「……いつも言ってたじゃない。『お前みたいな時代遅れの能なし、さっさと引退してしまえ』って。」
ああ、ほっとした、とでも言いたげな顔で、淡々と白川は語る。
確かに緒方は「数年前の最新機」であった白川を、いつもそう罵っていた。だけどそれは、そんなことなどあるはずがないと。現実的ではないと……思っていたからだ。
しかし、自分たちの行く先を決めるのは使い手である主人で、単なる機械でしかない緒方や白川の意向が組まれることはない。伝わるわけがない。こんなにも、こんなにも、離れたくないと願っていても。
「今度来る子はきっと、緒方よりももっと高性能だよ。だから緒方も負けないように頑張らないとね」
落ち着いたトーンが、緒方を揺らす。白川の数倍の能力がつまった、生意気な後輩の、小さな体。
「……オレが、負けるわけないだろ」
いつものような勢いはなく、うなだれたまま緒方は、かろうじてといった風に憎まれ口をたたいた。
大好きな白川の笑顔。もうすぐ見ることが出来なくなる。だからいつもみたいに斜めからなんかじゃなく、正面から、もっと近づいて、オレの中に焼き付けておかなきゃならない。
なのに、白川をまっすぐ見つめられない。
どうしてオレは白川に、あんなにもひどいことを言えたんだろう。いつか白川が……だけじゃない、自分だって、寿命が来ることはわかっていたはずなのに。機械として生まれた自分たちのそれは、とてもとても短く、その間の、さらに限られた刹那にしか一緒に過ごすことが出来ないと……知っていたはずなのに。
白川の優しい「音」が緒方を包む。
僕は知っているよ。君の言葉が本気じゃなかったこと。君が本当は、僕のことを大切に思ってくれていたこと。
僕が処理仕切れない仕事は、全部引き受けてくれたよね。ありがとう、って僕が言うと、こんなのも出来ないなんてほんとにだめなやつだなって、でもなんだか嬉しそうにしてたよね。寝ないで頑張ってくれたときも、そんなことはちっとも言わないで。
君が来るまで、僕はひとりで、でもそれが当たり前だったから寂しくはなかった。
君が来てから、毎日がとても騒がしくて、そしてとても楽しかった。
一度だけ、君が動けなくなって、ひと月もふた月も帰ってこなかったことがあったよね。あの時に僕は初めて「寂しい」を知ったんだよ。
僕は……自分が止まることをなんとも思わないけど、そのことで、僕が感じたような「寂しい」を君が味わうんだとしたら、つらくさせてしまうんだとしたら……僕は……。
白川が続ける言葉を遮断するかのように、緒方は白川の体をつかんで、揺すった。そして、言う。いつもの素直じゃない、あまのじゃくな文ではなく、本当の気持ちを。
「……しらかわ?」
きい、ん、とした作動音が聞こえない。最初は耳障りで、でもいつの頃からか、ないと落ち着かなくなってしまった、白川の音。
「しら、かわ」
いつ、抜かれたのだろう。白川の体に、電気は流れていなかった。
閉じた瞼。眠っているのと同じ。でももう開かない。もう、多分。
「……らかわ…………」
緒方の告白は、ちゃんと白川に聞こえたのだろうか。
それももう、確認するすべはない。
- TITLE
- PCオガシラ
- DATE
- 2009/04/01(水) 14:42
- CATEGORY
- ヒカ碁::絵日記ログ
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