく黙って諦めてきた15年。
 その想いをことごとく踏みにじるかのような見合い写真事件でかなり打ちのめされ。
 挙句、社長の乱行の後始末も、黙々とこなして来た。
 妻に対する思いやりと言う言葉が軽く聞こえるくらい、何度花街の女に手切れ金を渡しに走ったことか。
 社内では「岩崎商事の掃除屋」と言うあだ名まで頂戴した。
 人の心理や女心に聡くても、自分の恋心には全く鈍かった社長を、今はもう恋してはいないし、それを恨んでもいないつもりだ。
 息抜き程度のセフレもいたし、何年か付き合った恋人もいなくはなかった。
 しかし、本気で社長に惚れこんでいた身には、あまりに酷な失恋を踏み越えてきたのだし、そろそろご褒美を頂いても罰は当たるまい。
 思ったより克巳は好みのタイプだったし、色んな面で大層相性も良いようだ。


 が、ハッキリ言って、胸糞は悪い。
 社長の思う壷に嵌まるのがどうにも悔しくてならない気がする。
 自分をアテガワれて満足する克巳も情けないが……それはお互い様だろうか。
 オマケにこんなに床技が巧みだとは計算外だった。
 それに骨抜きになってしまったのが早くも解る自分はもっと、情けない。
 それにしてもこんなに良かったのも初めてなら出されるのがあんなに感じるとも知らなかった、と軽く腰を撫でつつ、凄まじいとしか言いようの無い感覚を思い出せば、頬がまだ火照る。
「ろくでなし親子めが。ドコで仕入れたテクなんだか」
 客先を宥め、挙げ句に追加契約まで獲得し、帰路に入ったホテルで奮戦後。
 恨みがましく克巳を見やりながら、草野は小さく毒づいた。
 隣で眠る姿は、若き日の社長を髣髴とさせている。
 彼よりはいささか、真面目で一途なところもあるようだが。

「まぁ、苛め甲斐もあるし若いし凄いし……暫く退屈はしなくて済むかもな」
 タバコを消し、寝乱れた克巳の襟足を軽くすくと、自分も少し睡眠を取るべく、草野はそろそろと腰を庇いながらベッドに潜り込んだ。
 大人たちの思惑を知らぬげに、若者は、隣で太平楽な夢を貪っている。

……なべて、世はこともなし、と、呟き、草野は深い眠りに落ちていった。
 頬に、僅かな満足の笑みを浮かべて。


END



リライト目標の一つが削除と言うたのはドコのダレどっしゃろT_T

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