秋桜 12 |
卒業までの僅かな間で大和は何度も両親と衝突し、理解を得られないままに家を出る事になった。 大和の父親は家を出るなら学費も生活費も渡さないと強行手段に訴えたが、学費を稼ぐ為に一年間浪人して働けばいいと啖呵を切った。 表面上は別れたように装えばいいと楓が宥めても、自分がどれだけ真剣なのかを両親にも楓にも証明したいと言って大和は譲らない。 お互いが疲れ果てて消耗して、それでも彼らは分かり合えずに卒業の日を迎えた。 「大丈夫か?」 連日行われた両親との話し合いで大和は少し疲れたように見える。 二人で決めた引越しの予定は明日に迫り、楓の気がかりは最後まで両親に反発していた大和の進路だけだ。 「まあ、学費は払ってくれるってさ……」 後はバイトで何とかするよと大和は苦い顔をした。 理解されない事が前提の付き合いなのだから、真正面からぶつかれば摩擦が生じる。 「悪かったな……」 大和がこんなに苦しんでいるのは楓の一言が原因だ。 あの時、英二に何故あんな事を言ったのか、今になって後悔しても遅いが自分の甘さが大和を傷つけている。 誰かに知って欲しかった。ただそれだけだった。 「何で楓が謝るんだよ」 大和は少し不機嫌そうな顔で楓を小突いて馬鹿だなと笑う。 こうなったのは誰の所為でも無い。 だが、いつも自分を責めて動けない楓を大和は前へと動かしてくれる。 これから先も二人でやっていけそうだと思いながら、楓は早足で前を歩く大和を追い越した。 「ちょっといいか?」 卒業式に向かう列の中、担任である鏑木が楓を呼びとめた。 二人に理解を示そうと必死になって反発した彼は、職員室での立場が悪くなったと聞いている。 だが、彼は最後まで理解のある大人として楓の前で悪かったと頭を下げた。 「僕は頼りない教師で何もしてやれなかったけど困った事があったらいつでも相談して欲しい。 これでも僕は君達より少しだけ先に大人になったんだ。何かの力にはなれると思う……」 心配する人間も否定する人間も方向が違うだけで、根本は同じ感情で動いているのだと感じた。 以前、海で知り合った松田を思い出す。 彼は二人の存在を否定も肯定もせずに、ただそこにあるものとして扱った。 何が正しいという訳では無いが、今の楓が鏑木の言葉に感じるのは生温い息苦しさだけだった。 式の途中、楓は高校で過ごした日々を思い出す。 三年間それなりに過ごしたが、教師にも同級生達にも、苦い思いを残した高校生活に未練は無い。 それでも、何故か仰げば尊しが胸に沁みた。 いつかは鏑木の言葉にも素直に頷ける日が来ればいいと、もう二度と見ることも無い体育館の天井を睨みつけた。 家を出る日、大和の母親は子供の頃から積み立てていた通帳を彼に渡した。 親とは絶縁する覚悟で家を出ようとしていた大和は戸惑って受け取れずにいたが、彼女は強引に通帳を握らせると逃げるように家の中へ入っていった。 「俺達、幸せにならなきゃな……」 新居へ向かうトラックの中、黙ったまま外を眺めている大和の手を握ると、いつになく沈んだ声が返ってくる。 震えた声で小さく頷いた大和を守るように、楓は目的地まで大和の手を離さずにいた。 「やっぱり少し狭かったかな……」 窓から見える桜の木が気に入って借りた安いアパート。 二人で暮らすには充分だと思っていたが、荷物を運び終えると広く見えた部屋も手狭に感じる。 「そんな顔するなよ………」 運び込まれた荷物を見上げて呆然としている楓に、充分だよと言いながら寂しそうに荷物の整理を始めた大和の背中を抱き締めた。 大和は泣き出しそうな顔を楓の胸に埋めてしがみつき、楓は衝動を押さえきれずにその場で大和を抱いた。 真新しい畳の匂い。 狭い部屋に積み上げられたダンボール。 カーテンを優しく揺らす温かい風。 「……楓………っ………」 強引な愛撫に大和は苦しそうに顔を歪ませる。 規則的に響く湿った音。 汗で湿った肌が触れ合う感触。 その全てが楓を昂ぶらせ、大和を貫く熱は加速して激しくなる。 「……あっ……大和……っ………」 名前を呼んで、触れ合って、限界まで膨らんだ衝動は出口を探して楓を絶頂へと導いていく。 外に声が漏れないように唇を噛んだ大和に向かって情熱の全てを吐き出した。 Top Index Next |