猫耳部長R 1
2005.07.30
午前中に通り過ぎた雨は涼を運ぶには至らず、不快な湿気を増しただけだった。
街路樹が並ぶ平坦な道を強い日差しが容赦無く照りつけ、アスファルトが吸いこんだ通り雨を蒸発させていく。
背後から聞こえていた不揃いな呼吸はいつのまにか遠くなっていた。
都心から少し離れたこの町では退屈な景色が延々と続くが、道は広くランニングには適している。
乾勇介は流れ落ちる汗を手の平で拭うと、数十メートル先に見える目的地へ向かって緩急も無い退屈な道を走り抜けた。

「あいつら、遅ぇな」
乱れた呼吸を整えながら、ゆっくりとトラックを一周して水飲み場へと向かう。
予選を一回戦で敗退して引退した前任の部長から勇介がバスケ部を引き継いだのは先週の事だ。
勇介の通う高校、青葉学院は全国でも有数の進学校と呼ばれている所で、全体的に運動部の規模は小さく、強豪校に囲まれ、大会では一回戦敗退が恒例となっている。

「勇介、しっかりやれよ」
先週まであの平坦な道を一緒に走っていた三年生達が制服姿で通り過ぎ、勇介が頭を下げると彼等は軽く手を上げてそれに応えた。
純粋にスポーツを楽しもうとしていた彼等が最後の試合で流した涙が今でも忘れられない。
高校生の部活は勝つ事だけが全てでは無い。
しかし、もう練習も試合もする事が無いんだと思うと悔いばかりが残ると言って前任の部長は勇介にバスケ部を託した。
あの時の彼等の涙を思い出すと今でも胸に熱いものが込み上げる。
勇介は胸の奥に焦げついた感情を洗い流すように、蛇口をひねって生温い水道水を頭からかぶった。


「走ってすぐ寝るな、怪我するぞ」
校庭の隅に設置されているバスケットコートには、外周を終えた部員達が汗も拭かずに倒れ込んでいた。
勇介に促されると部員達は悲鳴を上げる筋肉に顔を歪めながら柔軟体操を始める。
ここにいる部員達も中学生の頃は上手い選手として重宝されていたのだろう。
だが、生まれもったセンスや運動神経だけで活躍出来るのは中学生までの話で、それ以上になってくると日頃の練習で積み重ねた体力や技術が選手の価値を決める。

勇介が部長を引き継いでから練習量を二倍にした。
だが、それでも今の練習量は強豪校の三分の二程度だ。
自分が最後の試合を終えた時、先輩達ような思いはしたくない。
綺麗事かもしれないが、今のチームメイトにも同じ思いはして欲しく無い。

「どうした? 練習はまだ半分も終わって無いぞ」
柔軟を終えて寝転ぶ部員達に渇を入れながら勇介は一人腕立て伏せを始める。
後半は休憩を挟んで基礎練習を始める予定だが、この一週間後半のメニューに辿り着いた事は無い。
今日も無理だったかと一足先に前半のメニューを終えた勇介は苛立つ気持を抑えて部員を集合させる。
「今日はもう終わりにしよう」
部員達は一瞬だけ安堵の表情浮かべたが、すぐに勇介を見上げて顔色を伺う。
予定の半分も消化していない事が何を意味するかは自分達が一番知っているのだろう。

「まだ先は長いからな」
いくら勇介が優秀な選手であろうとバスケットは一人で出来ない。
これ以上厳しくしても部員達は辞めていくだけだろうと、勇介は無理に笑顔を作って前半の練習だけで疲れきった部員達を帰らせた。

