猫耳部長 1 2005.04.30 |
「ばかもーんっ!!」 取引先との待ち合わせに遅れて契約を不意にした事を乾啓介が報告すると、部長である猫田は目を吊り上げて怒鳴り散らした。 おまけに伝票の記入ミスも発覚して猫田の怒りをさらに煽っている。 入社して二年目。痛恨のミスだった。 「乾、お前ってヤツは……仕事中にネットで遊んだり、ボサボサの髪で出勤したり…… いつまで学生気分でいるつもりだっ!」 仕事にも馴れて油断していたのは事実だが、彼の説教は日頃の勤務態度まで飛び火していた。 威嚇するように耳を立てて喉を鳴らしている部長は俗に猫耳と言われている種族。 もう四十を過ぎた彼は、その手のエロ本などで見るカワイイ男の子とは違い、猫のような耳に尻尾が付いただけの中年男だ。 一般的にオスの猫耳と言えば少年の姿だから入社当初はかなり驚き、興味本意で目で追っていた事を思い出した。 今では仕事に厳しい口うるさい上司でしか無いのだが。 「聞いとるのかっ」 ぼんやりとしていた啓介を殴りたいであろう拳は大人の分別によって机に向かい、大きな音を立てて湯呑が倒れる。 その音で現実に引き戻された啓介は首を竦めて嵐が通り過ぎるのを待った。 伝票の記入ミスが尾を引いてしまい、書類に囲まれながらバタバタと過ごす慌しい一日となった。 これ以上処理を間違え無いようにと猫田が手伝ってくれてはいるが、なんだか見張られているようで気が抜けない。 全てが終わる頃にはもう九時を回っていた。 「スイマセンでした……」 やっとで終わらせた書類を渡すと猫田は厳しい表情でチェックをしていたが、緊張している啓介を見上げると「よし」と一つ頷いて表情が和らいだ。 ほっと溜息をついた啓介に「やればできるじゃないか」と丸めた書類で頭を叩く。 どこか少年のような印象の残る笑顔に胸が騒ぐのを感じながら啓介はもう一度頭を下げる。 緊張と緩和。アメとムチ。管理職としては理想の姿だ。 「どうだ乾、メシでも食いに行くか?」 静まり返ったオフィスの中、帰り支度を整えている所で肩を叩かれた。 週末で同僚達はとっくに帰ってしまっている。 「奢りっすか?」 会社を出てまで説教されては堪らないが、月末の寂しい財布と天秤に掛ければタダ飯は有難たい。 「メシくらいは奢ってやるよ」 全くお前は調子がいいなと文句を言いながらも、猫田はバタバタと机の周りを片付けている啓介を待っている。 会社から少し離れた居酒屋は猫田の行きつけの店らしい。 いい具合に寂れた中年好みの店は、猫のような耳と尻尾さえ無ければ猫田に良く似合っている。 「部長の下で働けて良かったっす。ホント理想の上司です」 酒が入って気が緩んだ一言に、猫田は苦笑いをしながら啓介の頭を小突いた。 「こんな時だけ誉めやがって……」 馬鹿を言うなと冷静を装っているが、耳がピクピクと動いて照れているのが分る。 いつもは口うるさい上司だが、こうして一緒に酒を飲んで見せる猫田の顔は啓介が憧れている大人の男の顔だ。 色々な荷物を背負って疲れた男の顔は、若い啓介にとっては魅力的に映った。 「いや、いつも思ってます。ホント尊敬してます」 悪い気はしていないのだろが、念を押すように繰り返す言葉に猫田の表情が僅かに曇った。 「会社でそんな事は言うなよ。俺は敵も多いからな……」 一般的に猫耳は性的な要素を含む愛玩種族として認識されている。 表面上では人間と変らない権利を持っているが、やはり差別や偏見もあって社内には猫田を嫌う派閥が多いのも事実だった。 それを気遣ってか猫田は自分を慕う部下には常に一定の距離を持って接している。 「じゃあ俺が味方になってあげますよ」 一般の会社でそれなりの地位を築くのは並大抵の努力では無かったのだろう。 その中で掴んだ猫田の信頼はとても輝かしいものに思える。 綺麗事ばかりでは勤まらないのがサラリーマンだが、元々出世コースからは外れているヒラ社員だから大した影響は無いと啓介は言い切った。 「随分と頼りない味方だな」 根拠の無い自信に満ちた啓介の言葉に吹き出しながら猫田は日本酒を一気に煽る。 そっけない態度に唇を尖らせて拗ねる啓介を見て、また吹き出して猫田は酒を勧めた。 社内で開かれる宴会でも崩れる事の無い猫田だが、今夜は久しぶりに酔ったようだ。 そろそろ帰ろうかと立ち上がったが足元がフラついている。 