LIFE 9
2005.04.16
=勝手にしやがれ=(1/2)

拓斗は風呂が嫌いだ。
毎晩いくら注意しても、後で入るからと夜中までゲームに熱中して結局そのまま寝てしまう。
健一も二、三日なら黙っているが、それ以上は放っておけず強制的に風呂場に抱えて行く事になる。


「お前な、俺の事いくつだと思ってるんだよ……」
拓斗の風呂嫌いをなんとか治せないものかと頭を捻った健一は、小さい子供が喜ぶような風呂場で使うオモチャを買って来て湯船に浮かべて見せる。
しかし、拓斗は百円ショップで買ったオモチャがお気に召さなかったようで、目の前に積まれた水鉄砲やらアヒルちゃんを掴みながら呆れた顔で溜息をついた。

「ガキじゃあるまし、こんなオモチャで喜ぶワケ無いだろっ」

「ガキじゃ無いなら風呂くらい怒られる前に入ったらどうですか?」
拓斗の反応は予想済みだった。
子供扱いすると不貞腐れるのを利用した健一の作戦勝ちで、拓斗はブツブツ文句を言いながらもオモチャを浮かべた風呂に入っている。
出会ったばかりの頃は振回されてばかりいた健一も、近頃ではすっかり拓斗を飼い馴らしていた。


拓斗が風呂から出てきたら食べさせてやろうと、シロップに漬けたグレープフルーツを冷蔵庫で冷やしているのに、拓斗は三十分を過ぎても風呂から出て来ない。
「風呂場で寝ちゃってるんじゃ……」
心配して様子を見に行くと、泡にまみれた拓斗は楽しそうに水鉄砲でアヒルちゃんを攻撃している。

「あ……もう出るから………」
健一と目が合うと拓斗は気まずそうに水鉄砲を湯舟の中に隠した。
駄目だと思いつつも子供のように風呂場で遊ぶ姿に噴き出す。

「な、なんだよっ……別に……俺は……」
笑われて不機嫌になった拓斗は俯いて言訳を探している。

「くっ……ごめん……笑ってないよ……ふっ……」
フォローしたつもりが逆に拓斗を怒らせてしまいシャワーのお湯をかけられる。
そのまま風呂から出た拓斗はデザートも食べずに不貞腐れて寝てしまった。



翌日になっても機嫌が直らない拓斗を宥めようと、バイト代が入ったから奢らせてくれと夕食に誘う。
学校から少し離れた所に新しく出来た店を見つけて、中に入ると見覚えのある人影を見つけた。
まさかと思って近付くと、嵐が見知らぬ男と夕食を楽しんでいる。

それとなく様子を観察すると、連れの男は嵐よりも身長は高く、筋肉質の身体にピッタリとフィットした花柄のシャツと黒いレザーパンツがよく似合っていて、まるでモデルのようだ。
彫の深い顔立ちはサングラス越しでも整っているのが分る。
これはデートの現場じゃないかと二人で顔を見合わせて笑みを浮かべた。

「おう、嵐じゃねぇか。こんな所で何やってんだよ?」
チンピラのような口調で拓斗が絡むと、嵐は一瞬だけ驚いて気まずそうに顔を歪めた。
「あ? デートか? そこの兄ちゃんはお前のコレか?」
日頃の仕返しと言わんばかりに二人して冷やかすと、嵐は勘弁してくれよと肩を落とした。

「こいつは沢田連次、なんつーか……まぁ俺のアレだ……。」
嵐は早口で連れの男を紹介すると、あっちに行けと手を払って二人を追い出そうとする。
それでも二人が嵐に絡んでいると、突然連れの男のテーブルを叩き、その音に驚いた三人の視線が連れの男に集まった。

「ちょっと、その名前で呼ばないで頂戴っ! 私の名前はジュリーだって……」
独特のアクセントで嵐を非難しながらサングラスを外す彼の言葉が二人を見て止まった。
サングラスに隠れていた瞼には金色のシャドーが、よく見ると唇にも同系色のグロスが塗られている。
言葉が出ないのは彼だけでは無く、視線の先にいる拓斗と健一も言葉を失った。

「あら坊や、いい顔してるのね……ウチのお店で働かない?」
健一が放心状態のまま首を横に振ると、彼は唇を尖らせて拗ねた表情を作り、今度は拓斗に視線を向けて微笑む。

「カワイイ坊やね。お名前は?」
意外な事に拓斗は熱っぽい視線をジュリーに向けてモジモジと身体をくねらせている。

「ん……たくと……」
健一が子供扱いすると不機嫌になる拓斗だが、席を勧められると大人しくジュリーの隣に座った。

「タックン、これ美味しいのよ。食べる? ほら、あーん……うふふふっ……」
ジュリーは自分のデザートを拓斗に食べさせながら頬を突ついて微笑み、普段は誰に対しても攻撃的な拓斗もほんのり頬を染めながら嬉しそうにしている。


「ほら、子供って珍しい物が好きだから……」
いつの間にか二人の世界に入っていた拓斗達に健一が戸惑いの表情を見せると、同じく戸惑ている様子の嵐が顔を引きつらせながらフォローを入れる。
自分の彼氏を珍しい物などと言いつつ嵐がジュリーに向ける眼差しは暖かい。

店を経営しているからだろうか、ジュリーはとても社交的で健一も気付かない間に打ち解けていた。
彼は巧な話術で笑いを誘って場を盛り上げる。
衝撃的な出会いだったが、その夜は和やかに食卓を囲んで世間話に花を咲かせた。



拓斗の態度には多少驚いたが、頻繁に会う相手でも無いだろうと、健一はジュリーの存在を全く気に留めていなかった。
しかし、二人は一週間も経たずに再びジュリーと会う事になる。



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