「勇介、ちょっと練習キツ過ぎるんじゃねぇか?」
そう言ったのは、他の部員達が帰った後も勇介に付き合って練習を続けていた宮内博紀だ。
二人きりの練習を終えて部室に戻ると、勇介の幼馴染でもある彼は、汗で張り付いたTシャツを脱ぎ捨ててマットの上に寝転がる。
「だったらお前が部長やれよ」
世話好きな博紀は部長である勇介よりも部員達から慕われ、後輩からもよく相談などをされている。
苛立ちを隠せずにロッカーを蹴りつけるとコンクリートに囲まれた部室の中に大きな音が響き渡たった。
睨み合いになる覚悟で博紀の方を振り返るが、余程疲れていたのか当の本人は気持良さそうに眠ってしまっている。
空回りしてばかりの自分に腹を立て、もう一度ロッカーを小さく蹴ると勇介はすっかり熟睡している博紀の横に腰を下ろした。

「ヒロ……」
子供の頃は泣いてばかりで、いつも勇介の後ろに隠れていた博紀だが、ここ数年で随分と変った。
華奢だった身体は硬い筋肉で覆れ、子供から大人の身体へと日々成長をしている。
昔は服を脱がせたりして遊んでいた勇介も、最近では妙に意識をしてしまって迂闊に手が出せなくなっていた。
幼い頃に博紀に抱いた感情は、高校生になった今でも勇介を苦しめている。
こうして無防備に肌を見せられる度に欲望に振り回されて、何度も想像の中で博紀を抱いた。

「ごめんな……ヒロ……」
連日続く炎天下でのランニングで日焼けした浅黒い肌に指を滑らせると、博紀はくすぐったそうに身をよじった。
微かに漏らす博紀の甘い声で勇介の中で何かが弾け飛んだ。
まだ眠っている博紀の肌に舌を這わせて吸いつくと、無我夢中で抱き締めていた。

大半の猫耳は受身であり、勇介のように男を抱きたいと欲望を募らせている猫耳は俗に「オス猫」と呼ばれている。
これまで世間にはあまり認知されていなかったが、数年前にオス猫を主人公にしたテレビドラマが大ヒットをし、ちょっとしたオス猫ブームがやってきた。
その頃に丁度、思春期を迎えた勇介は、そのテレビドラマのお陰で何人もの男と関係を持つ事が出来た。
覚えたばかりのセックスは充分に勇介を刺激し、回数を重ねる度に甘い快楽に溺れさせていった。
しかし、肝心の博紀には手を出す事が出来ず、別の男を抱いた後でも、眠る前になると博紀を想いながらベッドの中で一人自分を慰めていた。


「……っ……おいっ勇介……何してんだよっ……」
身体中を這う違和感に目を覚ました博紀が勇介の暴走を前にして目を大きく見開いている。
首筋に吸いつく勇介から逃れようと暴れ出したが、練習で疲れきっている博紀の抵抗を捻じ伏せるのは簡単な事だった。
「大人しくしてろよ……気持良くしてやるから……」
博紀に嫌われるのが怖くて、猫耳だから、男同士だからと自分自身に言訳をしては気持を隠していた。
そんな気持を知らずに博紀は純粋に勇介を慕って近くにいてくれる。
けれど、今はそんな博紀を汚してしまいたい感情に支配されて、博紀の下着に指をかけると力任せに剥いで下半身を露出させた。

「……やめろよっ、見るなって……勇介っ……あっ………」
疲れた身体を刺激され反り返った博紀のペニスに指を絡めながら、先端から溢れ出した液体を舌で拭った。
勇介の知る限りでは博紀はまだ童貞のはずだ。
他の誰も触れた事の無い部分全てに印をつけるように吸いついて痕を残す。

