秋桜 7 2004.01.25 |
……神様。 僕に楓をください。 他には何もいりません。 楓の家を通り過ぎて帰るようになってから半年の間、どんなに部活で疲れていても毎日意識が無くなるまで走り続けた。 筋肉が悲鳴を上げ、関節が軋み心臓が破裂しそうになっても、楓を失った苦しみに比べれば大した事は無かった。 どんなに足掻いても埋める事が出来ない心に開いた空洞は、溢れ出した感情に支配されて心の奥底で暗く濁っっている。 誰もいない場所で楓と二人だけで過ごしたい。 無理矢理にでも縛り付けて閉じ込めてしまいたい。 いくら想い続けても楓との距離が縮まる事も無く、ぼんやりと歪んだ視界の中を答えも出ないままに走り続けた。 乱れた心臓の音が苦しんでいるようにも泣いているようにも聞こえ、思考も痛みも自我さえも溶け出して消滅していく。 それでも重くなった足を引きずりながら前へ進んでいると、一瞬 身体が軽くなって視界がふわりと反転する。 目の奥に火花が散って痺れるような衝撃の後、薄れゆく意識は夜に染まった薄暗い空の中を泳いで暗い闇へと沈んでいった。 楓と別れて以来、何度も同じ夢を見るようになった。 暗闇の中、少し先を歩く楓を必死に走って追いかけるが、手を伸ばしても寸前の所で届かず必死に叫んだ。 振り返った楓が柔らかく微笑むと大和の手を握り、もう一方の指先で行き先を示す。 遥か遠くを差したその先は眩しいくらいに輝いていた。 「かえで…。」 「大和、判るか? 」 暗闇の中、眩い光を潜り抜けると夢の中にいたはずの楓は、生気を感じさせない青白い顔で大和を覗き込んでいる。 握られた手の温度と共に身体中に痛みが走り、苦痛に顔を歪めると楓は生き返ったように大きく溜息をついた。 「楓…? 」 「馬鹿だな…倒れるまで走る奴がいるかよ。」 どうやらランニングの途中に倒れて意識を失ってしまったらしい。 「……どうして? 」 転んだ拍子に打ったのか頭がジンジンと痛んで思考が纏まらず、今一つ状況が飲み込めない。 徐々に意識がはっきりすると楓は安心したのか見聞きした限りで大和が倒れていた状況を少し興奮したように話し始めた。 「塩田さんって知ってるだろ? あの人がお前が倒れてるのを見つけたんだよ、お前ん家いっつも親が留守だし、 お前が俺んとこによく居るの知ったから、取敢えず救急車呼んですぐに俺ん家に来て付き添えって…。」 「俺……倒れてたんだ………」 楓はしばらく会わない間にだいぶ痩せた大和の手を握り締めて顔を伏せる。 「飯くらいちゃんと食えよ……」 こんな状態になってしまったのは誰の所為だと思う反面、これ程までに動揺している楓を見ていると胸の奥が締め付けられる。 「心配してくれたんだ? 」 伏せた顔を上げた楓は怒っているようにも泣いているようにも見えた。 そのまま楓は言葉にならない想いをぶつけるように力強く大和を抱き締めた。 「お前までいなくなったら……」 抱き締めた楓の身体が震えている。 ずっと欲しかった体温。 髪のフワリとした感触。 優しい楓の匂い。 このまま時間が止まればいいと思った……。 検査の結果は幸い右足の捻挫だったが、念の為に一日入院をして精密検査受けるよう指示された。 深夜近くになって両親が慌てながら到着したが、留守がちな両親では何かと不自由だからと楓は半ば強引に大和の世話をする事を申し出てくれた。 最近仕事が忙しいらしい両親は申し訳なさそうに二人に謝っていたが、大和が口を出すまでも無く翌日退院する頃には楓の申し出を受け入れる事で話は纏まっていた。 半年振りに訪れた楓の家は何も変わっていないようで、大和の食器や衣服が変わらずに置いてあり、懐かしい気持と嬉しい気持でお気に入りの湯呑を手に取った。 「変わってないな……」 「面倒だったからだよ」 不貞腐れたような言い方にも少しだけ優しさを感じて久しぶりに間近にある横顔をじっと見つめた。 「何だよ」 大和に見つめられて照れているのか楓は肩を貸したまま不機嫌そうな態度を装うが頬が薄紅色に染まっている。 「楓なんか背伸びた? 