LIFE 4
2004.10.10
=ALL FOR YOU=

相変わらず拓斗は我侭放題だったが、健一の献身的な努力の結果、以前より外部からの苦情は減っていた。
近頃の健一は常に先回りして、問題の火種を消し回る事に日常の大半を費やしている。
それでも苦情がゼロにならないのは拓斗は健一の想像もつかない行動ばかりする為である。

つい最近も、拓斗の悪行のせいで、全く関係無い健一が頭を下げ苦情を聞いていると、ひょっこり当事者である拓斗が現れ、大きな目を潤ませて「ごめんなさい・・。」としょんぼりして見せると、あっさり許された事があった。
あんな顔で迫られたら誰だって拓斗の思い通りにされてしまう。
その時と同じ顔をして拓斗が「お願いがあるんだけど」と擦り寄ってきた。

"俺はこの顔になんか騙されないぞ。"

健一はあくまでクールを装いながらも、話しを聞くと、先日拓斗が出品した大型建築のデザインがちょっとした賞をとり、その受賞パーティーに付いて来て欲しい欲しいとの事だった。
「受賞パーティー?俺そーゆーの苦手なんで、他の人誘って下さい」
冷たくあしらうと、「えーっ」と不満の声を上げ、バタバタと手足を動かしながらも大きな目を一層潤ませた。
「そんな顔したって駄目です」
キッパリ断ると、拓斗はこの間の夜の事を持ち出してブツブツと文句を言い始めた。
「この間、また俺を犯そうとしたくせに……嫌とは言わせないからな……」
意外と執念深い、健一が襲おうとした事を未だに根に持っている。
結局未遂に終わり、健一が殴られて、犯された形になったのだから恨まれる筋合いは無いと思いつつ、言い返す事の出来ない健一は拓斗の「お願い」を渋々と承諾した。

当然、正装なんだろうと健一が入学式用に買っていたスーツを引っ張り出し、着替えてみると我ながら大学一年生の入学式そのものだ。
しかし、一緒に行くのは拓斗である。
どうせ七五三みたいだろうから、釣り合いはとれると安心していたが、準備を整えた拓斗が現れた瞬間その姿に息を呑んだ。

いつもボサボサの髪は綺麗にセットされていて整った顔立ちを引き立たせ、 服飾に疎い健一から見ても高そうな細身のスーツに身を包んだ拓斗は、普段の姿からは想像もつかない程に品の良い好青年に見える。

「俺、変じゃないですか?一緒にいると先輩が恥じかきますよ……」
想像以上に完成された出来映えの拓斗と比べ、着馴れないスーツを持て余している健一はこの後に及んで逃げ出す事を考え始めた。
「そんな変じゃねえよ」
と言いつつ拓斗が眉をしかめると、健一のネクタイを替え、短く揃えられた健一の髪をセットする。
拓斗がいじってくれたおかげで、学生丸出しの健一も幾分かはマシに見えたが、それでも健一はグズグズと行くのをごねていた。
最後まで嫌がり続ける健一を拓斗が無理矢理引っ張り、会場まで連れて行った。

「うわぁー……すっげぇホテル」
会場に到着するとその広さと豪華さに健一は声を上げて驚いた。
こんな所で拓斗が何かやらかしたらとヒヤヒヤして必要以上に緊張する。
しかし、予想を裏切り、拓斗は落ちついた振るまいで、受賞の挨拶や主催者との会話も如才無くこなしていた。
慣れない雰囲気に圧倒され隅の方で大人しくなっている健一とは対照的に、この場の空気にすっかり馴染み拓斗は企業のお偉いさんと話しながらも料理をパクついてる。
少し離れた場所で拓斗を見つめる健一は何だか取り残されたようで寂しい気持ちになり、強くも無い酒を煽った。
「まったく、ずるいよな普段はガキみたに暴れてるくせに……」
酒に酔ったのか、ぼんやりと拓斗を見つめていると、会話を楽しんでいるはずの拓斗の足がモゾモゾと動いている、異変に気付いた健一がそっと近寄り、お話中にすいません。と声をかけ拓斗を連れ出した。
「先輩、小便したいんでしょ? 」
「も、漏れそうっ」
「……トイレくらい一人で行きなさいっ! 」
健一が尻をポンと叩くと拓斗は一目散にトイレに描け込んだ。