足元の覚束ない猫田に肩を貸して彼のマンションまで送っていくと、お茶でも飲んでいけと絡まれて酔った猫田に代わって啓介が鍵を開ける。 ただ寝る為だけに帰るには広すぎるマンション。靴を脱ぐ音がやけに大きく響いた。 人の気配も生活感も感じられない空間が、彼の孤独を象徴しているようで胸が苦しい。 「やっ……何するんだっ……乾……」 フラついた猫田を受けとめようと肩を支えた腕が、気が付けば猫田を抱き締めていた。 自分でも理解出来ない衝動が込み上げて唇を押し付ける。 「お前……猫耳にこんな事すればどうなるか……んんっ……」 例外もあるが猫耳という種族は抱かれた相手を愛してしまう傾向がある。 勿論、彼等にも感情があり、相性などが合わなければ決して抱かれようとはしない。 しかし、一度抱かれてしまうと相手を一途に愛する種族だから簡単な気持で抱いてしまうと大変な事になる。 商売で体を売っている猫耳以外を無責任に抱いてしまって付き纏われたり、殺傷沙汰になった事件も多い。 「わかってますよ……」 子供が暴れている程度の抵抗を力でねじ伏せて舌を絡ませる。 しがみついた猫田をベッドまで抱えて運ぶともう一度唇を塞いだ。 ワイシャツのボタンを一つ一つ外しながら首筋に舌を這わせる頃には、啓介に身を任せるように抵抗する力が弱くなった。 年齢の割りには整った身体、若い弾力は無いが吸いつくように手に馴染む肌。 その感触を楽しんでいると猫田の漏らす吐息が徐々に甘くなっていく。 「にゃっ……駄目だ……そこはっ……」 初めてみる男を受け入れる為だけに存在する入口。 猫耳という種族だけに神様が与えた器官からは啓介の愛撫に反応して甘い香りの蜜が溢れている。 指を入れただけで絡みついて締めつけるそれに、啓介は自分のモノを入れた時にそれがどんな反応を示すかを想像して熱くなった。 「部長……俺、もう我慢出来ないです………」 ゆっくりと愛撫しなければと思っていても、猫田の反応に刺激されて昂ぶった熱が止められない。 先端が入口に触れると吸い込まれるように中へと誘われていく。 「ふぁっ……にゃぁぁぁっ………」 自身を埋めて奥を探っている時、啓介の手の中で猫田が全身を硬直させて果てていった。 吐き出した液体を潤滑油にして、くすぐるように扱き上げると信じられないくらいに奥が痙攣していく。 「あぁ……部長……」 経験した事の無い刺激に零れそうになるのを必死に堪えていると、猫田の尻尾が太腿の内側をフワリと撫でた。 啓介が腰を動かす度に尻尾が跳ね上がって、敏感な裏筋や袋の部分を刺激する。 それをきっかけに啓介の理性が吹き飛び、欲望のままに猫田の中を突き上げた。 身体中を這う尻尾の柔らかい刺激と締めつけて絡む熱に、限界まで腰を振り続けて猫田の中に何度も情熱を吐き出した。 週が明け、いつもより会社に行くのを楽しみにしている自分に気付いた。 日曜の夜、自宅に帰ろうとした啓介に、あと十分だけと抱き付いて来た猫田の少し寂しそうな顔が目に焼き付いている。 明日になれば、また逢えるのに。帰りの電車で啓介は一人幸せな気持を味わった。 それは数時間経った今でも消えずに出勤する足取りを軽くしている。 「こらっ乾、なんだその頭は」 いつものように遅刻ギリギリで滑り込んだ啓介に向かって、いつものように怒号が飛んで来る。 あの甘い夜が嘘だったかのような猫田の態度にニヤケていた表情が固まった。 「寝癖がついたまま会社に来るなんて社会人として自覚が……」 「こんな筈じゃ無かったのに……」 いつものように始まった小言に不貞腐れながら、トイレで跳ねた髪と格闘していると鏡の中に猫田が映る。 誰も居ない事を確認すると啓介の頭を素早く整え、ワイシャツも皺だらけじゃないかと猫田は包みを渡した。 包みの中はブランド物の真新しいワイシャツ。 「似合うと思って……」 先程の怒鳴り声とは対象的な甘えた声に呆然としていると、啓介の頬にキスをして猫田は逃げるようにトイレを出ていった。 Top Index Next === 50,000hitを記念テキストです。 出発点はギャグですが、書いている内に熱が入ってしまい本人は気に入っています。 このテキストで今までとは違う事に挑戦してみたいと思ってネコ耳+オヤジ。 全四話を毎週更新しますので良かったらお付き合い下さい。 |