秋桜 3
2004.10.03
「どうした?最近、タイムが安定してないぞ」
100mの距離を数本走り、呼吸を整える大和に部長の加藤が心配そうに話しかける。
中学生の時から続けている陸上だが、最近はすっかり集中力を失っていた。
「……いえ、別に」
口下手な大和は頭を下げ、次のメニューであるランニングに向かう。

中学時代は楓も陸上部で走っていて、長距離では県大会にまで出場した。
高校でも当然、陸上部を続けると思い込んでいたが、大和が入部届を出した翌日に、楓は弓道部に入部していた。
成長するにつれ広がっていく楓との距離。
大和は自分の身長が伸びた分、楓との距離が広がっていくような気がして身体測定の度に心が軋んだ。

下を向いてグラウンドを睨みながら走っていると、地面にポツポツと水滴が染み込んでいく。
大粒の雨を吸いこみグラウンドが使えなくなると顧問である教師が大声で練習の中止を叫んでいる。
まるで過ぎ行く夏を惜しむような激しい夕立だった。

傘を持たない大和は、部室で突然の夕立が通り過ぎるのを待っていたが、弓道部の部室を覗くと、人の気配が無く活動はしていないようだった。
トランプでもしようかと盛りあがるチームメイトの誘いを断り、大和は濡れながら大急ぎで家に帰った。

時間があれば一秒でも長く楓と過ごしたい。

楓の家に帰るとずぶ濡れになった身体を玄関で拭いて、そのまま楓の部屋へ向かう。
風呂に入るのは楓の顔を見てからでいい。
半分開いたままのドアの向こうから微かに漏れる声に反応し、大和の足が止る。
玄関に置いてある見なれない小さな靴を思い出し、なんだか嫌な予感がした。

ドアに近づくにつれ心臓の動きが徐々に激しくなり、その音が頭に響き耳鳴りがする。
そっと中を覗くと一糸纏わぬ姿の楓が激しく腰を動かしている。
楓の動きに合わせて声を上げている人物を確認するとに見覚えがある、弓道部の一年、確か三谷とかいう名前だった。
大和のクラスの女子が噂をしていた通り、華奢な身体が、まだ男のコといった感じの可愛い奴だった。

湿った息遣いと時々漏れる甘い声が、二人の繋がった部分から漏れる音と混じり、耳鳴りと共に頭の中に響く。
その光景を前にして、血液が下がるように大和の身体は重くなり、目の前からは光が消えていった。
いっそ、今、楓と抱き合っているのが女の子なら良かった。
相手が大和とは正反対の男である事に、完全に楓との決別が近い事を感じた。

なぜ、俺はあの頃のままでいられなかったのだろう……。
なぜ、楓に抱かれているのが自分じゃないのだろう……。
なぜ、俺はアイツに生まれてこなかったんだろう……
どうして……。

大和は重い身体を引きずるように、楓の家を後にした。


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