「……やめろ……ぁ……っ…………」
馴れない刺激に震え出した足を掴んで広げながら博紀を見下ろす。
そのまま勇介は博紀の尻に顔を埋め、入口に吸いつきながら舌で広げる。
湿った音と苦しそうに喘ぐ博紀の声が勇介の中心を熱くさせた。
「……っ……いてぇ……」 興奮して我を忘れた勇介が無理に指を入れようとすると、博紀が大声を出して暴れ出す。
「ちょっと待ってろ……んっ………」
焦りながら下着を脱ぎ捨て、自分の股間にある猫耳の象徴、男を受入れる為だけに存在する入口を指で掻き回した。
溢れ出した液体を含ませた指を博紀の入口に馴染ませながら指でゆっくりと広げていく。
受身で無い自分には不必要だと思っていたが、これがオス猫である勇介のセックスには欠かせない。
猫耳から分泌される液体には、感度を高めるだけで無く、殺菌作用や痛みを和らげる成分が含まれている事は以前から有名で、最近では市販のローションなどにもその成分が配合されていると聞く。
良くも悪くも猫耳がセックスアニマルと呼ばれている所以の一つだろう。

「……はっ……ぁっ……っ……」
勇介の指でゆっくりと中を刺激され、博紀のペニスは今にも噴き出しそうに痙攣している。
もう抵抗する気力も無いのか、博紀は快感に喘ぎながら勇介の腕を握り締めて硬く目を閉じた。

「ヒロゆっくり息を吐けよ。最初はキツイから」
まだ僅かに緊張が残る入口を広げている指を引き抜くと、勇介は痛いくらいに膨張した自分のペニスで博紀の入口を塞いだ。
苦しそうに眉を寄せる博紀の表情に勇介の余裕は完全に失われ、中の熱を全部で感じる為に腰を押し付けた。

「……あ……駄目だ……ゆうすけ……っ………」
奥へ入りこむ度に博紀の入口は緊張で締めつけられ、爆発しそうな快感に勇介は歯を食い縛って耐えた。
そのまま深く腰を落とすと、硬く閉じた博紀の目から涙が零れる。
勇介の指が頬を拭うと博紀の身体から力が抜けた。
「……んっ………んんっ……」
欲望の赴くままに腰を動かし博紀の中を掻き回す。
自分の手で慰めるのとは全く違う感覚に、博紀は勇介の腕にしがみついて甘い声を漏らし始めた。
「あ……あっ……ゆうすけ……俺……っ………」
初めて経験する感覚に喘ぎながら、博紀の熱は徐々に昂ぶって込み上げる快感に震えている。
勇介が腰を動かす度に、博紀の反り返ったペニスから白濁とした液体が流れ出した。


「……ヒロ……俺もイクっ………んっ……あぁっ……イクっ……」
博紀と繋がっている事だけで満たされ、中心を包む柔らかい熱に勇介は溺れていった。
心臓がうるさいくらいに鳴り響いて頭の中が真っ白になっていく。
恥もプライドも捨てて狂ったように腰を動かして博紀の中を突き上げた。
「あっ……ああっ……イクっ……」
中心に集まって制御出来なくなった情熱は、今まで経験した事の無い快楽に包まれて溢れ出す。
身体中を硬直させて全てを吐き出すと、勇介は博紀の上に崩れ落ちた。



「終わったんだろ? どけよ……」
快感の余韻に浸って喘ぐ勇介を鬱陶しそうに押し退けて博紀が半身を起こした。
傍にあったタオルで全身を汚す白濁とした液体を忌々しそうに拭いながら、勇介に剥ぎ取られた服を探している。
何も言わずに立ち上がって服を着ている博紀の尻に、勇介は唇を押しつけて腕を回す。
もう少しだけ博紀の肌に触れていたい。
だが、博紀は一歩前に出ると絡み付く勇介の腕をすり抜けた。

「何だよ……お前だって感じてたクセに……」
存在を無視された事に苛立ち、悔し紛れに感情的な言葉を吐き捨てる。
勇介の性癖を知りながら、いつも勇介に近付いて煽っていたのは博紀の方では無いかと、部室を出ようとする博紀の肩を掴んだ。
その言葉に博紀が振り返った瞬間、勇介の頬に熱い痛みが走る。

「お前、最低だな……」
博紀は暗い眼差しで勇介を睨みつけると、勇介の言葉を待たずに出て行った。



Top Index Next