breaker =調教師=5
2005.02.05
出荷が決まってからは、毎日が嵐のように過ぎていった。
コンクリートに囲まれた暗い部屋から、窓がついたホテルのような個室に移され、出荷先での役割や禁止事項が暗唱できる程に何度も繰り返し説明され、何枚もある契約書にサインをした。
人身売買をしていて契約書など書かせる事に意味があるのかと思ったが、万が一外に漏れた時に自衛の手段として自らの意志があった事を照明する為のものらしい。
本来、強制的に書かされた契約書には法的効力は無いらしいが、組織の力でどうにでもする事が出来るんだと契約に立ち会った男は笑った。
逃げ出した時に備え生命保険にもいくつか加入させられ、逃げ出す事が死に繋がる事を暗に臭わせてもいた。


シンは相変わらず姿を現さず見張り役であろう男に所在を尋ねても、この場所で人権など持たない光輝に情報が伝わる事は無かった。

「シン……どうして俺を選んだ……?」

あの時、シンは何かを言いかけていた。
連れ去られたばかりの頃であれば「金になると思ったから」と答えるだろうが、何度も身体を重ねた今なら違う答えが返ってくるような気がしていた。
肌がぶつかり合った瞬間に何かを感じていたのは自分だけでは無いと思いたい。
シンが漏らす擦れる声や荒い息遣いは本物だった。
身体を通して伝え合う熱は彼の中にある情熱に触れていた筈だ。
しかし、答えを聞けないままに光輝の出荷は明日に迫っていた。


その夜、眠れずに窓の外を眺めていた。
景色といっても刑務所のような高い塀に囲まれ、空に浮かぶ月だけが外の世界を感じさせる。
こんな状況でも気が狂わずにいるのは、これまでの人生で自分も自分意外の誰かも愛した事が無かったからだろう。
街にはあらゆる物が溢れ返っていて、手を伸ばせば簡単に刺激的な物が手に入り、ただそれを消費していれば良かった。
奪われ、剥がされる事で気付くなんて皮肉なものだと一人笑った。


「楽しそうだな」
聞き覚えのある低く擦れた声に振り返ると、ずっと探していた男が月明かりに照らされて立っている。
「シン……」
言葉よりも速く身体が反応していた。
目の前にいるシンが幻で無いように祈るような気持で縋り付いて唇を重ねた。
「お前に言っておきたい事があってな」
貪るように口の中を掻き回して求め合い充分にお互いを感じて唇が離れると、シンは力強く肩を抱いて真っ直ぐに光輝を見据えた。

「俺はこの仕事を辞める、男の身体で飯を食うのはお前で最後だ」
シンの表情はは相変わらず人間味を感じさせないが、月明かりに照らされて一瞬だけ微笑んでいるようにも少し寂しそうな表情にも見えた。
光輝の昂ぶっていく感情を察するようにシンは大きく呼吸をすると光輝を引き寄せてありったけの力で抱き締めた。
「辞める……?」
シンの胸に抱かれながら響く言葉は一つ一つが敏感に光輝の心を乱していく。
「お前の所為だな……調教が出来無くなった」
その言葉だけで充分だった。

「ざまぁ見ろ……」
二人を遮るものは衣服でさえ邪魔だったが、丁寧に脱がせている時間が勿体無くてシャツのボタンを引き千切る。
シンの肌に触れるだけで体温が上昇していくのを感じて露わになった肌に吸いついた。

「相変わらずイラつく奴だ……」
シンは吸いついて離れない光輝を押し倒し、仕返しをするように知り尽くした敏感な部分に舌を這わせていく。
「んっ……俺も……」
初めはただ声を上げて感じているだけだった光輝も、シンの愛撫に触発されて教えられた全てを使ってシンの身体をなぞる。
競うように求め合い、お互いの身体に這わせた舌が徐々に中心に向かっていく。

何度も光輝を貫いたモノからは我慢を超えた液体で溢れ、それを味わうように舌ですくい取り口に含んだ。
シンも同じように光輝のモノを口に含みながら、後ろに回した指でゆっくりと中を掻き回している。
塞がった口から刺激される度に篭った声が漏れ身体が震える。

「シン……もう、俺……」
光輝の中は充分な程に熱くなり、痙攣した入口でシンの指を締めつけて口に咥えたモノを欲しがった。
いつもならそのまま焦らして光輝が果てていくのを楽しそうに眺めていたシンだったが、彼自身も我慢しきれずに中を掻き回していた指を引き抜いて、彼らしくない乱れた呼吸で光輝の上に跨った。

「前に言ってたよな、絶対に俺を殺してやるって……その言葉、お前にそっくり返してやるよ……」
光輝の中に入る前にもう一度唇を重ねて光輝の髪や舌を掻き回した。
「忘れるなよ、俺はどんなに遠く逃げても必ずお前を捕まえる……」
シンの視線はまるで別人のようにギラギラとした情熱が宿り、それだけで光輝の胸を焦がす。
「シン……」
もう言葉はいらなかった。
情熱の赴くままに激しくぶつかり合い、感じるままに悲鳴に近い声を上げる。
一度果てた後もシンはすぐに欲しがって光輝の中を何度も何度も突き上げた。



「忘れるな……」
シンが最後に果てた時に耳元で囁いた声が光輝には泣いているように聞こえた。
窓の外から薄い光が差し込み、薄紫の空に金色の境界線が輝いて終わりが近付いている事を知らせている。
それでも離れる事が出来ずに抱き締め合っていると、重たいドアが開いて静寂を掻き消すように大勢の男が二人を羽交い締めにして引き離していく。


「離せ………」
乱暴な扱いにシンは全裸のままで必死に抵抗している。

「見逃してやりたい所だが、コイツは予想以上に高い値段がついた………」
苦しそうに顔を歪めたゴウが指示をすると、男達はそのまま部屋の外へ連れだそうと暴れるシンを力任せに抑えつけた。
引き離される瞬間も光輝はただシンの名前を叫ぶ事しか出来ず、今更ながらに自分の無力さを思い知らされる。
「シン……」

「光輝…忘れるな……」

「シンっ…俺はお前をっ……」

「光輝……お前がどんなに遠くに逃げても絶対に見つけ出してやる……」

「シンっ………」




失うモノなど何も無いと思っていた。

けれど暗闇のようなこの部屋の中でたったひとつの光を見つけてしまった。
奪い合い、憎しみ合う中で小さな光は少しづつ輝き始め、大切なモノに変わっていった。

たったひとつの大切なものは、手に入れた瞬間に遥か遠くで見下ろす神の手によって奪い取られようとしている。

どんなに泣き叫んでも二人の距離は遠ざかり、遮る男達がどんなに足掻いても踏み越えられない境界線となって二人を引き離していく。
声が枯れるまで叫び続けお互いの名前を呼んでいたが、その声もやがて遠くへ消えていった。




そして僕らは全てを失った。


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