」 半年前までは並んだ時に随分低かった視線が今はそんなに変わらず、綺麗に整った顔立ちはそのままだったが以前は無かった男らしさを感じる。 吸い寄せられるように大和が唇を近づけるが楓は顔を背け、無理矢理に抱き締めようとしてバランスを崩し二人は倒れた。 下敷きになった大和は楓の頬を両手で包んで引き寄せると強引に唇を重ねた。 「よせよ……」 期待していたクセに実際に大和の唇が触れると頭の中が真っ白になった。 「俺、やっぱり楓が好きだ。」 大和の瞳はいつでも真っ直ぐで時々目を逸らしたくなる。 胸を貫かれて素直な気持が言葉にならない。 「好きってだけじゃどうにもならない事もあるだろ?結婚出来る訳でも無いし、いつかは別れなきゃいけないだよ、だったら……。」 「だったら何だよ……楓がいないなんてもう嫌だよ……」 限界だった。 ずっと大和が欲しかった。 訪れてもいない現実に怯えて持て余してばかりだった手の平で大和の頬をそっと撫でる。 「俺も好きだよ」 初めて気持に追いついた言葉が今にも消えそうに小さく擦れて、大和に届いているかを確かめるように瞳の奥を除きこんだ。 「大和が好きだよ」 ゆっくりと言葉を紡いで触れた唇は時間を取り戻すように大和の身体に痕を残していく。 「んっ……楓ちょっと待って……」 唇が首筋に触れると大和は泣いているような声を上げて身を引いた。 「汚いから……」 「俺がキレイにしてやるから」 擦れる声を無視して乱暴に上着を剥ぎ取ると胸の先端に吸いつく。 「ぁっ…楓……っ……」 膨らみ始めたズボンの前を形を確かめるように指先で撫でる。 唇がもう一度重なり合った時、大和の抵抗する力ががふっと抜けていった。 大和の全てに自分の存在を刻み込むように毎日走り込んで皮が捲れている足の先から少し汗ばんだ脇の下まで舌を這わせた。 不規則な呼吸と時々漏れる声が互いの中心を熱く突き上げる。 「大和……」 二人が繋がっていく瞬間を噛み締めるように楓は目を閉じた。 先端から徐々に包まれていく熱い感触が痛いくらいに根元を締めつけていく。 「っ……大和」 込み上げる情熱が零れないようにゆっくりと腰を押し付けて溜息をひとつ漏らした。 「楓…どうしようっ…俺……」 楓を受け入れた大和の身体が驚く程に熱くなって震えている。 溢れる程に濡れた硬い先端が腹に当たって擦れると、今にも噴き出してしまいそうなほど痙攣していた。 「……ずっと……一緒に……」 祈るように吐き出した言葉は楓が少し動く度に悲鳴のような声を上げて反応する大和に掻き消され、楓は唇を重ねる事で想いをぶつけた。 苦しそうに身悶えている大和を見下ろしながら、繋がっている部分を擦り合わせて快感を分かち合う。 半年前までは当たり前のようにしていた行為なのに、今は信じられないくらいに興奮している。 抑えつけて激しくぶつかる事で渇いていた欲望を満たし潤されていく。 「ぁっ……ぁっぁぁぁっ……」 一瞬大和の身体が大きく反り返ると全身が痙攣して楓の腹に生温かい液体が吐き出された。 それでも動きを止めない楓に大和は乱れた呼吸のまま必死にしがみつている。 全てを吐き出した後も徐々に激しくなる動きに合わせて大和の中心はピクリと先端が膨らみ震えた。 「…っ……」 絶頂に合わせたかのように締め付ける力が強くなると、奥を貫く勢いで数回腰をぶつけて全てを大和の中へ注ぎ込んだ。 余韻に震えながら崩れ落ちると大和は楓の頭を鷲掴みにして唇を合わせ音を立てながら舌が絡まった。 貪るように互いを吸い尽くし、そのまま二人は朝が来るまで求め合った。 汗まみれの身体を洗おうと風呂に入っていると大和の足はみるみる内に腫れあがっていった。 昼過ぎになると熱と足の痛みで苦しそうに唸っていたが、楓には温くなったタオルを変える事くらいしか出来ずに、感情の赴くままに無理をさせて大和を抱いた事を後悔していた。 痛みに顔を歪ませながら、大和は何度も楓の名前を呼んで手を握る。 苦しそうな大和を見るのは辛かったが、手を伸ばすと大切な人に触れる事が出来る幸せに楓の心は静かに満たされていった。 Top Index Next |