トイレからスッキリした顔で拓斗が戻ってくると健一は拓斗の頬っぺたをキュッと軽くつねる。
「なんでトイレくらい一人で行けないんですか」
「わりぃー、わりぃー、あのおっちゃん話し長くてさぁー」
いやぁー助かったと言って笑った顔は、健一が見なれたいつもの拓斗の顔だった。
ほっとしたのか、酒のせいか思わず涙が零れた。
「なんだよ。普段は俺がいなくちゃ何も出来ないクセに……すげぇ賞とか取ちゃってさ……こんな所でも大人みたいでカッコ良くて、俺なんか全然カッコ悪くて、でもやっぱり俺がいなきゃトイレも行けなくて・・・なんだよ・・・。」
健一が支離滅裂な言葉で責めると、拓斗は健一の肩をポンっと叩き「帰ろうか」と優しく笑った。


帰り道、心地よい風が酔いを覚ますと健一はポケットから小さな包みを取り出した。
「先輩、これ受賞のお祝いです……」
「えーっ、ありがとうっ、健一! 」
ピョンピョン飛び跳ねて拓斗が喜ぶと先程の失態で不貞腐れていたはずの健一が思わず吹きだす。
拓斗が包みを開けると中身は「星に願いを」と書かれたオルゴールだった。
男にされて引くプレゼント上位にランキングされるオルゴール、それも「星に願いを」だなんて相当ロマンチックな贈り物だ。 拓斗が思わず本音を漏らす。
「げっ……だせぇっ……」
折角のプレゼントを台無しにする一言に健一は再び不貞腐れる。
「どうせ俺はセンスとか無いですよ……いいです。それ無しって事で返して下さい……また別なの選びますから……」
健一がオルゴールを取り上げ様とすると拓斗がするりと逃げる。
「あーゴメンっ、嘘だって、嬉しいよ、ホント。宝物にするからっ! 」
オルゴールを取り合いながらギャアギャアと暴れていると、道行く人達がクスクスと笑いながら通り過ぎた。

結局、すばしっこい拓斗がありがとなと言ってオルゴールを大事そうにしまうと、ポケットから別の包みを取り出した。
「コレお返し、まっ賞金出たから俺からのプレゼントって事で」
拓斗が投げた包みを受け取り、箱を開けるとバンクルが入っていた。
「先輩、コレ貰っていいんですか……? 」
健一が手に取ったそれを掲げると、街灯の光に反射し中央に埋め込まれた石がキラリと光る。
「おー、高いぞーソレ、なんせ賞金の半分も使ったんだから……って言っても2つ買ったんだけど」
「賞金の半分って……」
賞金は確か300万円だったはずだ。
金額を計算して健一は青くなる。
「こっ、こんな高価な物、貰えませんよっ! 」
プレゼントは嬉しいが、あまりの金額に健一が慌てて返そうとすると、拓斗が突き出した腕に健一が受け取ったバンクルと同じ物が輝いていた。
「金額の問題じゃないのっ、俺とお揃いなんだから黙って受け取れよ」
戸惑っている健一に拓斗は更に腕を突き出し怒鳴った。

「お揃いだぞ、お・そ・ろ・いっ! 」

その言葉で体中の血液がみるみる上昇していく健一の腕に、拓斗がバンクルをはめる。 "なんで赤くなってんだ俺、これじゃまるで俺が先輩の事……"
その時、健一の胸の中で小さく鐘の音が鳴った。
"嘘だろっ……嘘だ! だって俺がこんなお子様みたいな……そりゃ、先輩はいざって時は男らしいし、 今日だってカッコ良かったけどさ……嘘だろ…… "

胸の高鳴りを押さえきれず、赤い顔でその場に立ちすくむ健一を拓斗が覗き込んで来た。
「大丈夫か?まだ酔ってるのか? 」
拓斗の大きな目に吸い寄せられるように健一は唇を重ねる。
それは一瞬の出来事だったが、頭の中まで心臓の音が響き、健一にはとても長い時間に感じた。
唇を離すと目の前の拓斗が揺れながらキラキラと光る。
瞬きをひとつすると、そのまま地面に涙がこぼれた。
言葉も出せないまま感情が高ぶり、涙が止まらなくなった健一はその場に立ち尽くす。

「今日は泣いてばっかだな……」
拓斗の指が健一の涙を拭うと、二人は何も言わずに、長い帰り道を歩き続けた。


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