猫耳部長R 3
2005.08.20
眠ってしまえば何もかも忘れられる。
面倒な人間関係も責任も全て。

この時期、エアコンの無い勇介の部屋の気温は四十度近くまで上昇する。
心地よい夢の中へ逃避しているのにも限界を感じて、汗まみれのシャツを脱ぎ捨てながら栄養を欲して悲鳴を上げる腹を押さえた。
本来ならこの時間は学校で走り回っている時間だが、この一週間は部活にも顔を出していない。
部長としての仕事も博紀への想いも必死になればなる程、勇介が求めているものとは遠く離れてしまう。
そんな現実に虚しさを感じて、勇介は毎日を泥のように眠って過ごしていた。

「啓太、メシ」
空腹に耐えかねて台所へ向かうと、弟の啓太が台所の床に寝転びながら携帯用のゲームで遊んでいる。

「自分でやれ……にゃぁっ……」
今年で十二歳になる啓太は最近特に生意気になって、勇介に反抗ばかりするようになった。
ゲームの進行に合わせてパタパタと振りまわした尻尾を踏みつけると、涙目で勇介を睨みつけて足に噛みつこうとする。
「さっさとやれよ」
絡み付く啓太を足で抑えつけながら拳を固めて殴る真似をすると、子供特有の甘い声を出して降参を告げた。
力で敵わない事を自覚している啓太は勇介の顔色を伺いながらも渋々と食事の準備を始める。

「何だよ、また素麺かよ……」
だったら自分でやれよと不貞腐れる啓太の尻を軽く蹴って、勇介は時間が経って伸びてしまった素麺を掻き込んだ。
「親父は?」
育ち盛りの胃袋には物足りない食事を嘆き、勇介は冷蔵庫を漁りながらゲームに熱中している啓太に尋ねた。
勇介の問いにニヤリと笑いながら啓太は意味ありげな視線を窓の外に向ける。
視線の先には二人の父親である猫田勇が上半身裸になって庭に設置されたサンドバッグを叩きつけている姿があった。

「化け猫……」
炎天下の中、一心不乱にサンドバッグを殴っている父親の姿を見て漏らした勇介の一言に啓太が声を上げて笑う。
そろそろ第二次成長期に差しかかる啓太は典型的な猫耳だ。
華奢な身体や大きく潤んだ瞳、フワフワとした茶色い髪にピンと立った猫のような耳は、兄である勇介の目から見ても一般の男を刺激するものだと判る。
同じ猫耳である父親はそんな啓太を心配してこの春からボクシングを習わせた。
だが、啓太の為にと一緒に習い始めたボクシングなのに、今では自分の方が真剣になってしまっている。
正確な年齢は把握していないが、もう随分と高齢な筈なのに見た目でも体力でも、もう一人の父親である啓介に引けを取らない。



居間にいれば口うるさい父親の説教の的にされるだろうと部屋に戻り、勇介は鍵つきの引出しから雑誌を数冊取り出した。
ベッドに寝転がりページを捲りながら一糸纏わぬ姿の男達が絡み合う写真を眺める。
最近ではこういった雑誌も手に入りやすくなったとはいえ、高校生の勇介にとっては苦労して集めた雑誌だ。
「……んっ………」
雑誌の男達に自分と博紀を重ねて下着の上から硬く膨らみ始めた股間をなぞる。
裏側から先端へと指を這わせ、中心にじんわりと広がる痺れるような快感を目を閉じて味わう。
しばらく手の平で包みながら柔らかい刺激を繰り返し、徐々に昂ぶる情熱に喘いだ。
「……っ……っ……ヒロ……」
堪らずに下着を脱ぎ捨て、限界が近付いて暑くなるモノを扱きあげる。
尻尾で肌を撫でながら博紀の肌を思い出し、突き上げる自分を想像して腰を動かし、込み上げる絶頂感を抑えきれずに声を漏らした。
追い詰められたように呼吸が乱れ、中心に集まった快感が出口を探して暴れ出す。
「にゃっ……イクっ…………っ……」
抑えきれない快感に全身が強張る。
一瞬で目の奥が真っ白に変り、全身を支配していた緊張が解放へと変った。
中心が痙攣する度に吐き出した温い液体が腹の上に零れる。
快感の波が通り過ぎると、勇介は溜息をついて重くなった半身を起こしてティッシュを探した。

「うわっ、汚ね……」
脱力感で朦朧としていると、腹に吐き出した液体がシーツに零れる。
勇介は舌打ちをしながらティッシュでシーツや腹を汚している液体を拭った。

どんなに気分が沈んでいても腹も減れば性欲だって溜まる。
情けない話だが、自分では制御出来ない欲望に日常の大半を振り回されてしまう現実には溜息しか出ない。

「お兄ちゃーん、ヒロ君が来た……よ………?」
股間を拭いながら余韻に浸っている最中、元気のいい啓太の声と共に部屋の扉が開き、啓太の後から顔を覗かせた博紀の表情が固まる。
「勇介、早く服着ろよっ」
両手で啓太の目を覆いながら勇介の痴態に顔を背ける博紀の言葉で我に返る。
慌てて下着を履こうとするが、尻尾が引っ掛かって焦れば焦るほど上手くいかない。
想いを寄せる相手には絶対に見られたく無い姿を見られ、勇介はどこか遠くへ逃げ出してしまいたいと一人呟いて肩を落とした。



「何で部活来ないんだよ」
取敢えず下着を履いた勇介を正座させながら嗜めるような静かな声で博紀が訊ねる。
口調から博紀の怒りは相当なものだと気付き、勇介は目も合わせる事が出来ずにうな垂れた。
普段は強気な勇介も怒りを露わにした博紀の前では途端に小さくなってしまう。
それは子供の頃から繰り返されてきた光景だった。

「だって……お前に嫌われたから……」
勇介がバスケを始めたのは博紀がきっかけだ。
小学生の頃にテレビで見た実業団の試合を夢中になっている博紀を振り向かせたくて、毎日暗くなるまでシュートの練習をした。
だが、部員にも博紀にも嫌われてしまってはバスケを続ける意味も無い。

「あ? 聞こえねぇよ」
自身を無くして小さな声で言訳をする勇介に向かって博紀は苛立ちを隠さずに声を荒げる。
「もう、いいよ……」
部活をサボった言訳も、強引に抱いた事を謝りたい気持も上手く言葉に出来ずに勇介は唇を噛んで俯いた。


「……お前さ、忘れてるんだろ?」
言葉の意味が理解出来ずに見上げると、博紀は呆れたように溜息をついて勇介の腕を掴んだ。
腕に触れた博紀の熱が血液を通って全身に駆け巡る。
「いいから来いよ」
強引に腕を引いて勇介を連れ出すと博紀は自転車に跨って後に乗れと促す。
言われるがままに勇介が後部車輪についたステップに足をかけると博紀は何も言わずに全速力でペダルを漕いだ。


どんなに嫌われても博紀の事が好きだった。
こうして触れているだけで、坂道を走り抜ける自転車のように博紀への想いが加速していく。
ペダルを漕ぐ度に髪を揺らす風に煽られながら勇介は力強くスピードを上げる博紀の肩を強く掴んだ。



Top Index Next